第53話 新たな試み
ハウンズから送り込まれた刺客達を撃退した日から、二日が経った。
その間、立て続けに襲撃されることを警戒していた俺達は、見張りと防衛策の強化を徹底した。
まず行った事と言えば、洞穴周辺を囲う壁の製作だ。
木製の柵では前回の襲撃のように火責めされて、あっという間に攻め込まれてしまう。
そんな考えのもと、俺は、洞穴周辺を高さ2メートルほどの盛り土で覆った。
壁と言っても、単純な板が四方に立っている訳では無い。
出来る限り急な斜面になるように土を盛り上げた壁が、三方を囲っているイメージだ。
残りの一方は洞穴のある崖なので、敵の侵入は比較的に敵の侵入は少ないだろう。
その他にも、壁の上を歩いて見張りが出来るようにしたり、落ちないように手すりを作ったり、内側から壁の上に上がれる階段を作ったり。
出来得る限りの工夫を凝らしている。
また、壁と森の距離が近すぎると、敵の接近をいち早く黙視することが出来ないため、木々や茂みを伐採して、見通しを良くしてある。
ぜいたくを言えば、石造りの壁にしたかったが、そこまでの物は今のところ作れていない。
申し訳程度に、壁の表面を熱魔法で焼いて、固めようとしてみたが、あまりうまくできなかった。
そこら辺は、まだまだ改善の余地があるということだ。
魔法を使った作業だったので、個人的にはそれほど苦行では無かったが、これらの作業を俺一人だけで終わらせたのは、我ながら凄いと思う。
「にしても、便利だな。これは土魔法って言うんだっけ?」
「らしいね。それにしても、ニッシュってこんなに魔法が使えたんだ……なんか意外」
「なんで意外なんだよ?」
「だって、いつも石ころを投げるくらいしかしてなかったじゃん」
「あれは魔法じゃないんだけどなぁ……」
出来上がった壁の上を歩きながら軽口を叩いていた俺達は、西側に広がる森を見て、足を止めた。
「で? 今から何をするんだっけ?」
「魔法の訓練を兼ねて、壁の周りに簡単な濠を作るんだ。もちろん、マーニャもな」
「え? 私も? でも……私、魔法とか使ったことないよ?」
「だから、まずはイメージを定着させるために、俺の魔法を見て、観察しろって、師匠に言われただろ?」
「言われたけど……う~ん、自信無いなぁ」
そう言ったマーニャは、耳元の髪の毛をネジネジといじり出した。
「まぁ、気持ちは分かるけどなぁ、俺も初めはさっぱりだったし。今日はとりあえず、俺がどんなイメージで魔法を使ってるかだけ、見てくれればいいよ」
マーニャを安心させるためにそう言った俺は、右腕を前に突き出すと、頭の中でラインを描いた。
もう何度も繰り返してきたおかげか、俺はかなりスムーズにラインを思い描くことが出来るようになっている。
そう言った意味では、壁づくりの作業も無駄ではなかっただろう。
しかし、俺だけ魔法に慣れることが、俺たちにとってのプラスになるとは限らない。
それに気づいたのは、つい昨日の事だった。
よくよく考えてみれば、前回の襲撃の時も、俺とヴァンデンス以外の皆が魔法を活用出来ていたとは思えない。
もし、今のままのこの集落に、より強い刺客が送り込まれてしまえば、俺達はあっという間に窮地に立たされるだろう。
だからこそ、全員の戦闘力を底上げしていく必要がある。
そこで考えたのが、日頃の生活の中で魔法を修練していくやり方だ。
元々、仲間の一部は簡単な魔法を使える人もいるのだが、どれもこれも、生活魔法程度なのだ。
小さなヤカンのお湯を沸かしたり、縫物の針を操作したり、洗濯物を乾かしたり。
確かに便利ではあるが、戦いに使えるかと聞かれれば、それは非常に難しいだろう。
聞けば、一般市民の中で戦闘用の魔法が使える者はごく一部であり、ましてや奴隷として人生の大半を過ごしてきた人は、魔法をほとんど使ったことがない。
まぁ、使役側からしても、戦闘用魔法を使う奴隷は危険極まりないので、当たり前と言えば当たり前だ。
そう言った経緯もあって、俺とヴァンデンスが時間を作り、皆の魔法の修練を手伝うことになったのだ。
中でも、魔法に対するイメージが熟成されていない若い人を優先的に、修練を始めることになっている。
「よし、じゃあ説明していくぞ。まず、俺の場合は、自分の指先から伸びる矢印をイメージするんだ。そうして、その矢印に物が重なった状態で魔法を発動すると、矢印の通りに、物が移動していく。簡単だろ?」
「ごめん、えっと、矢印が伸びるイメージって、どういうこと?」
「え? あー……なるほど、よし、わかった」
想定外の返事を聞いた俺は、一旦思い描いていたイメージを白紙に戻すと、腕を組んだ。
さて、どうやって教えようか……。
「矢印ってのは、分かるよな?」
「うん……矢のことよね?」
「その矢を、自分の思い通りに飛ばせる様子をイメージするんだ」
「矢が思い通りに飛ぶ……なんとなく分かったかも」
腕組みをして考え込んだマーニャは、自信なさげに呟いた。
「そうか? なら、実際にやってみせるぞ?」
呟くマーニャの様子を見て、俺は言葉での説明に限界を感じ、取り敢えずやって見せることにする。
あらかじめ用意しておいた小石をポケットから取り出して、掌に載せる。
意識を集中してイメージを描き直した俺は、間髪入れずに魔法を発動した。
途端、俺の掌を離れた小石は、ゆっくりと宙に浮かび上がると、俺達の頭上を旋回し始める。
「俺がイメージしたのは、俺達の頭上を円を描いて飛ぶ矢印だ。で、そのイメージ通りに、小石が飛んでる。ここまでは良いか?」
「わぁ……うん、分かった」
頭上をくるくると飛び回る小石を見上げ、何度も頷いて見せるマーニャ。
感嘆の声を漏らしながらも小石を見上げる彼女は、ゆっくりと腕を小石に向けて伸ばそうとした。
それを見て、俺はとっさに注意する。
「マーニャ! ちょっと待て。もし手がラインに振れたら、マーニャも小石と同じように引っ張られるから、危ないぞ」
「あ、そうなるんだ……それはちょっと怖いね」
「本当に怖いぞ。マジで。俺も何回死ぬ思いをしたことか……」
「え? ニッシュも失敗しちゃったの?」
「それはもう、何回も……失敗する度に木にぶつかったり、高いところから落ちたり……だから、本気で気を付けろよ? 逆に言えば、ラインさえ張れば、敵への牽制になるから、覚えておくように」
「うん! 分かった! で、一つ質問なんだけど、矢印をイメージしたら、勝手に魔法が発動するの?」
「いや、イメージした後に発動する必要がある」
「どうやって発動するの?」
「……あれ? 俺はどうやって魔法を発動してるんだ?」
「ニッシュ先生? 大丈夫ですか? 本当に先生ですか?」
「そこから疑う!? まぁ、疑われても仕方ないか……なんだろう、力む感じかな? 後で師匠に聞きに行こう」
「そうね」
呆れた様子で俺を見つめて来るマーニャに対して、俺は苦笑いを返すことしか出来ないのだった。
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