第13話 ここだけの秘密
私は、マーニャという少女は、最近痛感していることがあった。
この世界で、とりわけゼネヒットで生きていくのは、酷く苦しく、怖いものだと言う事。
1年前に、両親に捨てられる形でこの街に来た私は、有無を言わさず奴隷として生きることを強いられた。
そこに選択権は無く、意志を持つことも許されていない。
「12になるまで魔物狩りの囮として使う。その後、もし女としての価値があれば、それなりの場所に売るだけさ」
ゼネヒットに送還される荷車の中で私が聞いたのは、見え透いた自分の未来だった。
それからというもの、私は命の危機に怯える日々を送ることになる。
初めて魔物狩りに駆り出された時、ゴブリンに連れ去られそうになる私を見て、男たちは笑った。
まるで、遊戯でも楽しんでいるかのように、私を抱えているゴブリンの頭を矢で射るのだ。
木に縛り付けられて、レッドボアと呼ばれる猪型魔物を生け捕る落とし穴の囮にされたこともある。
正直、今の今まで生きているのは、不思議でしかない。
それでも私は、この不思議を奇跡だとは思えなかった。
ただ、死の瞬間が遠のいただけ。
こんな日々が続く中で、いつまでも生きながらえることなど、出来るわけが無いのだ。
だから私は、5体のゴブリンに囲まれた時、ついに来たんだと思った。
これでようやく、楽になれるのかと。
きっと、ゴブリンに嬲り殺されるのは痛いだろうけど、いつまでも続くことは無いだろう。
ダンジョンの中の小さな森の中、座り込んだまま迫りくるゴブリンを確認した私は、おもむろに天井を見あげた。
ゴツゴツとした岩肌の天井には、所々に柔らかな光を発する石が埋まっている。
私は魔鉱石と呼ばれるその石の温かい光が好きだ。
見ていると、どこか落ち着きを取り戻せるような気がするからだ。
「……このまま、光を見ながら死ぬのも悪くないよね」
誰に言うでもなく、小さく呟いた私は、視界の端で振り上げられるゴブリン達の手を目にした。
さっきの少年も、他の奴隷たちも、私を助けることは無い。
皆、自分の命が大切なのだ。
これで終わる。
と思った私は、背後から近づいて来る叫び声と足音を耳にし、思わず振り返った。
右手を煌々と輝かせた少年が、ゴブリン達を牽制するように私の傍に駆けて来ている。
終わらない。
また、いつものように、引き伸ばされてしまった。
直感的にそう感じた私は、ふと、光り輝いている少年の右手を観察し、疑問を抱く。
なぜ、魔法を使えているのだろう。
一部の優秀な人間以外は、バディと接触していない限り魔法を使用することは出来ない。
だからこそ、私たち奴隷は、背中の箱でバディを拘束されているのだ。
少年も例に漏れることなく、背中に箱を背負っている。
もしかしたら、少年は優秀な人間で、バディと接触していなくても魔法を使えるのだろうか。
そんな私の推測は、少年の反応に否定されてしまう。
「なっ!?」
自身の右手を見て、驚きを隠せていない。
そのことに気づいた瞬間から、私の心の片隅で、小さな光が渦巻き始めた。
そんなことを考えているうちに、状況が一気に進んでいく。
少年の挑発に乗ったゴブリン達が、再び襲撃を仕掛けて来ようとした瞬間、トルテが動いたのだ。
彼の扱う魔法が3体のゴブリンを地に縫い付け、残りの二体を体格の良いゴストーが剣で仕留めていった。
恐らく、トルテが持っていた剣をゴストーに貸し与えたのだろう。
それだけ、ゴストーがトルテに信頼されている証拠と言える。
何とかこの場が治まった。
その事にホッとした私は、ゴブリンの死体を漁っている他の奴隷たちに目を向ける。
耳や牙、目玉など、魔物の身体は立派な素材なのだ。
「私も手伝わなくちゃ……」
働かない奴隷が、どのように扱われるのか、私は自分の身をもって知っている。
だからこそ、その場から立ち上がってすぐにでも素材集めを手伝いに向かおうと、地面に手を付いた時……。
妙な地響きを掌で感じた。
