第27話 呪いの発現

「ニッシュ! しっかり!」


 唐突に背中から掛けられた言葉で、俺は我に返った。


 広場を囲んでいる小さな塀に衝突してしまったのか、周囲には崩れた瓦礫が幾つか転がっている。


 それらの瓦礫を押し退けながら、俺はその場に立ち上がり、背中に居る筈のシエルに声を掛ける。


「シエル、大丈夫か!?」


「なんとかね、アンタのせいで潰されそうになったけど、一応大丈夫よ」


「よそ見してる場合かよ!?」


 立ち上がった俺の様子に憤りを感じたのだろう、スキンヘッドの男が先程と同じように突進を仕掛けてくる。


 その様子を視界の端で捉えた俺は、右手の方へと大きく転がりながら、男の突進をギリギリで躱す。


 凄まじい勢いで空ぶることになったスキンヘッドは、そのまま壁へと突っ込み、猛烈な砂埃を巻き上げた。


「ちょっと! 私が背中にいる事忘れてるんじゃないでしょうね!」


「仕方ないだろ!? くそっ、そんなのありかよ……」


 思い切り頭から壁に激突したにもかかわらず、ピンピンとした様子のスキンヘッドが、ゆらりと砂ぼこりを揺らしながら姿を現す。


 男のことは良く知らないが、圧倒的なフィジカルの持ち主だと言うことは間違いないだろう。


「良く避けたな、小僧」


「そりゃあれだ、アンタの頭は明るくて見えやすいから」


「ぬわんだとぉ!?」


 思わずポロリと溢してしまった俺は、目に見えて憤慨するスキンヘッドの男の足元に視線を落とした。


 子供の俺なら、男の股の下を十分に通り抜けることが出来るだろう。それなら話は簡単だ。


 再び突進を仕掛けてきた男に対し、身を屈めて構えた俺は、男の目を睨みつけながら、タイミングを計った。


「死ねぃ!」


 あと一歩で俺と男が衝突する距離まで近づいた時、スキンヘッドの男は大声で叫び、俺は全力で一歩を踏み出した。


 握り込まれた男の両拳が、俺の足先を掠め、地面にめり込んでゆく。


 背中のシエルが短く悲鳴を上げたのを耳にした俺は、男の股下をくぐり抜けた所ですかさず踵を返した。


 そして、踵を返す回転を右足に乗せ、男の膝裏に打ち付ける。


「だぁ!?」


 スキンヘッドの男でも、この強烈な膝カックンには対抗手段を持ち合わせていなかったらしい。


 両ひざから盛大に崩れ落ちてしまった男が立ち上がってしまう前に、俺は今一度地面を蹴ると、男の頭上まで飛び上がった。


 そして、落下の勢いに任せて、踵落としを打ち付ける。


「お返しだぁ!」


 ズドンッという鈍い音とともに、俺の踵が男の後頭部に直撃する。


 その衝撃を物語るように、俺達の周囲を衝撃波が駆け巡って行った。


 魔物狩りをする中で会得したこの技を喰らって、無事な人間はそうそういないだろう。


 何しろ、トロールですら一撃で仕留めてしまうほどの技なのだ。


 踵落としの反動を上手く利用して、空中でバック転した俺は、静かに着地を決める。


 眼前で動きを止めたスキンヘッドの男を一瞥した後、俺は傍観していた他の5人へと目を向けた。


「できればもう戦いたくないんだけど、まだやる?」


 俺の問いかけに沈黙を守る5人。


 取り敢えず、戦う意思は無いようだと判断した俺が、奴隷たちの寄り集まっている木の方へと目を向けた時、盛大な笑い声が鳴り響いた。


「だーっはっはっはっは!」


 項垂れたまま動きを止めていた筈のスキンヘッドの男が、何かのスイッチでも入ったかのように、天を仰ぎながら笑い始めている。


「なっ!?」


「小僧! おめぇ、なかなか面白いじゃねぇか! 気に入った! おめぇは絶対に連れて帰るぜ!」


 首をゴキゴキと左右に振りながら立ち上がった男は、満面の笑みを浮かべたまま俺を見下ろしてくる。


「さっきの技、少しは効いたぜぇ? おかげで頭が冴え渡ってやがる」


「どうなってんだよ……」


 後頭部にあの踵落としを受けた人間が、何不自由なく立ち上がることなど、不可能なはずだ。


 考えられる術があるとすれば、魔法だろうか……けど、どうやって。


「考え込んでる暇あるのか?」


 一瞬、視線を落として考え込んでしまった隙に、スキンヘッドの男が俺の眼前まで詰めて来ていた。


「やばっ!?」


 咄嗟に後ろに飛んで逃げようとした俺は、目の前に突き出される男の拳を目にし、思わず目を閉じてしまう。


 途端、何かが俺の額をはじき、まるで強風に弾かれるように俺の身体は後ろへと吹き飛ばさた。


「ふぎゅ!?」


 背中からシエルの声が聞こえたのと同時に、広場の壁に衝突した俺は、そのまま磔にされたかのように、身動きを取れなくなってしまう。


 腕も脚も胴も、壁にひび割れを作りながらめり込んでゆく。


「くそっ! どうなってんだ!?」


「観念するんだな、このまま俺たちに連れていかれた方が、楽だぜ?」


 身動き取れない俺の元へと歩いて来るスキンヘッドの男。


 そんな男を睨みつけようとした俺は、男の背後で繰り広げられている光景に気が付き、目を見開いた。


「ニッシュ! 逃げて!」


 ボロボロと涙を溢しながら駆け出したマーニャが、転がっている瓦礫を拾い上げて、スキンヘッドの男に投げつけたのだ。


 しかし、スキンヘッドの男は投げつけられた瓦礫を軽々と弾き飛ばしてしまう。


 ……問題はそこではない。


 精一杯の抵抗がいとも簡単に防がれ、絶望しているマーニャの背後に、仮面の女が一人立ち尽くしているのだ。


「貴女がマーニャですね?」


 確認するように呟いた女は、間髪入れずにマーニャの両肩に手を乗せる。


 その瞬間、走っていた筈のマーニャの身体が、ゆっくりと動きを止め、仕舞いには完全に動かなくなってしまったのだ。


 まるで、石化したかのように。


「マーニャ!」


 呆気なく動かなくなってしまったマーニャの姿を見た瞬間、俺は喉が張り裂けてしまうほど絶叫した。


 目の前にいるスキンヘッドの男と、仮面の女が何かを話しているようだったが、全く聞き取ることが出来ない。


 視界の半分が徐々に赤く染まってゆき、頭に激痛を覚えた俺は、壁にめり込んだまま項垂れる。


 歯を喰いしばりすぎたのだろうか、気が付けば、俺の足元は真っ赤な血だまりに覆われつつあった。


 そんな血だまりをぼんやりと眺めて居た俺は、頭の激痛が薄れていったのを感じ、ゆっくりと面を上げる。


 初めに目にしたのは、驚愕を顕わにしたスキンヘッドの男。


 そして、男の周囲に集まった5人の敵達。


 彼らは一様に、俺を睨みつけながら、各々の武器を構えている。


 何が起きたのか、理解が出来なかった俺は、頭の左側が妙に痛むことに気づき、に左手を額にやった。


 異質で硬い何かが、俺の額に付いている。


「なんだ? これ?」


 そう呟いた俺は、いつの間にか四肢の自由が戻っていることに気が付くと同時に、自分の足元に視線を落とした。


 血だまりの中に映っている自分の姿を見て、驚愕する。


 そこに映っていたのは、顔面の左半分だけが鬼と化したような、化け物の姿だったのだ。

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