第54話 鼻高々

 マーニャへの魔法のレクチャーを終えた俺は、濠の一部を掘って見せたところでその日の作業を終えた。


 残りは明日以降、マーニャと一緒に掘って行く予定だ。


 一先ず休憩を取るために壁の上から降りた俺達は、洞穴へと戻る。


 洞穴の入り口前では、ザック率いる製作班のメンバーとメリッサ率いる整備班が協力して、小さな小屋を建てようとしている。


 ちなみに、三人いる子供達は皆、小屋づくりに従事している。まぁ、見る限りではお手伝いと言った感じだ。


 ザックを含む男たちが木材を骨格になるように持ち上げ、メリッサのバディであるエイミーが、蜘蛛糸で仮止めしていく。


 そうして、仮止めを終えた箇所を、頑丈なロープで固定する。


 作業手順としてはそんな感じなのだろうが、思った以上に難航している。


「手伝わないの?」


 俺と同じく小屋づくりの様子を見ていたマーニャが、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。


 俺を便利な道具とでも思っているのだろうか?


「手伝いたいのは山々だけど、俺は母さんを……調達班の手伝いをお願いされてるんだよ。少し前に、調達班のメンバーがサラマンダーに襲われたから、防衛班が付き添うことになったんだ」


「そっか……私は整備班だっけ?」


「そうそう、少し休憩したら、メリッサ達を手伝ってやってくれよ。もちろん、使えるなら魔法を使って」


「まだその自信は無いかな……」


 あはは、と苦笑いを浮かべたマーニャは、片手を小さく振って見せると、洞穴の中へと歩いて行った。


 しばらく、彼女の後姿を見送った俺は、大きく息を吐くと、母さんたちが準備をしているところに向かう。


 小屋から少し離れた場所に生えている木のそば。


 そこでは沢山の籠や壺を準備している母さんたちが、談笑しながら俺のことを待っていた。


 メンバーとしては、調達班の4人と母さん、そしてシエルだ。もちろん、調達班のリーダーであるモイラも、人数に含まれている。


 サラマンダーの攻撃でしばらく意識を失っていたモイラにとっては、今日が久しぶりの仕事になるだろう。


 そんな彼女を気遣っているのか、母さんたちはいつも以上に張り切っているように見える。


「遅くなりました。もう準備は良いですか……あれ!? アルマ?」


 意識的に敬語を使おうと頭を働かせていた俺は、母さんたちの中に混じっているアルマの姿を見て、素っ頓狂な声を漏らしてしまう。


「母さん、それにシエル、なんでここにアルマがいるんだ?」


 俺は楽しそうに談笑していた母さんとシエルに問いかけた。


「え? アルマちゃんも一緒に来てくれたら、母さんとしては嬉しいんだけどなぁ」


「そう言う話じゃなくて、母さん、アルマは狙われてる可能性が高いって、あの後話してただろ?」


「でも……」


 俺の言葉に困ったような表情をして見せた母さんは、ゆっくりとアルマに視線を向けた。


 釣られて俺も、アルマに目を向ける。


 ハウンズの目的の一つに、フェニックスの力を持ったアルマも含まれている。


 これはあくまでも、俺やヴァンデンスの掲げている憶測にすぎない。


 それを明らかにするために、ヴァンデンスは連日、捕虜にした刺客達への尋問を行っているはずだ。


 今も姿が見えないのは、俺が簡易的に作った土壁の牢獄で、情報を聞き出しているからだろう。


 少なくとも、状況が明確になるまで、アルマが外をうろつくような事態は避けておいた方が良い。


 そう考えた俺だったが、どうやら当の本人はそうは思っていないようだ。


 小さな木の実を翼で器用に持っているアルマは、まるで遊んでくれとおねだりする犬のように、目を輝かせている。


 母さんがこの目に弱いのは理解できる。


 が、他の皆が止めないのは何故なんだ?


「ニッシュ、確かにアルマが外を出歩くのは危険かもしれないけど、それは私たちも同じじゃない? ハウンズの狙いに、アンタも含まれてんでしょ? それに、アルマの危機察知能力は、相当よ? 空も飛べるし。多分、追われることに慣れてるんじゃないかな?」


「そうなのか?」


 なにかと一緒にいることの多いシエルが言うのなら、ある程度の信憑性はあるのだろう。


 だが、完全に安心できるわけでは無い。


 そんな、俺の中の躊躇いに気づいたのか、モイラは小さく咳ばらいをしたかと思うと、ゆっくりと言葉を並べだした。


「ウィーニッシュ、横からで済まないが、私もアルマの能力は侮れないと思うよ。この間、洞穴のバリケードを燃やされた時、その子がいち早く反応して、翼で煙を追い払ってくれたんだ。普段はあんなに怯えてるのに、あの時のこの子は、恐ろしいくらいに冷静だったよ」


「そんなことが?」


 表情や様子から見るに、モイラの言葉に偽りなどはないようだ。


「アルマ……?」


 俺の顔を見つめていたアルマは、小さく呟くと、輝かせていた目を不安げに曇らせた。


「……はぁ」


 彼女の視線に、俺が居心地の悪さを覚え始めた時、なぜか鼻高々なシエルが口を開いたのだった。


「大丈夫よ! 何かあっても私とニッシュが守れば良いんだから!」

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