第38話 知らない方が良いこと
洞穴まで戻って来た俺は、子供たちが駆け去ってゆくのを眺めながら、昨夜のことを思い出していた。
今この洞穴周辺では、俺達やマーニャを含めて総勢22人が生活をしている。
これだけの人数がいれば、寝床の確保や食料の確保といった、最低限のことは何とか出来ていた。
とは言え、本当に最低限である。
寝床と言っても地面に草を敷き詰めただけで、快眠を望むことは出来ないし、食べ物も、森で採った山菜や木の実がメインだ。
初めのうちは何とか我慢することも出来るが、ずっと続くと、流石に不満が募ってしまう。
かくいう俺も、不満を募らせていた一人だ。
そこに、あの山賊の襲撃があり、俺を含めた全員が痛感した。
ヴァンデンスのお陰で退けることが出来たが、場合によっては死人が出たかもしれない。
と言うことで、昨晩は皆で話し合って、役割分担をしたのだった。
役割は大きく4つに分けてある。
武器や道具の製作を行う、製作班。
見張りと、時々狩りを行う、防衛班。
食料の調達を行う、調達班。
そして、洞穴周辺の整備を行う、整備班。
まだまだ課題が多いので、少しずつ改善していく必要はある。
と、考え込んでいた間に近づいて来ていたザックが、恐る恐ると言った感じで声を掛けて来た。
「えっと、ウィーニッシュさん、おはようございます」
「ん? ザック、別に敬語じゃなくて良いって昨日も言ったじゃん」
むしろ俺が敬語を使うべきだと分かってはいるのだが、ゼネヒットで染みついた癖がなかなか抜けない。
意識して敬語を使うようにしないといけないと考えつつ、俺は弓を手にしているザックに意識を向ける。
「これ、僕達で作ってみたんだけど、どうでしょう?」
ザックはそう言いながら手にしていた弓を俺に渡してくる。
ザックは、製作班で、リーダーをしてもらっている。
ちょっと頼りなさそうに見える彼だが、手先は非常に器用で、本人としても申し分は無さそうだ。
それに、5人いる製作班の中で、彼が最も頭が回るらしい。
奴隷になる前は何をしていたんだろう。
ふと、脳裏を過る疑問に蓋をしながら、俺は手にした弓を一通り見て、ザックに返却した。
「問題ないように見えるけど、正直、俺はあまり弓を触ったことないから、ドワイトに聞いてみてくれよ……ください」
ドワイトというのは、防衛班のリーダーを務める男で奴隷たちの中で最もガタイの良い男だ。
茶色の短髪に、いつも固く結ばれている大きな口、そして、迫力のある目力を兼ね備えた彼は、見た目通り、気の強い性格をしている。
昨晩の話し合いでは、真っ先に見張り班に名乗りを上げていた印象が強い。
そう考えると、案外皆のことを考えてくれているのかもしれない。
「そうですか。分かりました。そうですね、彼に聞いてみます」
そう言ったザックは、トボトボと洞穴の近くに生えている木の方へと歩いて行った。
そこが製作班の拠点なのだろう。先程走り去っていった子供たちのうち、男の子二人が、気の根元で何やら作業をしている。
どうでも良いが、ザックのバディはいつも、彼の背中に張り付いているのだろうか。
ふとどうでも良い疑問を抱いた時、シエルが俺の頭の上に腰を下ろしながら言う。
「ねぇニッシュ、そう言えばドワイトが見当たらないけど?」
「ん? 見張り中なんじゃないの? ってか、俺達も見張り班なんだよなぁ」
俺とヴァンデンスも、一応は見張り班に所属していることになっている。
とは言え、ヴァンデンスは基本洞穴周辺を、俺は洞穴の西側を守ることになっており、その他の三方をドワイトたちが受け持っているのだ。
なので、今俺がここにいることは、ある意味サボりになってしまうのだが、これについては、皆に承諾を得ている。
特訓終わりのこの時間だけは、見張り班の誰かが西側を受け持っているはずだ。
「さて少年、そろそろ行くぞ」
「うん」
ヴァンデンスに連れられて洞穴へと入った俺達は、一直線にマーニャの元へと向かう。
洞穴の一番奥で寝かされているマーニャの傍では、数人の女性が何やら作業をしている。
恐らく、整備班なのだろう。
寝床に何か工夫をしようとしているようだが、今はそっとしておこう。
「で、どうすれば良いんだっけ?」
「彼女の手を握って、熱の魔法を使うんだ。イメージは一肌くらいの熱だ。いいか? 間違っても一気に溶かそうとするなよ?」
「わ、分かった」
言われるままにマーニャの手を握った俺は、意識を掌に集中しながら、人肌をイメージする。
優しく包み込むような、温もり。
途端、俺は手の温もりが彼女に吸い取られていくような感覚を抱き、思わず手を放してしまう。
まじまじと掌を見て見るが、何も異常は見当たらない。
「ニッシュ、どうしたの?」
「いや、なんか、変な感じがしたから……」
「それが氷魔法の特徴だ。覚えておいたほうがいい。熱を吸収してしまう魔法だ。その感覚に慣れれば、少年も氷魔法を使えるようになるんじゃないかな」
「この魔法を、俺が?」
ヴァンデンスの言葉に、思わずマーニャを凝視してしまう。
人を凍らせて自由を奪ってしまう魔法。
彼女は今、意識はあるのだろうか。
これでまだ死んではいないと言われると、非常に不思議な感覚に陥ってしまうが、今はその言葉を信じる他無いだろう。
「さぁ、少年。続きをしよう。毎日、朝昼晩、こうして少しずつ、彼女の身体を溶かしていく。それが彼女を救う方法だよ」
「毎日、朝昼晩? 何で一気に溶かしちゃダメなんだ?」
「……」
俺にとっては素朴な疑問のつもりだった。
しかし、ヴァンデンスにとってはそうでは無いらしく、どこか神妙な表情を浮かべたかと思うと、彼は短く告げたのだった。
「知らない方が良い」
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