第14話 大切な時間

 初めての任務を終えた俺は、トルテの指示の下、動かなくなったトロールから素材を剥ぎ取り、帰路についていた。


 ゴブリンやトロールの残骸が詰め込まれた袋からは、鼻を突くような異臭が漂っている。


「こんなの、何に使うんだよ……」


 一人、荷物を抱えている俺の愚痴を、拾い上げる者は居ない。


 相変わらず先頭を歩きながらも、大穴の螺旋通路を登る俺は、ふと、隣を歩く少女に目を向ける。


 トロールを倒した後から、妙に距離が近くなったと思うのは、勘違いだろうか。


「なぁ」


「は、はひ!?」


「そんなに驚くことないだろ? となり歩いてるんだし、声量に気を付ければ、トルテにもバレないって」


「え、えっと、はい」


 見るからに動揺して見せる少女の様子は、やはり来る時と違う。


 とは言え、会話ができる相手が見つかったのは、俺にとって好都合だった。


 ずっと黙りっぱなしっていうのも、窮屈するしな。


「俺はウィーニッシュ。ニッシュって呼んでくれ。できれば、名前を知りたいんだけど……」


「あ……わ、私は、マーニャ……っていいます」


「マーニャか。よろしくな。ところで聞きたいんだけどさ、ここって何なの? 何で、こんな大穴が開いてるんだ? 洞窟の中に森があったり、明らかに変な場所だし」


 質問を聞いたマーニャは、俺の視線に釣られるように、右手に広がる大穴の底へ目を移すと、口を噤む。


 かと思うと、何かを言いかけながら、背後に視線を泳がせた。


「そんなに気になるか?」


 背後を歩いているトルテ達の様子が気になるらしい。


「えっと、あまり喋ってると、怒られるかもしれないから……」


「ふーん……」


 肩に背負った大きな袋越しにトルテへと目を向けた俺は、バッチリ目が合ったことを確認する。


「多分だけど、怒られるならもう既に怒られてるぞ」


 告げながら、俺は一つ確信を抱いていた。


 さっきのはテストだ。


 トルテにとって、いや、正確にはあのバーバリウスとかいう巨漢にとって、俺がどれほどの価値を持っているのか、見出すための。


 そして俺は、俺自身にも説明できないほどの結果を収めたに違いない。


 それを指し示すかのように、今の俺は、このパンパンに膨れ上がった大きな袋に、左程の重さを感じないのだ。


 とても、5歳の子供の力とは思えない。有体に言えば、身体能力が強化されているのだろう。


 その要因として思いつくのは、一つしかない。


 トロールと対峙した時、俺の両手が光り輝いていたのだ。


 左手に関しては、心当たりがある。俺が諦めを抱いてしまった時に、輝きを放つ紋章。


 それでは、右手は何なのだろうか。


 分かることと言えば、右手の甲にも左手のそれと似た紋章が現れたということ。


 この紋章が俺の身体能力を向上させていると考えるのは、早計だろうか。


 少なくとも、俺に利用価値があると考える限り、バーバリウスやトルテが、直接手を出してくることは無いと考えたい。


 かといって、全く危険が無い訳ではない。


 特に、俺と近しい人間は、大きな危険に晒されることになるだろう。


『つまり、あまり仲良くなりすぎるのは、得策じゃないってことだよな』


 隣を歩くマーニャに視線を移した俺は、彼女のつぶらな瞳に見つめ返され、思わず顔を背けてしまった。


「ウィーニッシュさん? あの……どうかしました?」


「いや、なんでもない。で、ここって何なんだ?」


「ここは、ダンジョンって呼ばれてるみたいです。私も詳しくは知らないんですけど、昔からある大穴みたいで。ダンジョンは、不思議な力に満ちてるから、洞窟の中に森や魔物が発生するんだって、教えて貰ったことがあります」


「へー、その教えてくれた人に聞けば、詳しく分かりそうだな。その人、今どこに居るか知ってる?」


「……死にました」


「へ?」


 ダンジョンに魔物、そして不思議な力とやらに、少し好奇心をくすぐられた俺は、軽いノリで尋ねた後に後悔する。


 俺の口から漏れ出た言葉は、さぞ間抜けに聞こえただろう。


 そんな俺から目を背けるように、マーニャは俯きながらボソボソと告げた。


「半年前に、今日と同じように魔物狩りに出て、ゴブリンに嬲り殺されました……」


「それは……すまない」


「いえ、ウィーニッシュさんは悪くないです」


 それっきり黙り込んでしまうマーニャの気を紛らわそうと、俺は話題を探すが、結局何も話すことができなかった。


 そのまま、来た道を引き返した俺達は、トルテの案内でとある建物に連れていかれた。


 豪奢な建物の隣に並ぶ、酷く粗末な風貌の小屋。


 幾つも並んでいるそれらの小屋には、どうやら奴隷たちが詰め込まれているようだった。


 開きっぱなしの扉から、床に直接寝転がっている人間の姿を見て取れる。


「お前らはここだ。今日はしっかりと休んでおけ」


 トルテに促され、言われるがままに小屋の中へと足を踏み入れるマーニャ。


 運んでいた袋を、受け取りに来た別の奴隷に渡した俺は、黙ったまま小屋の扉をくぐる。


 案の定、清潔とは言えない小屋の中には、マーニャのほかに4人の奴隷が横たわっていた。


 慣れた様子で同じように横になろうとするマーニャの隣に向かった俺は、落ち着きない気持ちを抑えつつ、横になる。


「マーニャ……」


「なんですか?」


「えっと、もう寝るのか?」


「早く寝ておかないと、明日体がもたないので」


 ひそひそと尋ねた俺の問いかけに、マーニャもひそひそと返事を返してくる。


 そんな些細な会話を交わした俺は、ふと、背中の箱に居るであろうシエルのことを思い出した。


 同時に、母さんやテツのことも思い出す。


 途端、猛烈な寂しさが襲い掛かってくる。


 凄まじい変化に揉まれていたせいだからだろうか、こうして体を休ませていると、隠れていたものが込み上げてくるらしい。


「……マーニャ」


「なんですか? 早く休まないと……」


「俺のことは、ニッシュって呼んでくれ……」


「何を……?」


 マーニャに背を向け、身体を縮めて寝ていた俺の頭を、誰かが優しく撫でてくる。


 俺は、その手の持ち主に顔を見られないように、両腕で頭を覆うことしか出来ないのだった。


 頼ってはいけない。


 そんなことは分かっているのだが、一人でやって行けるだけの自信が、俺には無かった。


 だからこそ、こうして頭を預けることが出来るこの瞬間が、俺にとって大切な時間だったことは、言うまでも無いだろう。

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