第36話 試行錯誤
森の中を走っていた俺は、少し先の方で騒ぐ声を聞きつけ、足を止める。
「なんだ?」
何やら言い争っているその声に耳を澄ましてみるが、上手く聞き取れない。
なんとなく嫌な予感を覚えた俺は、物音を立てないように身を屈めると、声のする方へと前進した。
声に近づくにつれ、内容を聞き取ることが出来た俺は、身を隠したのが正しかったことに安堵しつつ、茂みの中から様子を伺う。
「その子を放しなさいよ! 卑怯者!」
「うるせぇ! それ以上俺に近づくんじゃねぇ! さもないと、このガキの首を掻っ捌くぞ!」
男の子を人質に取っている山賊と、シエルが言い争いをしている。
シエルの傍には、オロオロとした様子のザックも立っているが、矢傷を負っている彼に期待しない方が良いだろう。
そんな彼の背中には、猿のようなバディがへばりついている。
さきほど俺たちに山賊の襲撃を報せに来た時も、ああして背中にへばり付いていたのだろうか。
「近づくなぁ! 良いか! 一歩たりとも、こっちに来るなよ!」
山賊は手にしているナイフを男の子の首筋にあてがいながら、ゆっくりと後退を続けている。
「ヴァンデンスが追い払った山賊が一人、こっちに逃げて来てたって事か……どうすれば良い? 迂闊に近づくのは危ないよなぁ」
自分だけに聞こえる程度の声量で呟いた俺は、使える物は無いかと、周囲に視線を巡らせた。
「その子を開放すれば、あなたに危害は加えないわ! だから」
「そんな嘘を信じるわけねぇだろ! バカが!」
「本当です! ぼ、僕らは、あなたと戦いたいわけじゃないんです!」
なんとか説得を試みようとするシエルとザック。
しかし、山賊が聞く耳を持つ様子は無い。
石を投げて、山賊を気絶させることが出来れば、簡単だけど……。
「間違って男の子に当たったら、意味ないし……」
俺は足元に落ちている石ころを拾い上げながら、他に手立てがないか考える。
まず、俺自身が飛び出していくのは、一番の愚策だ。身を隠せているこの状況を、もっと有効活用する方法があるだろう。
山賊の背後にある茂みまで移動して、そこから奇襲を仕掛けるのはどうだ?
いや、音を立てないように移動していたら、時間が掛かりすぎる。
その間に、山賊に逃げられてしまったら意味がない。
「せめて、アイツの気を逸らすことが出来たら……」
と、呟きながら、俺は一つの案を思いついた。
とは言え、すぐに実行に移せるかは分からない。
「試してみるか?」
手にしている一つの小石を見つめた俺は、さっきの風魔法の事を思い出す。
バディと接触していない状態で、魔法を使うことが出来るのは、限られた人間だけ。
そんなことは重々承知しているし、俺がその限られた人間だとは到底思えない。
しかし、試すことも無く、無理だと諦めるのは早計じゃないだろうか。
「簡単に諦めるのは、嫌だからな」
俺は嘲笑しながら左手の甲に目を向けて、呟いた。
目に見える形で自分が諦めていることを示されるのは、たまに精神的に堪えるけど、悪い事ばかりじゃないらしい。
右手の掌に乗っている小石から、小さな矢印が出て行くようなイメージを思い浮かべ、精神を小石に集中させる。
と、ゆっくりではあるが、小石が俺の掌の上で動いたのを、俺の目は捉えた。
「よしっ! いけそうだな」
思ったように動いた小石を確認した俺は、そこらに転がっている小石を手当たり次第に拾い集めると、再び山賊の様子を伺う。
逃げ出そうとする山賊の進路を妨げるように、ゆっくりと移動を続けているシエルのお陰か、未だに状況は硬直しているようだ。
「くそっ! おい、お前! 邪魔なんだよ! どけっ!」
「嫌よ! 早くその子を開放しなさい!」
「ちょっと、シエルさん、あまり彼を挑発しない方が……」
