第7話 菓子1つ
「そんな!? 税金は昨日、全部納めたはずです! もう一度確かめてください! 何かの間違いです!」
混乱と焦り。
動揺を隠せていない母さんは、俺と視線を合わせることも無く、トルテに対して懇願を始めた。
そんな母さんの言葉が届いていないのか、トルテはにやけた表情を崩すことなく、俺達の家の中を物色し始める。
その遠慮のない行動に怒りを覚えた俺だったが、何もすることは出来ない。
母さんに抑えられていることもあるが、それ以上に、大きな問題があった。
トルテに続くように、更に5人の屈強な男が家の中へと入り込んできたのだ。
全部で7人の男達。
どう足掻いても、俺の手に負える状況ではない。
「母さん! どういう事なんだよ!?」
「……分からないわ。私にも、分からないの」
ようやく俺の顔を見てくれた母さんの顔は、酷く憔悴している。
そんな母さんと俺に掛けるように、トルテが口を開いた。
「いやはや、これはまた絵に描いたような貧相な家ですね。みすぼらしい。私はこのようなところに住める自信がありませんよ。ふむ、なるほど、これは確かに余裕のない生活を送っているようだ」
棚の中を漁り、机の上の物を一通り眺めたトルテは、憐れむような目で俺たちを見下ろしている。
その視線、その言葉。
それらに込められているであろう憐れみを感じ取った俺は、怒りではなく、小さな安堵を抱いていた。
見逃してもらえるかもしれない。
トルテの言葉を聞いた屈強な男達もまた、何やら互いに顔を見合っている。
もしかしたら、この貧乏な暮らしぶりを見て、今回の税金に関しては見逃してもらえるかもしれない。
俺がそんなことを考えた時、トルテが机の上に置いてある小さな箱に目を向けた。
「……と、思ったのですがね」
そう呟きながらゆっくりとその箱を手に取ったトルテは、躊躇することなく蓋を開ける。
その箱に入っているもの。
それを、俺は知らない。
だからこそ、出てきたものを見て、安堵してしまう。
「菓子ですか……」
形の悪いクッキーをつまみ取ったトルテは、それをゆっくりと口に運ぶと、すぐに吐き出してしまった。
「不味い……これは本当に菓子なのですか? まぁ、良いです。どちらにしろ、余裕があったと言う事ですね」
「そんな! 勘弁してください! それはこの子のお祝いのために……!」
「菓子ぐらい良いだろ! それに、母さんは税金を払ったって言ってるじゃないか! 人の家を物色する前に、まずはそっちの確認を……!」
一瞬とは言え安堵を抱いてしまった自分と、薄ら笑いを止めないトルテの顔に怒りを抑えきれなくなった俺は、叫んだ。
頭では、それが良い選択と言えないことを理解していても、身体が言う事を聞かない。
しかし、トルテには母の懇願も俺の叫びも届かないようで、箱を机の上に置き直すと、首を振りながら告げる。
「何も分かっていないのですね。私は何も、菓子一つに税を取り立てに来たわけでは無いのですよ?」
そう言うと、トルテはシエルを拘束している男に手招きをした。
呼び出された男は、シエルを捕まえたまま、トルテの隣まで歩み寄る。
「彼女は……何と言ってましたっけ? そうだ、シエルですね。たしか、そんな名前でした。で、彼女は誰ですか?」
「誰って……」
トルテの言葉に口ごもる母さん。
応える様子の無い母さんにしびれを切らしたのか、トルテは溜息を吐きながら言葉を続ける。
「知っているのですよ。あなたの息子さんのバディですね。つまり、息子さんは5歳になっている。何しろ、シエルと言う名前があるのですから。そうなってくると、話は別なのです。我々は、あなたから一人分の税しか受け取っていません」
「え……? ちょ、ちょっと待ってください! そんな話は、聞いてません! 昨日払ったのが、私たち家族の分だと……」
「それは昨日までの話なのですよ。5歳未満の人間を1人とみなさないのは当然です。そんな常識を、わざわざ説明する必要などないでしょう?」
そこまで聞いた俺は、怒りで我を忘れそうになっていた。
要は、俺が5歳になったから、もう一人分の税金を払えって事なのだろう。
明らかに、初めから母さんを騙すつもりだったに違いない。
「てめぇ……」
「てめぇ? 何ですか? もしかして、反抗するつもりでしょうか? 分かりました、それでは、多少痛めつける必要があるようですね」
ぼそりと呟いた俺の言葉を聞き逃さなかったトルテは、手の空いている男たちに合図を出した。
指示された男たちは、まるで準備運動でもするように、肩を回しながら俺と母さんの元に歩み寄ってくる。
「止めて! 息子には手を出さないで! テツ!」
母さんがそう叫ぶのと同時に、母さんの傍に寄り添っていたテツが、ゆっくりと前に歩み出した。
対する男達のバディも、どこからか姿を現し、合計10人の男とバディが、俺達を取り囲む。
そんな男たちに怖気ることなく飛び掛かって行ったテツったが、勝機などある訳ない。
俺と母さんは瞬く間に引きはがされ、男たちによる暴行が始まった。
全身に走る痛みと、眩暈、そして薄れて行く視界。
徐々に薄れて行く意識の中で、俺は2つのものを見聞きしたのだった。
1つは光り輝く左手の紋章。
そして、もう1つは、母さんの悲鳴である。
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