第42話 移動する熱源
「今の悲鳴は!?」
南の方から響き渡った悲鳴を聞いた俺は、急いで周囲に目を配った。
誰か、この場に居ない人が居ないだろうか。
頭の中で皆の顔を確認するが、正直、全員のことを把握しきれていない。
俺がきょろきょろと当たりを見わたしていると、血相を変えたザックがこちらに駆け寄ってくる。
「ウィーニッシュさん! メリッサ達が水を汲みに行ったまま、戻っていないんだ!」
「メリッサ達? 水汲みってことは、南の川ってことか!」
悲鳴の聞こえて来た方向と、合致している。
すぐにでも助けに向かおうと、足を踏み出そうとした俺は、視界の端で震えている子供達に気が付いた。
俺がここを離れたら、誰が皆を守れる?
ヴァンデンスは、ここに残って皆を守るように言っていた。
「そうだ、今の悲鳴を聞いて、師匠が向かったかもしれないよな。落ち着け、一旦落ち着け俺……」
「ニッシュ、私が川の様子を見て来るから、アンタはここに居なさいよ!」
「ちょ、待てシエル!」
俺の呼び掛けを無視して飛び去ってゆくシエル。
そんな後ろ姿を見送った俺は、思い出したように、皆の方を振り返る。
悲鳴が聞こえる直前までしていたであろう作業をほっぽりだし、全員が洞穴の入口付近に集まっている。
姿が見えないのは、見張り班と水を汲みに行った女性陣のようだ。
一応、洞穴の入口で震えている面子の中に、母さんがいるのを確認した俺は、小さく安堵する。
とは言え、完全に安心できる状況ではない。今できることを、出来る限りやっておこう。
小さな震えが体中に広がって行くのを感じながら、俺は辺りに落ちている物を拾い上げた。
何かしらに役立つだろうと集められた棒なのだろうか、特に加工がされている訳では無いその棒を手に、俺は皆に語り掛ける。
「戦える人は、一緒に洞穴を守ろう。母さん、子供たちのことはお願い」
「分かったわ、でも……ううん、何でもない」
何かを言おうとした母さんは、しかし、静かに口を噤んだ。
何か言いたいのなら言ってくれと問いかけようとした俺の言葉を遮るように、大きな籠を抱えたザックが歩み寄ってくる。
「ウィーニッシュさん、これ、山賊から奪ったナイフと弓矢、それと、僕らが作った武器、使ってくれ!」
そういってザックから差し出された籠を受け取った俺は、籠の中を見て驚く。
「すごいな……もうこんなに作ってたのか」
山賊の弓矢を見よう見まねで作ったと思われる弓矢や、木を荒く削って作られた小さなこん棒など。
彼の持ってきた籠の中には手製の武器が幾つか入っていたのだ。
材料をどうしたのか気になるが、今はそれどころではない。
適当に、小さなこん棒を手にした俺は、母さんたちを洞穴の中に誘導しながら、南と西の空を見上げる。
と、南の方から、何やら声が聞こえてきた。
「ウィーニッシュ! ウィーニッシュ! 緊急事態だぁ! オレッチと一緒に来てくれぇ! このままじゃ、森が燃えちまうよぉ!」
そう言いながら、南に広がる森から飛び出して来たのは、ドワイトのバディであるリノだ。
相変わらず尻尾と頬肉をブルブルと震わせながら走ってはいるリノだが、珍しく深刻な表情を浮かべている。
「リノ! 森が燃えるってどういう事だよ!?」
「良いから来いって! 速くしねぇと、川を越えちまうんだよぉ!」
リノの言葉に躊躇いを感じてしまう俺は、咄嗟に皆の顔を見わたした。
ザックが率いる製作班や休憩中の防衛班が二人、武器を持って戦う準備をしている男合計4人だけだ。
正直、心許ない。
守るべき子供は3人に、女性が4人。もし今、ここを襲われでもしたら、無事では済まないだろう。
ここを離れても良いのか?
