第50話 誰かの思惑

「で、こいつらどうする?」


 俺は隣に立っているヴァンデンスに向けて、そう言った。


 俺達の前には、拘束された7人の刺客達が、気絶した状態で横たわっている。


 他の皆はと言うと、周囲への警戒を続けながらも、荒れてしまった洞穴付近の片づけと怪我人の手当てを始めていた。


 そんな様子に俺が目を向けていると、ヴァンデンスがため息交じりに告げる。


「う~ん。まぁ、少年に任せるよ。おじさんなら、一人だけ残して殺すけどなぁ」


 そんなことは出来ない、と言いたいところだが。ヴァンデンスのいう事も理解できる。


 装備をすべて奪われている刺客達が、これ以上俺たちに抵抗する可能性は低いが、ゼロではない以上、危険には変わりないのだ。


 ましてや、逃がすわけにはいかない。


 十中八九、ハウンズの刺客であるこいつらを逃がしてしまえば、俺達の情報が漏れることに繋がりかねないのだ。


 それに、他にも何かしらの目的があったように見える。


「結局、こいつらの目的を探る必要があるんだよなぁ」


「そのことなんだが、おじさん、一つ気づいたことがあるんだ」


「気づいたこと?」


 問いかける俺の言葉を、頷いて肯定したヴァンデンスは、ゆっくりと話し始めた。


「今回襲撃してきたのは三十人。その内二十人を足止めしてたんだけど、全員西側に固まっていたんだ。おかしいと思わないか? もし、少年やセレナを攫うつもりなら、もっと分散させた方が効率的だろう? その分、こっちも人を割かなくちゃいけないからね」


「……それもそうか? けど、こいつら、俺達を殺そうとしてたぞ?」


「殺そうと? それは変だな……ハウンズにとって、少年には利用価値があると思うんだが……」


「利用できないと踏んで、消しに来たとか?」


「それにしては、刺客が弱すぎる」


 弱すぎる? あれで?


 俺は先程までの戦闘を思い描きながら、心の中で独白した。


 少なくとも、鳥と鱗のバディを連れた二人は、強かったように思うんだが……。


「俺もまだまだってことだな……」


「ところで少年、一つ確認だが、ここを襲撃してきた刺客は、どうやってここに来た?」


「は? どうやってって、西側の森を走って来たんだと思うけど……」


「西側から? ふん……。だとしたら、やっぱりおかしいな」


「なにが?」


「それだとまるで、この場所をピンポイントで狙ってきたようじゃないか」


「っ!?」


「少年がギリギリ勝てるような強さの刺客と、捨て駒のような刺客の扱い。そして、場所を把握しているかのような動き。少なくともおじさんは、何か作為的なものを感じるけど、気のせいかな」


 ヴァンデンスの言葉を聞きながら、俺は背筋に冷たいものを感じていた。


 確かに、誰かの思惑のような物が、一連の流れの中に潜んでいるように感じる。


 順当に考えるなら、それはハウンズの思惑であり、すなわち、バーバリウスの思惑なのだろう。


 だけど、もう一つ何か足りていないものがあるような気がする。


 見落としている何かが……


 そんなことを考えていた俺は、背後から唐突に飛びついて来た何かによって、うつ伏せに倒れ込んでしまった。


「痛ってぇ! 何だよ急に!?」


 戦闘で追った脇腹の傷がズキズキと痛むのを堪えながらも、俺は抱き着いて来ている誰かに視線を落とす。


 俺の腰に手を回して抱き着いて来ているのは、アルマだった。


 フサフサの翼で一生懸命に俺に抱き着いたアルマは、しきりに空を見上げながら怯えている。


「どうした? アルマ? 空に何かあるのか?」


 少しばかり嫌な予感を覚えた俺は、注意深く空を見上げてみるが、見えるのは白い雲と、旋回する鳥の影くらいだった。


 その他に、怪しいものは見当たらない。


「大丈夫だよ、アルマ。危ない奴らは俺達がやっつけたから。安心しろ……痛たたたっ!?」


 俺の言葉を聞いて、少し安心したのか、アルマはもう一度ギュッと俺の腰に抱き着いてくる。


 当然、抱き着かれた腰には傷があるわけで、俺は痛みに顔を歪めてしまった。


「……アルマ!?」


「だ、大丈夫だ。ちょっと、離れてくれ、アルマ」


 驚きと心配を顔に浮かべるアルマは、おずおずと俺から離れる。


 ようやく解放された俺は、座り込んだまま上着を捲し上げると、傷の様子を確かめた。


 直接目で確かめると、痛みとは別の気持ち悪さが、全身を駆け巡ってゆく。


 すぐに手当てをしよう。


 そう決心して立ち上がろうとした俺の腹に、突然、アルマが頭を押し付けてきた。


「ちょ!? アルマ? どうした!?」


 彼女の奇妙な行動に驚いた俺だったが、次の瞬間、脇腹に猛烈な熱と痛みを感じる。


「なっ!?」


 悶える俺と頭を埋めたままのアルマを見て、ヴァンデンスが声を上げる。


 すぐにアルマを押し退けようとした俺は、今の今まで感じていた熱と痛みが、スーッと引いて行くのを感じ、深く息を吐いた。


「何だったんだ? アルマ、何かしたのか?」


 ようやく頭を俺の腹から離してくれたアルマに、声を掛けた俺は、なんとなく傷を目にして驚愕する。


 つい今まで開いていた傷口が、跡形もなく消えてしまっているのだ。


 傷の周辺についていた血痕も、キレイに見えなくなっている。



「は?」


 驚きのあまり短く声を漏らした俺。


 それと同時に、ヴァンデンスがアルマの両肩に掴みかかると、目をキラキラと輝かせながら呟いた。


「君は、フェニックスなのか!?」


「師匠? フェニックス? って、不死鳥って事か?」


「あぁ、そうだ! 涙や唾液に傷を癒す力を宿している、本当に珍しいバディのことだ」


「ちょっと待て、え? っていう事は、アルマはフェニックスっていうバディなのか? 俺はてっきり、亜人なのかと」


「おじさんもそう思っていたよ! ……そうか、そういう事か。つまり、こいつらの狙いはこの子だったんだ」


 どこか興奮気味のヴァンデンスを横目で見た俺は、改めてアルマに視線を移す。


 もし、アルマがフェニックスだとして、ハウンズが狙っているのは十分理解できる話だけど、それでもまだ、分かっていない謎がある。


 それが何なのか突き止めなければ。


 立ち上がりながら思考を整理しようとしていた俺の頭は、満足げな笑みを浮かべたヴァンデンスの言葉によって、冷静さを失ったのだった。


「喜べ少年。彼女の力があれば、あの娘をすぐにでも、元通りにできるはずだぞ!」


「……それって、まさか!?」


「そうだ、マーニャの事さ!」

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