第37話 新たなチカラ

 山賊の襲撃があった翌日、俺は昨日と同じように、魔法の特訓に励んでいた。


「手から矢印が出て行くイメージ……イメージ……」


 前に伸ばした右手から、小さな矢印が一本出て行く様子をイメージする。


 すると、その矢印に引っ張られるように、俺の右腕が前に引っ張られるのだ。


 何度も何度も、反復練習を重ねることで、安定して矢印をイメージできるようになった俺は、一つ深呼吸した。


 そして、周囲の様子に目を移す。


 木々に囲まれた森の中にある小さな空白地帯。


 その端に立っている俺は、反対側の端にある一本の木を見つめながら立ち尽くしている。


 木と俺を結ぶ直線から少しそれた場所には、腕組みをしたヴァンデンスとシエル、そして、三人の子供たちが、立っていた。


「ニッシュ兄頑張れ!」


「ニッシュ! 次こそは成功させなさいよ!」


 子供たちの声援とシエルからのプレッシャーを肌に感じた俺は、小さく頷くと、聞こえないように呟く。


「簡単に言うなよな……あー、右腕が痛てぇ」


 衣服にまとわりついている砂ぼこりを無視した俺は、改めて目標の木に意識を集中すると、一息に、右腕に力を込めた。


 途端、俺の右腕は強く前に引っ張られ、それに引きずられるように、俺の身体が弾き出されてゆく。


 両足を全力で動かして勢いに乗ろうとするが、次第に体勢が前のめりになって、最終的に、俺は地面に叩き付けられた。


 そうなってしまえば、魔法を発動し続けることなどできるわけもなく、俺は勢いのままに地面を転がる。


 転がる過程で背中や腕や脚を地面に打ち付けた俺は、ドンッという鈍い音とともに、完全に停止することが出来た。


 背中が壁のような物に当たっている感触から鑑みるに、目標の木まで到達したのだろう。


 まるで、倒立に失敗してしまったような格好で、逆さまの世界を眺めていた俺の元に、皆が集まってくる。


「また盛大に失敗したなぁ。少年、無事か?」


「あぁ……まぁ、多少首が痛むけど、無事の範疇だと思うよ。うん、多分ね」


「今の衝撃で無事なのは、アンタくらいでしょ」


「流石、ニッシュ兄ちゃんだよなぁ」


「でも、失敗してるじゃん」


「いつになったら成功するの?」


「仕方ないだろ? 思ったよりも難しいんだよ」


 心配するヴァンデンスに対して軽口で応えた俺は、シエルや子供たちに煽られてしまう。


 まぁ、これも何度目か分からなくなった光景だから、それほど気にしてはいない。


 よいしょっと声を漏らしながら立ち直した俺は、顎に手を当てて考え込んでいるヴァンデンスに目を向けた。


 きっと師匠は、俺の転び方を見て、何か改善策を見つけ出してくれるに違いない。


「ふむ……少年がもっと速く走るしかないかな」


「これ以上速く走れれば、何の苦労もしないんだよなぁ……」


「それじゃあ、身体を浮かすとか? 少年は体が軽いし、もしかしたら出来るかも?」


「それもやってみたけど、正直、今の俺じゃ無理だ。魔法を上手く制御できない」


「そうか……それじゃあ、考え方を変えるしかないかなぁ」


 考え込むヴァンデンスや他の皆を見ながら、俺も改めて考えてみる。


 今、俺達がしようとしていることは、単純な事だ。


 昨日俺がなんとなく習得した魔法、力魔法を、何とか移動手段として使えないか、検討している。


 とは言え、口で言う程簡単な事では無かったらしい。


 ヴァンデンスが空を飛ぶ時は、風魔法で生み出した風を体に纏って、空に舞い上がるそうだ。


 しかし、俺の力魔法は風魔法とは違い、身体の一部から外側に向けてしか、効力を発揮しない。


 使い勝手が良いのか悪いのか、微妙な話だ。


 そうなれば必然的に、前向きに力を発してやれば良いと考えたのだが、今度は出力の調整が難しい。


 そもそもの話だが、バディと接触していない状態で、これほどの出力が出せるのは異常だとヴァンデンスは言っていた。


 シエルと接触した状態で同じことをしようとしたらどうなるのか……考えるだけでも恐ろしい。


