第26話 目覚めの一撃
「こっちで合ってる?」
「う~ん……多分! 大丈夫だと思う!」
広場から西に伸びていた道を、がむしゃらに走りながら、俺はシエルに問いかけた。
帰って来た返事があまりにも心許ないので、少し不安を抱きながらも、俺は道の両脇の建物を見あげる。
どの家も人気が無く、住人は全て逃げ出した後のようだ。
とは言え、道に人がいない訳では無い。
未だに燃えている家を氷魔法で消火している男達や、怪我人を開放している人々が、大勢いる。
まるで戦場みたいだなと思いつつ駆け抜けた俺は、少し先の方の道が瓦礫で阻まれてしまっていることに気が付いた。
「通れないことも無いけど……」
崩れている瓦礫の周りで何やら作業をしている人々を目にした俺は、すぐに視線を建物の屋根へと向ける。
どうせ飛び越えるなら、家そのものを飛び越えていった方が速いに決まっているだろう。
「シエル、ちゃんと掴まってろよ……ってか、このままじゃ戦いにくいな」
シエルに注意を促すために彼女を見下ろした俺は、ふと思い至ると、足を止めた。
マーニャ達を集めて連れ去ろうとしている奴らがいるということは、間違いなく、俺と敵対するはずだ。
そして、そいつらがこれだけの騒動を引き起こしたのなら、それなりの対策は必要だろう。
とは言え、大した対策はとれないのが現状だが。
「お、あれが良い」
辺りを見渡した俺は、道端に落ちていた一枚の布を拾うと、シエルに向かって笑いかけた。
「ちょっと、そのボロ布で何するつもり!?」
「大丈夫だって、痛くはしないから」
「やだ! ばっちぃじゃん!」
逃げ出そうとするシエルを捕まえた俺は、有無を言わさずに彼女を自分の背中に括りつけた。
背中と言っても腰の辺りなので、見ようによっては、シエルの尻尾が俺の尻尾のように見えるかもしれない。
「敵が後ろから襲ってきたら、すぐに教えてくれよ?」
「……こんな扱いを受けるなんて」
「良いだろ? 俺とお前はバディなんだから、互いの背中を任せて戦えたら、カッコいいじゃん!」
「ニッシュって本当に10歳なの? 5年前と何にも変わらない気がするわ」
「うっさいな!」
ため息と共に観念した様子のシエルが、皮肉を投げ掛けてくる。
そんな彼女の皮肉に文句を言った俺は、気を取り直して、大きく跳躍した。
燃えていない家の屋根に目掛けて跳んだ俺は、目測通りの場所に着地を決めると、南西の方へとお尻を向ける。
「どうだ? こっちの方角で合ってるか?」
「うん! こっちで合ってるよ! あの、一本だけ木が生えてる広場に、奴隷が沢山集められてたの!」
「木が生えてるねぇ……」
シエルの言葉を聞いた俺は、南西の方を振り返り、目を細めた。
確かに、彼女の言う通りの広場が一つ、確認できる。
「意外と近いな……シエル、ちょっと衝撃凄いかもだけど、我慢してくれ!」
「え? もしかして跳ぶきじゃぁぁぁぁ~」
シエルの言葉を待つことなく、俺は力一杯踏み込むと、思い切り跳躍する。
高度が上がるにつれて徐々に視界が開けて行く。最終的に、俺はゼネヒットの全貌を見渡せるほどの高さまで到達した。
街のあらゆる場所で発生していた火事は、既に鎮火しつつあるようで、夜空を照らしていた灯りも弱まっているようだ。
一瞬、そのきれいな光景に心を奪われそうになった俺だったが、唐突に襲い掛かって来た浮遊感に邪魔される。
まるで、胃を持ち上げられるような気色の悪い感覚の中で、俺は奴隷たちの姿を確認した。
そんな奴隷たちのうちの一人なのだろうか、フラフラと立っていた男がガタイの良い男によって建物の壁に吹き飛ばされてしまう。
「なっ!? あいつら、奴隷を集めてたんじゃないのか!?」
まだ高度があるため、詳細は確認できないが、状況的に、奴隷をいたぶって遊んでいるようにも見える。
そのような光景を見せられても全く動きを見せない奴隷たちは、やはり何も抵抗できないのだろう。
きっと、俺のように事情があるのか、もしくは、完全に諦めきっているのか。
マーニャもその中に含まれているのだと思い至った瞬間。俺はここに来て右手の紋章が光り始めたことに気づく。
完全に運に見放されたわけでは無いらしい。
思わず零れる笑みを抑えることなく歯を喰いしばった俺は、そのまま、ものすごい衝撃音を立てながら、広場へと着地した。
俺の周辺に小さなくぼみが生まれ、巻き上げられた砂ぼこりが周囲に漂う。
ジンジンと全身に響いていた痛みがゆっくりと薄れて行くのを待った俺は、シエルも無事だと言う事を確かめると、勢いよく一歩を踏み出した。
脚も腰も、腕も肩も。
どこもかしこも痛い筈なのに、不思議と体が軽く感じる。
それは紋章による身体強化だけが原因なのだろうか。それとも、他にも要因があるのだろうか。
この状況でどうでも良い事を考えてしまった俺は、意識を集中するために息を吸うと、強く吐き出しながら叫ぶ。
「マーニャ! 無事か!?」
俺の動きに合わせて揺れる砂ぼこりが、ゆっくりと視界から薄れて行く。
鮮明になった視界を忙しなく動かした俺は、敵と思われる人間達を即座に認識する。
4人の男と2人の女が、駆け出している俺の方へと目を向けている。
スキンヘッドで強面の男が、先ほど一人の人間を吹き飛ばした男のようだ。
スキンヘッドの装着しているガントレットで殴られると、無事では済まなさそうだ。
長い黒髪を背中で一つに結った女は、その見た目に反してかなり鍛え上げているらしい。
腰に携えている二本の短刀が獲物なのだろう。近づく際には気を付ける必要がありそうだ。
そんな女の隣に立っているのは、不思議な仮面をした女だった。
細身のドレスを着ている仮面の女は、仮面以外は普通に見える。とはいえ、この集団に属しているのであれば、一癖も二癖もあるのだろう。
そんな三人の奥には更に三人の男達がいる。
走りながらその三人についても観察しようとした俺だったが、スキンヘッドの男の雄叫びで、それどころではなくなってしまった。
「そこのガキ! 止まりやがれ!」
図体の割に俊敏な動きで駆け出した男を避けようと、左に大きく飛び退いた俺は、気が付けば、顔面にガントレットの強烈な一撃を受けていた。
先程感じた浮遊感とは別の、強烈な眩暈と痛みが、全身を駆け巡る。
ぼんやりと薄れつつある視界の中で、俺はゆっくりと歩み寄って来るスキンヘッドの男を目にしたのだった。
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