第40話 チラつく前兆
木の上で見張りを続けることに飽きた俺は、地面に降りると、落ちていた石ころを拾い上げた。
「ちょっと魔法の練習をしてても、大丈夫だよな」
辺りに誰もいないことを確認し、掌に載せている小石に意識を集中する。
俺のイメージしたとおりに浮かびあがった石ころは、ピンと突き立てた左手の人差し指の周りをくるくると旋回し始める。
「よし……こうやって魔法を使えるようになったのは、マジで嬉しいな」
笑みと呟きを溢しながら回る石ころを眺め、俺は悦に浸る。
人差し指の周りをまわっていた石ころが、次第に腕の周りをまわり始め、終いには、俺の周囲を旋回し始めた。
まさにイメージ通りに回転する様は、さながら、惑星のように見える。
次はどんな風に動かそうか、と考え込んでいた俺に、背後から声が掛けられた。
「ウィーニッシュ?」
「へ!?」
突然掛けられた声に、驚きのあまり変な声を上げてしまった俺。
ぽとりと落ちる石ころを視界の端で捉えながら、俺は勢いよく背後を振り返った。
「サボってたの?」
「母さんか……びっくりしたぁ」
「ふふふ、ごめんね」
どこか楽しげな母さんは、小さな籠を手にしながら、茂みの中を歩み寄ってくる。
手製のその籠は、ザック達が作ったのだろうか。だとするなら、いい仕事をしている。
「こんなところでどうしたの? 母さんは調達班だったよね? 何か旨そうな物、見つけた?」
「母さんもお仕事を少しサボっちゃった。でも、ここに来る途中で、美味しそうな木の実を見つけたんだよ? ほら」
「へぇ、これは確かに旨そう。なんて実だろ……これ、母さんが採ったの?」
俺は母さんの手にしている籠の中から、茶色い小さな木の実を取り出した。
見た目からしてクルミのようにも見える。
「ううん、木の高いところにあったから、テツに採ってもらったわ」
そう言う母さんの左肩に腰かけているテツは、「フン」と小さく鼻を鳴らしたかと思うと、黙り込む。
「流石テツだな。言葉じゃなく行動で示すところ、俺はカッコいいと思うぜ!」
俺の言葉を聞いたテツは、尚も黙ったまま、少しそっぽを向いた。
しかし、俺は知っている。テツは嬉しい事があると、鼻をヒクヒクと動かすということを。
そっぽ向いたテツの鼻先が、小刻みに動くのを見た俺と母さんは、互いに顔を見合わせ、微笑みを溢した。
「ところで、ウィーニッシュがさっき使ってたのは、魔法?」
「そうだよ。最近ようやく使えるようになった魔法で、ジップラインって名前なんだ。これで、もっと速く移動できるようになったら、皆のことも守れるし、もっと練習しようと思って……でも、それで見張りが疎かになってたら、意味ないよなぁ……もう、サボらないよ」
「そうね、でも、今シエルが居ないじゃない? 母さんが知る限り、バディが居ないと、魔法って使えないはずなんじゃ?」
「それは、俺に魔法の才能があるからだよ、母さん」
「ホントに~?」
「なんで疑うんだよ!? 母さんの息子なんだけど!?」
「ふふふ、そうね。母さん誇らしいわ」
悪戯っぽく笑う母さんに釣られて、俺も笑いかけていた時、母さんの背後の茂みから、一人の女性が歩いて来た。
その女性には見覚えがある。確か、調達班のリーダーを務めている人だ。
歳は三十手前と言ったところだろうか。短い金髪に、さばさばとした口調のこの女性は、確か、名前をモイラと言ったはず。
彼女の肩には、小さな人型のバディが腰かけている。
大きさはテツと同じくらいだが、テツとは違い何らかの獣の要素は見当たらない。
その代わりと言っては何だが、モイラのバディには半透明の羽が生えていた。まるで、お伽噺に出て来る妖精のようだ。
「ここにいた……セレナさん」
どこか呆れを含んでいるモイラの声に気づいた母さんは、振り向くことなく、俺に舌を出してみせる。
アチャ~とでも言いたいのだろうか。
そんなふざけた様子をすぐに消し去った母さんは、ゆっくりと振り返りながらモイラに話しかける。
「モイラさん。ごめんなさい。どうしても、息子と話がしたくて、ちょっとサボっちゃってました。でも、食べれそうな実を見つけたんですよ!」
「まぁ、気持ちは分かりますけど……」
そう言いながら俺に視線を移したモイラは、俺に向けて、小さく会釈をしてくる。
ぎこちない会釈に返答する形で、俺も会釈をすると、モイラは溜息を吐きながらセレナに向き合った。
「セレナさんは、暇さえあれば息子さんとず~っとおしゃべりしてるじゃないですか。せめて仕事中くらいは我慢してください」
「うぅ……頑張ります……」
「お願いしますね。それで? 食べられそうな実って、どこにあるんですか?」
「あ! 案内しますね! それじゃ、ウィーニッシュ、母さんお仕事行くから!」
「あ、うん。母さんもモイラさんも、怪我には気を付けて!」
「ありがとぉ~」
母さんのその言葉を残して、歩き去って行く二人の後ろ姿に、俺はどことなく疎外感を感じた。
何だろう、この感覚。
まるで、小学校の保護者会に連れていかれた時、子供は子供で遊んでいなさいと言われた時のような、不思議な感覚だ。
「この状況で、なんでそんな連想するんだよ、俺」
状況も世界も、完全に違うはずなのに、妙な連想をしてしまった事を自嘲した俺は、木を取り直して、見張りに戻る。
それから数分が経った頃だろうか、森の中に消えていた筈のシエルが、どこからともなく戻って来た。
「おかえり、シエル。何か異常はあったか?」
「う~ん、異常っていうか、気になる事があったかなぁ」
「気になる事?」
俺の問い返しに、シエルは頷きながら話し始める。
「そうそう、近くまで行ってないから、詳しくは分からないんだけど、大勢の人間がゼネヒットに入って行くところが見えたの」
「大勢の人間が入って行った? 出て来て、この森に近づいて来るとかじゃなく? ってか、どこまで行ってたんだよ」
「違う違う、森を上から見て見ようと思って、空に飛びあがったら、街の方まで見えたの。で、中に入って行くところが見えたってワケ。こう、行列で、ゾロゾロと」
「バーバリウスが何か動き出したって事かな?」
「かも知れないわね。一応、ヴァンデンスに報告しに行く?」
「そうだな、その方が良いかもしれない。すぐに報告して来てくれ! 俺はここで見張りを続けておくから」
「おっけ~」
そう残したシエルが母さんたちの消えて行った方に飛び去ったのを見届けると、俺は改めて森の西側に目を凝らした。
この森の西にあるゼネヒット。
よくよく考えれば、あの襲撃事件から一週間以上経過している訳だ。
そろそろバーバリウスが何らかの動きを見せ始めてもおかしくない。
空の頂点に昇り詰めている太陽の光が、森の中をチラチラと照らす。
まるで、太陽に覗き見られているような気配を感じた俺は、同時に嫌な予感を抱いたのだった。
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