「少年、前がダメなら、上に飛ぶことは出来るのかい?」


「上? まぁ、出来ると思うけど……正直、怖いな」


 上を指差しながら告げるヴァンデンスに、俺は首を横に振る。


 とは言え、それが一番現実味のある解なのかもしれない。


 怖いと言いつつも歩き出した俺は、さっき立っていた場所に向かった。


 いつまでもこの魔法にばかり時間を使っている暇は無いのだ。早く完成させなくてはいけない。


「よしっ! もう一回行くぞ!」


 俺の進路から皆が退いたのを確認し、再び腕を前に伸ばす。


「斜め上前方に向かって伸びる矢印……イメージ……イメージ」


 頭の中でシミュレーションを繰り返したのちに、俺はさっきと同じように深呼吸をした。


 そうして、右腕に力を込めると、さっきと同じように体が宙に引っ張り込まれる。


 先程と違うのは、前進するにつれて、高度が上がっていること。


 それはつまり、頭上に張り巡らされた枝葉に近づくことを意味している。


「ヤベッ!」


 咄嗟にこれ以上上昇するのを避けようとした俺は、ゆっくりと降下するような矢印のイメージを思い描いた。


 そのイメージに合わせるように、俺の身体はゆっくりと降下し始める。


「お!? これ、行けるんじゃないか!?」


 そう呟いた俺は、次の瞬間、目標の木と正面衝突していた。


 鼻に強烈な痛みを覚えながら、木に沿ってずるずると着地した俺。


 そんな俺に、近付いて来た皆が、いたたまれない物でも見たような口調で、声を掛けて来る。


「……ニッシュ、大丈夫?」


「兄ちゃん、痛そう……」


「しっ! こういう時は、そっとしておくのが良いんだぞ!」


 シエルや子供たちが口々に告げた後、ずっと堪えていたのだろう、ヴァンデンスが盛大に笑い声を上げた。


「ぶははははは! 大丈夫か、少年! まぁ、魔法を使い始めたばかりなら、そんなもんさ! 気に病むなよ!?」


 痛む顔面を左手で摩りながら、何とか立ち上がった俺は、笑い転げているヴァンデンスを見た。


「メチャクチャ笑うじゃん……まぁ、良いけど。それより、今のはもう少し練習すれば、何とかなりそうじゃなかった?」


「まぁ、移動自体は出来てたよね……」


 苦笑いするシエルの言葉を受け、俺も苦笑いを溢す。


「練習すれば、もっとうまく移動できるはずだ! そうだな、この魔法をジップラインって名付けよう!」


「ジップライン?」


 疑問符を浮かべる子供達に頷いて見せた俺は、なんとなく、頭上を見上げた。


 この森の中を自在に飛び回れるような、そんなイメージを思い浮かべて。


「名前を付けるのは良い事だな。イメージがより鮮明になる。少年、少しずつ魔法のことが分かって来たじゃないか。と、そろそろ時間だな。一旦洞穴に戻るぞ!」


 ようやく笑うのを止めたヴァンデンスは、感心したように頷きながら告げると、頭上から舞い降りてきたラックを見て、宣言した。


「え~、もう時間?」


「まだ特訓見てたかったなぁ」


 不満そうに愚痴をこぼす子供たちを、シエルが諭している。


「昨日、みんなで話し合って決めたでしょ? みんなで協力し合わないと、いけないんだって」


 そう、昨日山賊の襲撃を受けた俺達は、改めて皆で話し合ったのだ。


 今回は相手がただの山賊だったから、何とか助かっただけだと。


 これから襲い掛かってくるかもしれない相手は、あの程度じゃ済まない。


 退けるためには準備が必要なのだと。そのために、俺は特訓をしている。


 けど、俺の特訓だけじゃダメなんだ。


 防衛するための施設や武器などが必要になる。


「そうだぞ、皆で、色々と作って行かなくちゃいけないんだ。だから、手伝ってくれるよな」


「は~い」


 渋々と言った感じの返事をして歩き出した子供達。


 そんな彼らの後ろを、俺達も歩きだしたのだった。

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