「うるさいわね! そんなこと言って、こいつがあの子を連れて逃げちゃったら、それこそ助けられないでしょ!?」
そんな言葉を交わすシエル達を見た俺は、ゆっくりと山賊の近くに向かって進みながら、手にしていた小石に魔法をかけ始めた。
魔法によって俺の手元から離れた小石たちは、徐々にスピードを上げながら、茂みの中を飛び交ってゆく。
当然、枝葉に衝突を繰り返しながら移動してゆく小石達の動きは、瞬く間に、山賊の目と耳に捉えられる。
「誰だ!? 出て来い!」
がさがさと揺れ動く茂みに、ナイフを向けながら叫ぶ山賊。
しかし、山賊の呼び掛けに応える者など居るわけもなく、気が付けば、辺り一面の茂みが、ざわざわと蠢き始めた。
「な、何が!? くそっ! 囲まれたのか!? いつの間に!?」
動揺を隠せない様子の山賊の様子を見て取った俺は、茂みの中に潜伏したまま、声を張り上げる。
「おい! お前は今完全に包囲されている! 諦めて少年を開放しろ! いいか? こっちはいつでもお前の頭を撃ち抜くことが出来るんだぞ!? 証拠を見せて欲しいってんなら、すぐ脇にある木を見てろ」
言い終えた俺は、一つ手元に残していた小石を左の掌に載せると、右手の人差し指で弾く構えのまま、男の傍の木に狙いを定めた。
そして、間髪入れずに、小石を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた小石は、鋭い音を立てて木に直進すると、鈍い音と共に弾痕を生み出す。
その様子を見た山賊は、息を呑んだように黙り込むと、一度周囲の茂みを嘗め回すように見渡し、ゆっくりと男の子を開放した。
解放された男の子は、目元に涙を浮かべたままザックの元へ駆け出す。
その隙を逃さず、山賊は一目散に逃げだし始めた。
一瞬、追いかけようと思った俺だったが、地面に崩れ落ちているザックと男の子の姿を見て、思い直した。
屈めていた身体を起こし、茂みから這い出た俺は、呆けているシエル達に語り掛ける。
「皆、無事だったか?」
「ニッシュ……今のはアンタが一人でやったの? でも、どうやって?」
「ん? 魔法だよ。やっぱり、魔法って便利だよなぁ。それより、早く戻ろうぜ。皆待ってるし」
「ウィーニッシュさん。ありがとうございます」
シエルの眼差しにどこか気恥ずかしさを覚えた俺が、おどけてみせていると、座り込んだままのザックが仰々しく頭を下げだした。
「ちょっと、止めてくれよザック。別に、俺は大したことしてないって。ヴァンデンスなら、もっと簡単に解決してただろうし」
「いえ、間違いなくあなたはこの子の命を守ったんですよ」
ザックの腕の中で泣きじゃくっている少年は、少し落ち着いて来たのか、涙を浮かべたまま俺の顔を見あげてくる。
その姿に俺は、どうしても5歳の頃の自分の姿を重ねてしまう。
歳は幾つなのだろう。どうして奴隷になっていたのだろう。どれだけ怖い思いをしたのだろう。
色んな考えが頭を巡るが、取り敢えずはこの子を助けることが出来て良かったと、自分に言い聞かせた時。
男の子の着ているシャツの胸ポケットが、もぞもぞと動きを見せた。
「どうなった? ねぇ、もう助かったの?」
ポケットからひょっこりと顔を出したのは、うさ耳を持った手乗りサイズの女の子。
身体は白い体毛に覆われているようで、非常に触り心地が良さそうだ。
そうやって、俺が男の子のバディを観察していると、シエルがぼそりと告げたのだった。
「ニッシュ、なんか目つきがイヤらしいんだけど……」
「はぁ!? そんなことないだろ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます