第4話 忌々しい呪い

 視覚で得られる情報は、俺が想像していたよりも多いようで、気が付けば、5年の歳月が過ぎようとしていた。


「ねぇ、ウィーニッシュ、聞いてる? 私、結構楽しみにしてるんだけど!」


 ベッドの上で仰向けに転がっている俺の鼻先を、“少女”が飛び回る。


「バディねぇ……まぁ、安心してよ。とっておきのを考えておいたから」


 俺の話し相手であるこの少女は、バディと呼ばれる存在なのだそうだ。


 この世界の全ての人にとって、バディは自身の分身であり、自分自身でもある。


 生まれた瞬間から傍にいる存在。


 そんな話を初めて聞いたときは、冗談だと思ったのだが……。


 母さんを含め、今までに出会った人全員がバディを連れていたところを見ると、どうやら本当らしい。


「本当!? ねぇ、ちょびっとだけ、小声で良いから、今教えてくれない?」


「ダメに決まってんだろ? 母さんがせっかく準備してくれてんだから、台無しに出来ないじゃん」


 そして、全世界的な習わしとして、5歳を迎える日に自分のバディに名前を付けるのだそうだ。


 ちなみに、俺は明日で5歳になる。


「それにしても変だよなぁ。自分と一心同体なのに、心で会話できないのか? ほら、念話ってやつ? できたら便利なのにな」


「そんなことできるわけないじゃん。ニッシュったら、また変なこと言って」


「俺からすれば、この世界の方が変なんだけどな」


「この世界? ニッシュって、たまに大げさな話を始めるよね」


「別にいいだろ? こっちの話しだよ。って言うか、さっきからニッシュって何だよ」


「良いでしょ? ウィーニッシュって長いから、略したの!」


「愛称ってやつか。良いな、それ」


「でしょ? やっぱり私はセンスが良いんだよ! ニッシュと違って。いや、一心同体だから、同じくらいセンスいいのかな? いやでも、ニッシュだもんなぁ……不安になって来ちゃった」


「……良いのか? そんなに俺を挑発しても、良いのか? 何にしようかな、そう言えば、隣の爺さんが干してる干物って、かなり臭いよな。そうだ、干物ってのはどうだ? お前、日向ぼっこ好きだろ?」


「いやぁぁぁぁぁ! ごめんなさい! それは許して! 確かに日向ぼっこは気持ちいいし、大好きだけど、あんなペラッペラになりたくない!」


「嫌なのはそこなのか!? ……まぁ、俺も自分のバディのことを“干物”なんて呼びたくないし、勘弁してやるか」


 俺はそう言いながら、上半身を起こすと、ベッドから飛び降りた。


 不服そうに頬を膨らませている少女を横目に、部屋を出て、玄関へと向かう。


「えぇ~? 今日も特訓するの? 私もう疲れたんだけど」


「疲れたって、朝から何もせずに喋ってただけじゃん。なんで疲れるんだよ」


 ぼやく少女を引き連れたまま、俺は玄関から路地に出て、深い暗がりへと歩き続けた。


 背の高い石造りの建物に挟まれたこの路地を少し進むと、不自然な広場に辿り着く。


 そんな広場に落ちている小石を幾つか拾い上げた俺は、一つを右手に持つと、掌に意識を集中させた。


 そんな俺に呼応するように、少女が俺の右手に両手を添える。


 次の瞬間、掌の上に乗っていた小石がゆっくりと浮き上がると、微かな音を立てて飛び出していった。


 真っすぐ壁に向かって飛んだ小石は、勢いのままに壁に衝突し、真っ二つに割れる。


「よし、初めの頃よりかなり速く飛ばせるようになったな」


「ねぇ、こんなことして何が楽しいの? ただ、石ころを飛ばして、壊すだけじゃん」


「何が楽しいって? この世界には魔法があるんだぞ!? 考えるだけでワクワクするじゃん! 今はまだ、石ころを飛ばすことしか出来んけど、練習すれば、もっとすごい魔法を使えるようになるやろ!?」


 魔法があると言う話を聞いた時、俺はバディという存在の話を聞いた時よりも衝撃を受けた。


 と言うよりも、興奮した。


 これほどまでに興奮を覚えるのはいつ以来だろうか。


 体だけでなく、気分まで若返ったように錯覚した俺は、その日から毎日欠かさず、ここで魔法の特訓を重ねて来たのだ。


「まぁ、でも確かに。そろそろ他の魔法も使えるようになりたいよな」


「他の魔法? ウィーニッシュには無理無理、だって、小石を飛ばせるようになるだけで、これだけ時間が経ってるんだもん。きっと才能がないんだろうなぁ」


「ぐっ……」


 大きな尻尾をゆさゆさと揺らし、首を大きく横に振っている少女の言葉に、俺は何も言えない。


「2年だよ? 2年かけて、たったこれだけなんだもん。私、見ててかわいそうになって来ちゃったよ……」


「う、うるさいな! 本当に干物って名前にするぞ!」


「もしそんな名前を私に付けたら、一生口きいてあげないからね!」


 売り言葉に買い言葉。


 互いに怒りを顕わにし始めた俺達が、あと少しで本気の喧嘩を始めそうになったその時。


 路地に何者かの悲鳴が響き渡った。


「きゃあぁぁぁーーーーー!!」


 甲高いその悲鳴を聞き、我に返った俺達は、互いの顔を見合わせると、声のした方とは反対方向へと走り出す。


 情けない。


 心の中でそう思いながらも、俺は足を止めなかった。


 バディと魔法。


 それらは俺がこの世界で知った特殊な物事。


 そして、俺がこの世界で知った特殊な物事は、全部で三つある。


 残りの一つは、ウィーニッシュの事ではなく、世界の事でもなく、俺の事。


 早坂明はやさかあきらと言う存在にまつわる物事。


「忌々しい呪いだよ……」


 煌びやかに光り輝く左手の甲を睨みつけながら、俺はそう呟いたのだった。

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