第52話 観察者
ウィーニッシュ達が刺客を撃退し、洞穴周辺の復旧に動き始めていた、ちょうどその頃。
彼らの姿を観察している黄色い目が二つ、遥か上空を旋回していた。
その空域を支配しているかのように、我が物顔で空を飛ぶ
人と鳥が合わさったような容姿の女。
その女は、洞穴から出て周囲を見回したかと思うと、何かに気づいたように、空を見上げだす。
直後、鷹はその女と目が合ったことを理解した。
「見つけた……」
ぼそりとそう呟いた鷹は、旋回する半径を少しずつ広げていきながら、ゆっくりと森の上から離脱を図る。
目指すは西に見えるゼネヒット。今しがた得た情報を、持ち帰るまでが課せられた任務なのだ。
旋回を止めて西に針路を切った鷹は、高度を保ったまま、飛行を続けた。
ゼネヒットに向かう道中も、決して警戒を怠ることはない。遥か下の様子や周辺に意識を向けながら飛行を続ける。
一通り危険が無いことを確認した鷹は、その黄色い瞳を休めるように、ゆっくりと瞬きをした。
と、再び開かれた瞳は、まるで空の色が染み込んでしまったかのように、澄んだ青に変わっている。
そのまましばらく飛行を続け、そろそろゼネヒットの上空に辿り着こうかという頃。
鷹はもう一度、ゆっくりと目を閉じた。
途端、彼の身体が周囲の空気に溶け込んでいくように、姿が見えなくなる。
自身の翼が視認できなくなっていることを確認すると、鷹は一気に高度を落とし始め、ゼネヒットの北部に針路を向けた。
次第に近づいて来る街の様子を見降ろしながらも、目的の建物を視界に入れる。
石造りの頑丈なその建物は、沢山の武装した男たちによって厳戒態勢が敷かれている。
それもそのはずだ。
今のゼネヒットはこれまでに類を見ないほどの混乱状態に陥っている。
それを指し示すかのように、眼下の街からは無数の喧騒が聞こえてきていた。
誰かが叫ぶ声や建物が破壊される音は日常茶飯事。
特に、南北の境界でその傾向が強くなっている。
鷹がなるべく北寄りに飛んでいるのは、それが理由だった。
路地で殴り合いを繰り広げている者達や、意識を失った者の荷物を物色している者。
考えうる限りの暴力を見下ろしながらも、無視して飛んだ鷹は目的の建物に辿り着くと、躊躇することなく、二階の窓に飛び込んだ。
あらかじめ開けられていたその窓から部屋に入り込んだ鷹は、いつも通り、窓の傍にある小さな机の上に降り立った。
部屋の中には、その小さな机のほかに、大きな机と椅子があり、その椅子にバーバリウスが座っている。
無骨で大きな椅子に腰を下ろしている彼は、じっと鷹の方を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「バステルか。で? 収穫はあったか?」
重たく響く声で語りかけるバーバリウスは、目の前にある机に手を伸ばすと、皿の上の干し肉を手にし、口に放り込んだ。
バーバリウスの問いかけを受けたバステルは、彼の目を凝視しながら答える。
「見つけた。ガキと一緒。ガキを連れ去った男も一緒。元奴隷達は、左程の脅威ではない」
「やはりか……で? 一番厄介なのは?」
「ガキを連れ去った男。光魔法と闇魔法を使う。20人、暗闇に閉ざされた」
「ふん……ウィーニッシュはどうだ? 少しは使い物になりそうなのか?」
「想定通り」
「……わかった。少しそこで待ってろ」
口にしていた干し肉を飲み込んだバーバリウスは、深いため息を吐いた後に、声を張り上げた。
「おい! トルテを呼んで来い!」
建物中に響き渡るようなその声を聞いたのか、部屋の外からバタバタという足音が聞こえてくる。
それらの音を意に介さないかのように、席を立ったバーバリウスは、干し肉の乗った皿を持ってバステルの元に歩いた。
小さな机の上に皿を置いたバーバリウス。
そんなバーバリウスの巨体に隠れるようにして、バステルが干し肉を貪り始める。
「なぁ、バステル。近頃、俺たちに歯向かうやつが多いと思わねぇか?」
窓の外を眺め始めたバーバリウスは、怒りを押し殺すように、そう呟いた。
対するバステルは、干し肉を夢中で貪っている。
傍から見れば、透明な何かに干し肉が貪られているという、奇妙な画。
その様子をバーバリウスが黙ったまま見つめていると、何者かが背後の扉をノックする。
「失礼します。トルテでございます。ご命令通り、連れて参りました」
おずおずと部屋に入って来るトルテは、手にしている鎖の先に繋がれた女性を一人、強引に部屋の中に引き入れた。
長い赤髪で俯いているため顔は良く見えないが、背はそれほど高くなく、みすぼらしさを除けば、ごく普通の女性だと言えるだろう。
両手を拘束された状態のその女性は、首輪に繋がっている鎖を引っ張られてバランスを崩し、盛大にこけてしまった。
ボロボロのシャツを一枚だけ着ている女性の身体には、いたるところに青あざが出来ている。
食事もまともに与えられていないのか、ずいぶんと細い四肢を一生懸命に動かして、ようやく立ち上がった彼女は、キッとバーバリウスを睨み付けた。
女性の様子を見たバーバリウスは、口元に笑みを浮かべて告げる。
「おい、バツが足りてないみたいだぞ?」
「も、申し訳ありません!」
バーバリウスの言葉を聞いたトルテは、一瞬焦りを見せたかと思うと、女性の脚を蹴りつけ、地面に組み伏せた。
そのまま、腰に携えていたナイフの柄で、女性を殴り始める。
鈍い音と、トルテの荒い呼吸音だけが、部屋の中に響き渡る。
と、その様子を黙って見ていたバーバリウスは、ゆっくりと首を横に振ると、女の眼前まで歩み寄った。
殴られ続けても口を噤んでいた女性は、そこでようやく恐れを顔に出す。
「く、来るな!」
「誰に向かって言ってるんだ?」
殴りつけるトルテをがむしゃらに押し退け、逃げ出そうとする女性。
そんな彼女の首根っこを容赦なく掴んだバーバリウスは、片腕で軽々と女性を持ち上げてしまった。
首に全体重がかかっている女性は、バーバリウスの腕を掴みながら、苦しそうに悶えている。
少しずつ弱って行く女性の姿を見て楽しんでいるのか、バーバリウスはどこか満足げだ。
と、何の前触れもなく、彼は女性の首から手を離した。
力なく床に崩れた彼女は、首元を抑え、酷く咳き込んでいる。
「どうだ? 苦しいか? なぜ、そんなに苦しいのか分かるか?」
嗚咽している女性に向けて、バーバリウスが声を掛ける。
しかし、女性に堪える時間は与えられなかった。
蹴りを喰らった女性の身体は、軽々と宙を舞うと、そのまま壁に激突した。
「がはっ……」
激しく息を吐いて地面に突っ伏した女性は、痛みに悶えながら脇腹を抑える。
またしてもその様子を楽しむバーバリウスは、再び女性の傍に歩み寄ると、右手で彼女の髪を掴み上げた。
「っ!」
痛みで歪む彼女の顔には、身体と同じように無数の青あざがある。
元の顔が分からなくなるほどに腫れあがったその顔を覗き込んだバーバリウスは、ゆっくりと告げる。
「全部お前のせいだ。そうだろ? アルマ。これは、お前が選んだ結果だ」
バーバリウスの言葉を受けたアルマは、涙を溢しながらも、歯を喰いしばって再び彼を睨みつけたのだった。
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