第39話 分からなくていい話

 マーニャを元に戻すための朝の時間を終えた俺は、西側の見張りをするために森の中を小走りしていた。


 今回はヴァンデンスは一緒ではない。


 彼は洞穴付近で待機し、皆の様子を見守っているだろう。


 それともう一つ、彼には役割がある。


「何か情報を吐いてくれればいいんだけどなぁ」


「何の話? あぁ、捕まえた山賊達のことね。そんなに怪しむことないんじゃない? あいつらはただの山賊でしょ?」


「けど、もしあの山賊達がバーバリウスの指金だったら? 可能性はゼロじゃ無いだろ?」


「う~ん……どうなのかな、そんな回りくどい事する?」


「それを確かめるための尋問だろ? まぁ、後で結果を聞こう」


 話しているうちに目的の場所に着いた俺は、おもむろに視線を上げると、周囲を見渡した。


 そうして、目的の人物を見つける。


「ドワイト! 交代だ! あとは俺が見ておくから、一旦洞穴に戻ってくれて大丈夫だぞ! あ、そう言えば、ザックが探してたから、話を聞いてやってくれ!」


 太い枝の上に仁王立ちし、周囲の見張りをしていたドワイトは、俺に気が付くと、何も言わずに飛び降りてきた。


 何食わぬ顔で着地を決めた彼は、そのまま俺の目の前まで歩いてくる。


 胸を張りながら歩く様子は、非常に堂々としていて、頼もしさを感じさせる。


 そんな彼は、俺の眼前に立ったかと思うと、手慣れた仕草で指笛を拭いた。


 突然の事に何も言えない俺。そんな俺をジロジロと見下ろしてくるドワイト。


 まるで、俺のことを見定めているようなその視線に耐えていると、どこからともなく何かが駆けてくる。


「ワウワウワウッ! どこのどいつだ!? このオレッチを呼ぶのはよぉ! って、ドワイトしか居ねぇよなぁ! ヘヘッ。お!? ウィーニッシュじゃないか! もう日課は終えたのか? それで呼ばれたんだな? 良いぜ良いぜ! ドワイト、移動だ! オレッチについてこい!」


 尻尾をブンブンと振りながら茂みを飛び越えて現れたのは、白い毛並みの犬だ。


 犬種はブルドックだろうか。尻尾と一緒に頬の肉を震わせながら現れたその犬は、ドワイトの足元に駆け寄りながら、口を動かしている。


 この犬がドワイトのバディだと聞いた時、俺は必死に笑いを堪えてしまった。


 いや、なんというか、驚いてしまったのだ。


 ドワイト自身も、背中の箱に閉じ込められていたバディの第一声を聞いた時、顔を強張らせていたので、俺の感覚に狂いは無いはず。


「リノ、少し黙っていてくれ」


「なにぃ!? ドワイト、そいつはあんまりだぜぇ! オレッチは箱の中でず~っと独りぼっちだったんだ! まぁ、寝てたから? あんまり実感は無いけどな! そんなオレッチに黙ってろって言うのか!? そんな非情を言っちまうのか!? あんまりだぜ! 見損なったよ! しょんべん漏らして泣きじゃくってたあの頃の坊ちゃんはどこに行っちまったんだよ!」


「……黙れ、リノ」


「へっへ~んだっ! それでオレッチが黙ると思ったら、大間違いだぜ? それより、早く戻ろうぜ!」


 リノの言葉に、ドワイトがしかめっ面を極めていく。纏う空気すらピリピリと音を立てそうになっているのを感じた俺は、宥めるように言った。


「ははは……何というか、リノはいつも元気だな」


 すると、シエルがため息交じりに告げる。


「元気と言うか、騒がしいだけよ」


「それがオレッチの魅力だろ? それにしても、シエルの毛並みって結構いいよな! その尻尾を枕にして、ひと眠りしたいぜ!」


「いやよ! ヨダレだらけになるじゃない!」


「しょんべんしないだけマシだろ?」


 次第にリノとシエルの会話に話が逸れていったのを喜ぶべきなのか。俺は二人の会話を無視して、ドワイトに声を掛けた。


「異常は無かった?」


「無い」


 会話終了。


 俺と会話を続けるつもりは無いのか、ドワイトはそれだけを言い残して、洞穴の方へと歩き出してしまう。


「おいドワイト! オレッチに続けって言っただろ!? 先に行ってどうするんだよ! また道に迷っても知らないぞ!?」


 ドワイトの後を追って、リノも走り出していった。


 そんな二人の後ろ姿を見送りながら、俺は思う。


 彼にとって、俺はあまり信用できない人間なのかもしれない。


 もしくは、得体の知れない人間か?


 どちらにしろ、まだまだ仲間として見られていないと言う事だろう。


 現状、それは仕方がない事なのかもしれない。


 俺達が一緒に生活しているのは、あくまでもハウンズという共通の敵に対抗するため。


 そして、ヴァンデンスと言う男に魅せられたため。


 普段のヴァンデンスを見ていると、おチャラけているようにしか見えないのだが、ごく稀に、人を惹き付ける何かを放っているように感じる。


「これがギャップ萌えってやつなのか?」


「ギャップ萌え? ってどういう意味?」


「いや、シエルは知らなくていい」


「なんでよ!?」


 そもそも萌えではないなと思いつつ、憤るシエルをあしらった俺は、さきほどドワイトが昇っていた木を見上げた。


「俺も登るかなぁ……」


 おもむろに右腕を上げた俺は、頭の中でイメージを構築する。


 すると、俺の身体はゆっくりと真上に上昇を始めた。


「よし、やっぱりイメージが大事なんだな」


 イメージ通り、ゆっくりと上昇することに成功できた俺は、太い木の枝に降り立つと、下に目を凝らす。


 ちなみに、上昇のイメージに使用したのはエレベーターだ。


 そのイメージであれば、ある程度俺のさじ加減で、速度の調整が効く。


 しかし、空を飛ぶとなれば、話は別だ。


「やっぱり、空を飛ぶことをイメージすると、飛行機のイメージが強いんだよなぁ。そうなると、速度が速すぎるから、森の中じゃ使えないし。気球じゃ、遅すぎるし」


「私、たまにニッシュが何言ってるか分からなくなるわ」


「それは、分からなくていい話だから、大丈夫だぞ」


「そう? それじゃあ、私、周囲の様子を見て来るわね。そう言えば、私たちも何か合図を決めておく? ドワイトとリノみたいに」


「合図か……たしかに、あったほうが便利かな。でも、指笛とか出来ないぞ? あと、俺は口笛が吹けない」


「……ダサッ」


「ダサいとか言うなよ!」


 結局合図を決めることが出来ないまま、シエルは見回りへと飛んで行ったのだった。

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