何度も頭の中で反芻する考えに、俺が決めあぐねていると、弓を手にしたザックが、ゆっくりと歩み寄って来た。
「ウィーニッシュさん、行って来てください。今度こそ、僕らがここを守りますから」
「ザック……」
俺がそう呟いた時、東側の茂みから何者かが姿を現した。
咄嗟に身構えた俺は、弓を携えた二人の姿を見て、安堵する。
「何かあったのか!? すごい悲鳴が聞こえたぞ!?」
東と北に見張りに出ていた二人が、悲鳴を聞いて戻って来たようだ。
「ホップ! トリート! 東と北は異変は無かったのか!?」
二人のことを把握している様子のザックが、語り掛けると、二人はそろって首を横に振った。
「ウィーニッシュ! 速くしろ! もうあんまり時間がねぇんだよ!」
再び急かしてくるリノに頷いて見せた俺は、ザックや他の皆に目配せをして、告げる。
「行ってくる! 何かあれば、すぐに逃げろよ!? 絶対にな!」
言い終えるや否や、俺はリノを胸元に抱えると、そのまま全力で跳躍する。
手にしていたこん棒を左手で握り締め、抱えているリノが落ちないように右腕を斜め前に出した俺は、すぐに魔法を発動した。
森の上を飛んでいくようなラインを思い描き、その通りに身体が引っ張られていく最中。
俺は上空から見降ろした森の惨状を目の当たりにして、絶句する。
西から南にかけて、広い範囲の森から火の手が上がっているのだ。
「何が起きたんだ!?」
思わず溢れた俺の言葉に、リノが短く答える。
「燃えるトカゲが出たんだよ! 今、ドワイトが足止めしてる!」
「燃えるトカゲ?」
リノの言ったことが気になった俺だったが、今は先を急ぐことが先決だ。
目的地である川に目を向けながら飛んでいた俺は、ふと気が付いた。
森の燃え方がおかしい。西か南の、一点から波紋上に燃え広がって行くような、そんな燃え方ではない。
まるで、熱源が移動しているかのように、南の森の一部が燃えているのだ。その様子は、何かが歩いた軌跡のようにも見て取れる。
「燃えるトカゲか……」
そう呟いた時、木々の影からようやく川の様子を伺うことが出来た俺は、二つの物を目にした。
一つは、激しく上がる白い湯気と黒い煙。
それらは、川の水が蒸発し、森の木々が燃え上がっていることで発生しているようだ。
もう一つは、川の岸辺で荒ぶっている巨大なトカゲ。
トカゲと表現してはいるが、俺は今までにこれほど大きなトカゲを目にしたことは無い。
そんなトカゲは、何かを気にしているかのように、グルグルと回転しながら、何かに威嚇を行なっているようだ。
何に対して威嚇をしているのか、トカゲの周りに目を配った俺は、そこでようやく気が付く。
トカゲの目線の先から逃れるように、ドワイトが全力でグルグルと走り回っているのだ。
岸辺に転がっている大きな岩やトカゲが倒したと思われる木の影を縫うようにして逃げているドワイト。
彼は時折、石のような物をトカゲに投げつけて注意を惹き付けているようにも見える。
その理由に、俺はすぐに気が付いた。
このトカゲが森を燃やしている張本人だとするなら、川を渡らせるわけにはいかないのだ。
「ドワイトォ!! 助けに来たぞぉ!」
川の上空を通り超えた事を確認したタイミングで、俺はそう叫ぶと、トカゲの背後に着地を試みる。
ある程度の高度まで降りた時、ジップラインから手を放し、勢いのまま踵を地面に付けた俺は、しかし、盛大に転がってしまった。
森の中に比べ、ゴツゴツとした岩場に着地したせいか、いつもより全身が痛む。
しかし、悠長に痛がっている時間は無かった。
「そっちに行ったぞ!」
ドワイトの叫び声を聞き、跳ね起きた俺は、悪い体勢のまま横に跳躍する。
まだ抱えたままのリノが振り落とされないように注意しながらも、俺はすぐ脇を駆け抜けていったトカゲを凝視した。
俺のことを喰らおうとしたのだろうか、大きな口で空に噛みついたトカゲは、捕食に失敗したことを悟ると、すぐに俺へと目を向けてくる。
大きく横に飛んだ俺は、何とか川の中に着地すると、抱えていたリノを開放する。
跳んだ先が浅瀬で良かった。
くるぶし程度の川の水に感謝しながら、俺はゆっくりと右手の方に移動を開始する。
と、移動を開始した俺に対して、ドワイトが叫んできた。
「そっちには行くな!」
なぜ! と叫び返そうとして右に目を向けた俺は、大きな岩の影に倒れている人の姿を目にする。
上からは蒸気や煙のせいで良く見えなかったが、川岸の大きな岩陰に、怪我人を隠しているようだ。
すぐに方向転換をして、走り出そうとした俺は、視界の端で赤く光る何かを目にした。
全長10メートルは超える程の大きさのトカゲの身体が、怪しく、そして赤く、輝きだしているのだ。
猛烈な嫌な予感を覚えた俺は、歯を喰いしばりながら、もう一度左手の方へと大きく跳躍する。
と、俺が居たところ目掛けて、トカゲが巨大な火の球を吐き出した。
メラメラと音を立てながら輝いているその弾は、川に着弾すると同時に、大量の水蒸気を巻き上げた。
「ウソだろ!?」
バシャバシャと川の中を転がって着地した俺は、一時的に見えた川の底に愕然とし、呟くしかないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます