第49話 妙案
茂みから駆け出した俺は、間髪入れることなく、ジップラインを伸ばした。
狙いは洞穴の入口で燃え盛っている木の柵。
燃えるバリケードとなり果てたそれは、洞穴の中に居る皆にとって、脱出を妨げる障害物に他ならない。
ならば、どかしてしまえば良い。
俺の安直な考えを、鳥型のバディを連れている刺客が予想できないわけが無い。
まるで示し合わせたかのように、俺とその刺客は、視線を交わす。
「くそっ!」
すぐに魔法を発動した俺だったが、案の定、バリケードをどかすことは出来なかった。
「ニッシュ、アイツらはアンタのジップラインを認識してるわよ! 単純な方法じゃダメみたい」
「分かってる!」
シエルに対して叫び返してしまった俺は、口を閉ざすために、歯を喰いしばった。
毎日修練を重ねて、ようやく習得した魔法が充分に通用しない。
その事実をようやく認めることが出来た俺は、悔しさに暴れ出してしまいそうになる。
無意識に拳を握り、駆ける足に力を込めた俺は、眼前で抵抗を続けているドワイト達の元へと急いだ。
何よりもまず、態勢を立て直すべきだろう。
そう判断したが故の、俺の疾走は、思わぬ攻撃によって邪魔されることになる。
「だはっ!?」
突然、左の脇腹に鋭い痛みを覚えた俺は、足を滑らせながら振り向くと、すぐさま横っ飛びした。
直後、俺の立っていた場所付近を、小さな影が突き抜けて行く。
「今度は何だ!?」
「ニッシュ! 茂みの方から、鱗の奴が何かを飛ばしてきた! 気を付けて!」
頭上にいるシエルが、そう告げたのとほぼ同時に、小さな何かが俺の左頬を掠めて行く。
「くっ……」
生暖かな感触が頬を伝って滴る。
痛みと温もりを拭い去るために、頬を手の甲でこすった俺は、自らが出血していることに気が付いた。
「こんなの、ただのかすり傷だ。無視するぞ!」
ヒリヒリと痛む頬を無視した俺は、踵を返して駆け出すと、牽制し合っているドワイトと刺客の間に割って入る。
「ドワイト! ここは俺が何とかするから、燃えてる柵を何とかしてくれ! ただ、アイツの攻撃には注意しろよ!」
俺が茂みから出てきた鱗の刺客を目で指し示すと、ドワイトは強く頷き、踵を返した。
その間も隙を突くように短刀で切り掛かって来る刺客達の攻撃を、ポイントジップで弾き返した俺は、大きく息を吐く。
このままでは、本当に全滅しかねない。
それを回避するためには、俺が刺客達を倒さなくてはならないのだ。
「特に、鳥の奴と鱗の奴が厄介だな……」
「厄介っていうか、完全に負けてるけどね、私たち」
どこか余裕を感じさせるシエルの言葉に、思わず強く言い返しそうになった俺は、ギリギリのところで思いとどまる。
とどまることが出来たのは、ひとえに、彼女の緊迫した表情を見たからだった。
諦めてはいけない。
ここで諦めてしまえば、あの時と同じになってしまう。
目の前でマーニャが固められてしまった様子を思い返しながら、俺は拳を握り締める。
そこでふと、俺は妙案を思いつく。
「そうだ、そうだよ! メチャクチャ簡単じゃんか!」
「ニッシュ、どうしたの? 変なこと考えてないで、集中しなさいよ!?」
「大丈夫だって! 多分、上手く行くはずだから!」
立て続けに攻撃を仕掛けて来る刺客達の短刀を、左右に避けた俺は、少し後退すると、その場でしゃがみ込んだ。
そうして、両手を地面に付き当てて、イメージを開始する。
「っ!? 今すぐそいつを殺せ!」
今まで一言も発することの無かった鳥の刺客が、俺の様子を見て慌てたように叫ぶ。
しかし、その時には既に、俺の準備は整っていた。
「喰らえ! グランドジップ!」
唱えるや否や、俺の両手から放たれた魔法は、地面の中を通って、鳥の刺客の元へと駆け抜けて行く。
すぐさま飛び退こうとした鳥の刺客だったが、それくらいなら、俺にでも予想できる動きだ。
俺の指先から伸びた計十本のラインは、鳥の刺客を取り囲むように立ち上がると、身体を貫いていた。
その線に沿うように、鋭く飛び出した土砂の槍が、鳥の刺客の身体を貫いて行く。
「ぐはっ!?」
腹や四肢を貫かれた鳥の刺客は、吐血しながら事切れて行く。
若干の罪悪感を覚えた俺は、しかし、目の前の刺客達に目を向けて、思い直した。
刺客達は誰一人として動揺すらしていない。
それはつまり、これが命の取り合いであることを示している。
欄々と光る刺客達の瞳の中に、狂気じみた何かを感じた俺は、意を決してラインを描いた。
休む暇を与えないように切り掛かって来る刺客と、そのバディの攻撃を避けた俺は、一息に魔法を発動する。
ラインに重ねた右足が、地面に平行な弧を描いたかと思うと、刺客の側頭部を強く打ち付けた。
その勢いを殺さないまま、回転を続けた俺は、流れるようにもう一人の首筋に蹴りを入れる。
洞穴の入口付近で何かが壊れるような音を聞きながら、もう一人の鳩尾に強烈な拳を打ち付けた俺は、残りの一人に目を向けた。
険しい眼光で俺を凝視する鱗の刺客は、スッと俺の背後に視線を移した。
釣られて洞穴の方に目を向けた俺は、燃えていた柵がドワイトの手によって撤去されている様子を目にする。
「どうする? 降参するか? 降参するなら、命だけは助けてやってもいいぞ?」
「……」
すぐに鱗の刺客に視線を戻した俺は、試しに提案してみた。
対する鱗の刺客は、黙り込んだまま周囲を見わたすと、深いため息を吐く。
その時、俺の意表を突くように、空から聞き慣れた声が降ってきた。
「結構苦戦したみたいだな……皆大丈夫か?」
ゆっくりと降下してくるヴァンデンスの姿を見上げた俺は、改めて眼前に佇む鱗の刺客に目を向ける。
他の刺客達は全員、既に死んだか気を失っている。
死んでしまった刺客のバディは、まるで動かなくなった人形のように地面に転がっている。
気を失っている刺客のバディは、意識こそあるものの、俺達への敵対行為を止めて、相方の傍に寄り添っている。
「……降参する」
周囲の様子をみて観念したのか、鱗の刺客はそう呟くと、ゆっくりとその場に座りこんだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます