第25話 巻き添え

「お前の提案に乗るワケが無いだろ!?」


 反射的にそう叫んだ俺は、その言葉が虚勢であることを、身に染みて感じていた。


 渾身の力を込めても体を動かせず、地面に組み伏せられている状況。


 この状況が普通では無いことを、俺自身が一番よく知っている。


『これは、魔法か?』


 俺を組み伏せている5人の男達は、純粋な腕力だけを使っている訳ではないだろう。


 そうでなければ、紋章の力で強化された俺の力を凌駕出来るわけがない。


 そして、こんな男たちを準備していたバーバリウスが、俺に拒否権を与えるワケがないのだ。


「提案? そんなもんだと思ってんのか? ウィーニッシュ。お前は俺のことを良く知っているはずだ。だったら黙って言う事を聞け。それとも、森の中で震えているお前の母さんが、心配じゃないのか?」


「なっ!?」


「なんでアンタがそれを知ってるのよっ!?」


 バーバリウスの言葉に狼狽えたのは俺だけでは無かったらしい。


 分かりやすく動揺した様子のシエルが、俺の頭上、人の手が届かない高さで浮かびながら叫んだ。


 咄嗟にシエルを咎めようとした俺は、バーバリウスの姿を見て、すぐに言葉を飲み込む。


 揺るぎない自信に満ち溢れているその表情から察するに、何らかの方法で母さんの居場所を知る術を持ち合わせているのだろう。


 その術について俺は一つの仮説を持っていた。


「……バディか」


「ほう……」


 バーバリウスのバディ。


 俺はその姿を今までに一度たりとも目にしたことがない。


 それはあまりにもおかしな話では無いだろうか。


 それほど頻繁に接触していたわけでは無いが、5年という歳月を考えると、偶然とは考えにくい。


 かつ、先ほどのバーバリウスと傷の男の戦闘において、やはり、バーバリウスのバディは姿を見せなかった。


 バディが傍にいない事が、母さんの居場所を知っている理由になるのは、思考の飛躍が過ぎるかとも思っていたが、あながち間違いでも無いらしい。


 と言うのも、当のバーバリウス本人が興味深そうな表情で、こう告げたのだ。


「存外、頭のキレる奴だ。キレすぎると言っても良い……ガキにしてはな。まぁ、それは喜ばしい事だ。商品価値が上がる分には、俺は文句を言わんぞ? で、頭のキレるお前なら、もう分かっているであろう? そして、知っているはずだ」


 そこで一度言葉を区切ったバーバリウスは、ゆっくりと俺の眼前に歩み寄ると、その場でしゃがみ込んで、言葉を続ける。


「俺がどういう男なのかを」


 短く冷淡に告げたバーバリウスは、眉をピクリと動かして、俺の反応を待つ。


 歯を喰いしばりすぎて顎に痛みを感じ始めて居た俺は、一度目を閉じると、観念の溜め息を吐いた。


 左手の紋章が先程よりも激しく光り始める。


 それに気分を良くしたのか、バーバリウスは立ち上がりながら気色の悪い笑みを浮かべると、俺を押さえつけている男たちに合図を送る。


 すぐさま体の自由を取り戻した俺は、もう一度大きなため息を吐くと、ゆっくりとその場に立ち上がった。


「ニッシュ、大丈夫!?」


「なんとか。……で? 俺に何をさせるつもりだ?」


 シエルに返事をした後、俺はバーバリウスの背中を睨みつけながら言う。


「まぁ、そう構えるな。この話に関しては、俺とお前は仲間だ。なにしろ、お前が助け出したいと願っている者のありかを、俺は知っているのだからな」


「何を言って……!?」


 バーバリウスの言葉に驚きながら、俺はマーニャのことを思い出していた。


 助け出そうにも、すでに助けることが出来ない存在。


 余りにもむごすぎる最期を迎えてしまった少女の姿が、脳裏に過る。


「マーニャとか言ったか? お前に当てがった小娘だ。知っているだろう? 喜ぶがいい。わざわざお前が動くための理由を、俺が用意してやったんだからな」


「ちょっと待て、マーニャは屋敷の前で……」


 それ以上先の言葉を、俺は紡ぐことが出来なかった。


 紡いでしまえば、もう取り返しがつかないことになる気がして。


 しかし、俺のそんな杞憂は、バーバリウスの言葉で打ち消さる。


「あの小娘は生きている。ここから南西の広場で、奴らに捕まっているだけだ。信じられないのならば、お前のバディに命令して、確認すれば良い」


「……シエル」


「分かった! ちょっと見て来る!」


 俺の目配せにいち早く反応したシエルは、南西の方角へと飛び去ってゆく。


 そんな彼女を見送った俺は、再び噴水の縁に腰かけたバーバリウスに向けて、問いかける。


「……なぜ、マーニャが捕まってるんだ?」


「調子に乗った馬鹿どもが、俺の商品を横取りしようとしてるだけだ。お前も会っただろう? 私の屋敷で」


 その言葉を聞き、俺はこの短時間で起きた様々な異常事態を、大まかに理解することが出来た。


 つまり、バーバリウスを襲撃した傷の男は、仲間を引き連れており、奴隷を搔っ攫おうとしている。


 理由や経緯といったものは良く分からないが、ゼネヒットの様子から考えると、かなり用意周到なようだ。


「つまり、俺達は巻き添え喰らってんのかよ……」


 燃える建物のせいで、ぼんやりと赤に染まっている夜空を見上げながら、俺は呟く。


 直後、飛び去っていたシエルがものすごい勢いで戻って来たかと思うと、目を輝かせながら報告してくる。


「いたよ、ニッシュ! 奴隷が沢山集められてた! ちょっと怖い人達がいて、近寄れなかったから、マーニャって娘がいるかは分かんないけど」


「ありがとう、シエル。……で、その奴隷たちを、助けに行けば良いんだな?」


「何を言っている? 助けに行くのではない。取り返しに行くのだ。それと、邪魔者は全て殺せ。良いな」


「っ……」


 バーバリウスの訂正を受け、俺は思わず言い返そうとしたが、全力で言葉を飲み込む。


 今は言い争いをしている場合ではない。


 返事をすることなく踵を返した俺は、シエルを抱きかかえると、間髪入れずに一歩を踏み出したのだった。

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