第35話 山賊の襲撃

 洞穴の入口を守るように、元奴隷達がそこら辺に転がっていたであろう木の枝を手に、立ちふさがっている。


 対する襲撃者達は、鎧こそは着ていないものの、全員が何かしらの武器を手にしていた。


 錆びた手斧や小さなナイフ、手製の弓まである。


 頭数は圧倒的に不利だ。洞穴の入口で防衛を試みている8人の男達を20人の襲撃者が取り囲んでいる。


「山賊か?」


 ボソリと呟くヴァンデンスを一旦無視した俺は、小さく跳躍すると、手斧を振りかざしている山賊の背後を取り、振り上げられた男の腕を右手で掴んだ。


 今にも斧で攻撃を繰り出そうとした腕を止められて、動揺している山賊の男。


 そんな男の背中に左手を添えた俺は、掴んだ右腕を引っ張って、半ば強引に背負い投げる。


 グハッと言う声を上げて倒れ込む男を無視し、俺は、次の標的を探す。


「少年! ここはおじさんが片付ける! 皆の無事を確認して来てくれ!」


「でも! 20人いるんだぞ!? 一人で大丈夫なのか!?」


「ニッシュ! あそこ!」


 頭上を飛ぶシエルに促された俺は、倒れている男にナイフを突き立てようとしている髭面の山賊に、蹴りを打ち込んだ。


 右わき腹を蹴られて吹っ飛んだその山賊は、別の山賊に衝突すると、そのまま意識を失って倒れてしまう。


「くそっ! なんなんだ! こいつらはガハァ!?」


 俺の蹴りを見て動揺した山賊の一人が、逃げ出そうと踵を返したところで、ヴァンデンスの渾身の一撃を顔面に受け、その場に崩れ落ちた。


「良いから行け! おい、お前達! こんなところで死ぬんじゃないぞ!? まだ何も始まってないんだ! 良いな!」


 次から次へと襲い来る山賊達をいなしながら叫ぶヴァンデンス。


 その言葉は元奴隷たちに向けられているらしく、言葉を受けた奴隷たちが、一様に真剣な表情に変わってゆく。


 取り敢えず、この場はヴァンデンスに任せても良さそうだと感じた俺は、そのまま洞穴の中へと駆け込んだ。


 未だに照明の無い洞穴の中には、6人の女性と2人の子供が逃げ込んでいるらしく、一番奥に寄り集まっている。


「母さん! みんな無事か!?」


「ウィーニッシュ! 私たちは無事よ! マーニャちゃんも! でも……」


 言い淀む母さんの姿を見た後に、寄り集まっている子供たちの様子を見る。


 震える身体を寄せ合っている8人と、すぐわきに横たわっているマーニャ。見る限り怪我人は居ない。


「でも、どうしたの!? 母さん!」


「男の子が一人いないの!」


「ニッシュ! どうしよう!? 私、探しに行こうか!?」


 母さんの言葉を聞いたセレナは、すぐにでも探しに行きたいのか、俺の肩に手を添えて語り掛けて来る。


 けど、どこに探しに行けば良い? 


 山賊の襲撃を受けている状況で、子供を一人探しに行く余裕があるのか。


 まずは、迎撃を完了してから、探しに向かう方が賢明なのではないか。


 頭の中を巡る焦りに、俺が躊躇いを見せてしまったその時、ゾロゾロとした足音が、洞穴の中へと入って来た。


 すぐさま入口の方を振り返り、迎撃態勢を取った俺は、一拍置いて溜息を吐くと、安堵する。


「少年、こっちはもう終わったぞ? で、けが人はいないかい?」


「師匠……もう終わったのか? 流石に速すぎるんじゃ?」


「まぁ、おじさんに掛かれば、こんなもんよ」


「流石だな。それより、男の子が一人見当たらないんだけど、外で見なかった?」


「いや、見てないね……」


 少し考えたヴァンデンスは、ゆっくりと首を横に振りながら応えた。


 その他の男たちも、男の子の行方を知らないらしく、誰も口を開かない。


 と、沈黙が広がり始めた時、母さんの元で身を縮めていた女の子が、口を開く。


「……私、知ってる。今日の朝、ウィーニッシュさん達の練習を見に行くって、言ってた」


 ショートカットの黒髪に、少し薄い顔をした少女は、どこか言いにくそうに告げる。


 そんな彼女の頭の上には、バディなのだろう、スズメのような生き物がちょこんと乗っている。


「えっと、レネちゃん、だったっけ? それは本当なの?」


 少女に尋ねる母さんに向けて、頷いて見せたレネは、やはり申し訳なさそうな表情のまま、俺を凝視してくる。


 なぜ、申し訳なさそうにしているのか。


 詳しくは分からないが、止めれなかったなど、彼女なりに責任を感じているのかもしれない。


「シエル、探しに行ってもらって良いか? 俺もすぐに追いかけるから。それと、ザックにも戻って来るように伝えてくれ!」


「おっけ~! じゃあ、行ってくるね!」


 飛び去ってゆくシエルを見送った俺は、ヴァンデンスと視線を交わすと、そのまま洞穴の外に向かって歩いた。


 洞穴の外は、既に乱闘騒ぎは収まっているものの、なんとなく騒がしさを覚えてしまう。


 と、周囲を見渡した俺は、3人の山賊が横たわっていることに気が付いた。


 気絶しているその3人を見張るように、手斧やナイフを手にした元奴隷たちが、様子を見張っている。


「何か縛るものが必要だな」


 見張りの男たちに語りかけてみる俺だったが、元奴隷たちは委縮しているのか、何も発言しない。


 そんな様子に俺は溜息を漏らす。


 この一週間、元奴隷の大人たちは、俺が何か話しかけても、ろくに返事をしないのだ。


 唯一子供たちは、挨拶くらいは返してくれるが、長々と話そうものなら、気まずさを態度に現し始める。


 俺、何かしたっけ?


 色々と原因を探ってみたいのだが、なにせ会って一週間程度なわけで、逆に、なれなれしい関係の方が変なのかもしれない。


「よく考えたら、会ったその日に師弟関係になるって、おかしいよな」


 俺の呟きを聞いた見張りの男たちは、互いに顔を見合わせるものの、やはり何も言わない。


 やりづらいなぁ……。


 そんな心の声を紛らわすために、シエルの飛んで行った方へと目を向けた俺は、洞穴から出てきたヴァンデンスに向けて言う。


「俺も探しに行ってくる! 見つけたらすぐに戻るから!」


「なるべく早く戻って来いよ~! さっきの山賊が、まだ近くにいる可能性があるからな~」


 のんびりと言ったヴァンデンスは、手にしたロープのような物で、気絶している山賊達の拘束を始めたのだった。

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