第5話 見苦しい物語
俺の左手の紋章が光り輝くのは、これが二回目などと言う話ではない。
既に何度目か分からないほどに、俺は光り輝く左手を目にしてきた。
なぜ光り輝くのか、そもそも、この紋章は何なのか。
5年と言う歳月の中で、幾度となく考え続けてきた俺は、一つの共通点を見出していた。
諦めという感情。
普段の暮らしの中で、俺がその感情を抱いた時、左手の紋章が光り輝くのだ。
「間違いなく、閻魔の仕業だよなぁ。それにしても、なんのためにこんな呪いをかけたんだ……?」
路地の先に、往来を闊歩する人々の姿を確認した俺は、少しずつ速度を落としながら呟く。
走って上がった息を整えることで、なるべく目立たないように装った俺は、往来の流れに身を任せて歩き出した。
輝いている左手はズボンのポケットにしまい込み、周囲を見渡しながら歩く。
「ねぇ、ニッシュ。これからどうするの?」
「どうするって、もう特訓は出来ねぇしなぁ……大人しく家に帰るよ」
耳元で囁きかけて来る少女に返事をした俺は、目的の人物を見つけると、ゆっくりと歩み寄った。
「衛兵さん、衛兵さん!」
普通の子供のような声音を意識しながら、俺は目の前に立つ衛兵に声を掛ける。
甲冑に身を包み、槍を片手に往来を睨みつけていた衛兵は、面倒くさそうに俺を見下ろした。
鋭く突き刺さる視線にしり込みしながらも、俺は自分が来た路地の方を指差しながら告げる。
「さっき、あの路地の方から変な声が聞こえてきました! 悲鳴みたいだったので……」
「そうなの! 女の人の悲鳴が、キャーーーって。見て来てくれない?」
しり込みする俺の様子を見兼ねたのか、少女が衛兵の顔を覗き込みながら告げた。
『おいおい! もうちょっと穏やかに言えよ!』
内心焦る俺を無視し、衛兵と少女が睨み合う。
「分かった、情報提供感謝する。君たちはもう帰りたまえ」
ようやく声を発した衛兵は、厄介払いでもするように俺たちを追い払った。
そんな状況にホッと胸を撫でおろした俺とは裏腹に、少女は憤慨している。
「なによ! あの態度! 私たちがせっかく教えてあげたのに!」
「落ち着けって。俺たちにできるのはこれくらいだろ? 子供が止めに入ったところで、何にもならないんだし」
これが、俺たちにとっての日常だった。
この街はゼネヒットと言う街で、有体に言えば、治安が悪い街だ。
先程聞いたような悲鳴は、街を歩いていれば何度も耳にすることがある。
それ以外にも、窃盗やカツアゲなどが横行している。
本来であれば、俺のような子供が一人で外を出歩くこと自体、危険極まりないのだ。
それでも、今までこうして生きて来れたのは、俺が案外器用に立ち回れているからではないかと思う。
何かトラブルに巻き込まれそうになれば、すぐにその場から逃げ出し、助けを呼ぶ。
そうすることで何とかやって来れた。
どこか小さな優越感を抱きながら、俺は帰路につく。
路地に入る時、先ほど聞いた悲鳴を思い出して、一瞬脚を止めてしまったが、すぐに気持ちを切り替えることが出来た。
そーっと玄関の扉を開け、家の中に母が居ないことを確認すると、すぐにベッドへと戻る。
何をするでもなく、少女と雑談を交わして時間を潰し、すっかり日も落ちた頃に、母が帰って来た。
「ウィーニッシュ、ただいま。今日もいい子にしてたかな?」
仕事道具である箒やバケツなどを片付けながら、問いかけてくる。
「うん。明日の事を話してたよ」
「ねぇセレナ、明日私はどんな感じでおめかしすれば良いと思う?」
「ふふふ、いつも通りで可愛いわよ?」
そうして、慎ましやかな夕食を家族で摂っていた俺は、知る由も無かった。
『俺の立ち回りがうまいから、何とかやって来れた』などという思い上がり。
この街で起きている数々の悲劇。
目立つことなく、静かに暮らしていれば、嫌な事や怖い事に巻き込まれずに済む。
そんな思い込みを抱いていた俺は、肝心なことを忘れていたのだ。
ここは、閻魔に連れて来られたジゴクなのだと言うことを。
そして、ついに訪れる。
忘れたくても忘れられない、俺にとって地獄の幕開けとなったこの日。
5歳の誕生日が、ついに訪れる。
これは、俺が地獄に叩き落とされてから、死に物狂いで這いあがって行った、見苦しい物語だ。
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