とてつもない嫌な予感が全身を駆け巡り、その予感に引っ張られるように、自然と視線が森の奥へと向けられる。
そして、木々をかき分けるようにして現れたトロールと、目が合ってしまった。
隠れるにしては、既に遅すぎる。
かといって、逃げ出すことが出来るだろうか……。
胸の中に広がってゆく不安で、身体が硬直してしまいそうになった時、私の手を少年が引っ張り上げた。
あまりに突然の事で、声も出せずに着いて行くしかなかった私は、駆けながら、不気味にニヤケているトルテを目にする。
その笑顔は、私が良く見知ったものだった。
人を使って遊ぶことしか考えていない男。
それがトルテと言う男なのだ。
きっと、このまま逃げおおせることは出来ないだろう。
そんな私の予想が的中したように、背後から強い衝撃音が響き渡ってくる。
振り返る少年の視線を追うように、私はトルテの方に目を向けた。
魔法を使える彼にとっては、トロールを転倒させることなど、造作も無い事だろう。
それを、私は知っている。
しかし、どうやら少年は知らなかったようだ。
「なにが……!?」
呆然とする少年に対し、トルテはゆっくりと手招きをして見せた。
いや、恐らく、その手招きの対象には、私も含まれているに違いない。
やはり、逃げることは出来ない。
正確には、逃がしてもらえない。
案の定、魔法で無理矢理私たちを引っ張ったトルテは、相も変わらず無茶な要望を突き出してきた。
「おい、クソガキ、お前、このトロールを一人でしとめてみろ」
魔法の存在に動揺している少年が、トルテの言葉に翻弄される。
いつもの通りだ。
こうやって、私たちのような人間を、この男は弄び、見世物にしようとする。
転倒しているトロールの眼前まで運ばれた私は、先ほどと同じように、座り込む。
よくよく考えれば、先ほど覚悟した死の瞬間が、ついに訪れただけなのだ。
想像していたよりも早かったが、いつか来ることは分かっていたのだ。
怖くなどない。
筈なのだが、私は、あふれ出て来る涙を抑えきれず、俯く。
何故だろう。
「おい! 大丈夫か!? 早く立ち上がって、逃げるぞ!」
涙と共に溢れた疑問の答えを、私は自分の左肩に見つける。
正確には、少年の右手だ。
先程、心の片隅に現れた小さな光の渦が、気が付いた時には、大きな奔流となって、私を内側から揺さぶっているのだ。
もしかしたら、助かるかもしれない。
そんな、淡くて薄っぺらい希望。
「おい! もういい加減にしてくれ! 早く逃げないと、二人とも……」
身体を揺さぶられながら少年の声を聞いていた私は、彼の言葉にいら立ちを覚えた。
私が今まで、どんな思いをしてきたのか。
トルテと言う男が、どういう男なのか。
背後にいるトロールを仕留めることの難しさ。
目の前の少年は、何一つ理解していない。
私はこみ上げる怒りを目に込めると、少年を睨みつけ、思いの丈をぶちまけた。
「逃げれる訳ない! 逃げれる訳ないんだもん!」
もしかしたら、この言葉は自分自身に言い聞かせるために出て来たのかもしれない。
そうでもしなければ、無駄な希望を抱いてしまうから。
そんな私の叫びを聞いた少年は、何かを悟ったのか、小さく呟いた。
「はっ……そりゃそうだよなぁ」
どこか哀愁を纏った少年は、ゆっくりと立ち上がったトロールに向き直ると、何やら身構え始める。
「何を……」
私が、彼のしようとしている事と、彼の両手が光を帯びている事に気づいた瞬間。
少年の拳が、トロールの右腕を木っ端みじんに吹き飛ばしてしまった。
余りの衝撃に、再び転倒するトロールと、呆然と立ち尽くす少年。
彼は、ふと我に返ったかと思うと、光の消えた右手を私に差し出してくる。
「大丈夫か? なんかよく分からないけど、しとめたぜ!」
その瞬間、私の心の中を、大きな光が満たしていったのは、ここだけの秘密。
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