057 魔王様、例によって勘違い。




* * * * * * * * *




「はっ!? エインズ様、魔物が!」



 しばらく経ち、エインズとニーナが魔族向けの宿泊施設にチェックインした後、チャッキーはようやく気がついた。リュックサックの中から出され、エインズのベッドの上に寝かされていたが、状況が分からずに飛び起き、すぐにエインズを探す。



「チャッキー、さっきのは化け物屋敷みたいなものなんだって。わざと驚かすようにしてたんだ」


「な、なるほど……わたくしときたら、大変な醜態をお見せしてしまったのですね。しかしながら、化ける前に一言仰っていただければよいものを」



 エインズと似たような事を言うチャッキーに、うんうんと頷いているのはやはりエインズだけだ。


 魔族向けの宿は特に不気味に作られている訳でもなく、むしろ清潔感があって立派な造りになっている。


 クリーム色の壁、煉瓦が貼られた暖炉、滑らかな木の床、高い天井。


 飾っている絵画のタイトルが「逃げ惑う人族の阿鼻叫喚」だったり、本棚に「怖がる人族写真集」があったりする事を除けば、魔族向けの宿と言われても分からない。



「この特別自治区を大規模な恐怖体験地域にして、魔族が好き放題人族を驚かせるようにしたらいいのに。この際密約なんてもうなくして、実は魔族と争ったりしてませんって」


「そんな事したら人族は魔族を怖がらなくなっちゃうよ」


「分かっていてもあんなに怖がった私たちを踏まえて、もう一度そう言える? むしろ安全に怖がりたい人がいるんじゃないかしら」


「そうだね、怖いね……。それにむしろ人族が魔族を攻撃しなくなったら、魔族も安全だ」



 人族のお偉いさん方が今まで必死に隠し、様々な作戦で保ってきた世の中の構図を、エインズとニーナは何も気にする事なくジタに変えるよう提案していく。2人は人族の代表に公言するなと言われたこともなければ、ソルジャーが何も知らずに今も魔族を襲っている事を良しとしていない。



「さ、外を見てみろ。通りを挟んで左斜め前に人族用の宿があるだろ。もうすぐこの村の恐怖ツアーで一番の目玉が始まるぜ」



 窓から顔を出して眺めていると、人族用の宿の周りを松明を持った村人が行き交うようになる。もちろんこれも演出だ。


 そして俄かに騒がしくなった所で、村のサイレンが鳴り始めた。



「魔族だ! 魔族が現れたぞ!」


「女子供を外に出すな!」



 村人が叫びながら走る姿を、観光客達が心配そうに宿の窓を開けて見下ろしている。



「ジタさん、魔族が来るって」


「時々お前たちの国でも村に魔族が現れたりするだろ? あれと一緒だ。怖がらせるだけ、被害は最小限」


「そうか、エーゲ村の時と同じ……」



 エインズが納得し、人族と魔族双方のツアーを眺めていると、人族用の宿の屋根に魔族の姿が見えた。そして数体が部屋ではなく天井裏に通じる窓から忍び込んでいく。


 人族の宿にいる者たちを怖がらせようというのだ。



「何かいるぞ! ほら!」


「魔族!? 魔物!? やだ何よこの宿!」



しばらくすると宿からは叫び声が聞こえてくる。



「ああ、遠くにいても新鮮な恐怖が伝わってくるぜ」


「新鮮じゃない恐怖ってどういうやつなんですか?」


「人族がその場で感じた恐怖じゃなくて、思い出しながら感じる恐怖のことだ。そういうのは大抵雑念が混じってるし、やっぱり純度100%の混ぜもんナシが一番だろ?」


「なーんだ、缶詰にして閉じ込めておくとかじゃないのか」



 屋根裏から聞こえる魔族の声や足音にパニックとなっている宿の外では、それらしい雰囲気を出すため、村人と魔族が追いかけっこをしている。そんな中に飛び出していく度胸がある者など滅多にいない。


 恐怖の館からの恐怖の叫び声を堪能したジタは、食堂に行こうぜと2人と1匹を誘い、機嫌よく部屋を後にした。


 ……のだが。



「うわっ!?」


「えっ、魔族のえっと……どちら様?」



 部屋を出ようとしたところで窓のガラスを外側からノックされる。振り向くとそこには翼の生えた黒い鳥のような頭をした魔族がいた。


 ガーゴイルだ。



「開けてくれ! 大変だ、ジタ様にお伝えしたい!」



 ジタの名を出されたことで警戒心が解かれ、窓を壊しかねないエインズの代わりにニーナが鍵を開ける。ガーゴイルの慌てた様子に不安になり、説明を求めた。



「ジタ様は!」


「食堂に下りたの、呼んでくるわ!」


「あの、一体何が? まさか村総出のヤラセがバレたとか」


「大切な観光資源ですからね、それは一大事です」



 ニーナが駆けていく足音を聞きながら、エインズはチャッキーを抱いて何があったのかを訊ねた。



「違う、違うんだ! 魔王様が、魔王様がジタ様を捕らえるために進軍を指示された! 俺の兄貴が連絡を寄越してきた。俺はガルグ、魔王様側近のガルグイの弟だ」


「側近の弟!?」


「ああ、ジタ様と君たちは仲が良さそうだ。けれど魔王城の者たちはどうもそう捉えてはいないらしい」






* * * * * * * * *






「何? ジタがソルジャーを連れたまま特別自治区に侵入しただと?」


「はっ! 特別自治区に入る際、ジタ様を人質にしたとの事です」


「おのれソルジャーめ、俺の可愛いジタを脅し、我が城まで攻め込もうとは……許せん! ガルグイを呼べ! ジタを取り戻すために直ちにその2人を討伐する!」


「し、しかしその2人というのは人族が警戒するように連絡を寄越した厄介な2人ですよ! こちらの犠牲を出す訳には……」



 エインズたちが村に着いて間もない頃、魔王はエインズたちが領内に侵入した旨の報告を受けていた。どうやら勘違いをしているらしい。


 魔王は愛しの1人息子がソルジャーの人質になっているのだと思い、とても煌びやかに飾り付けてプレゼントまで用意したジタの部屋の中で怒りに震えていた。


 自分を討伐したい程憎んでいるのなら誤解を解き、どれだけ大切に思っているのかを伝えたいという魔王の心は今、ソルジャーに踏みつぶされた事になっている。



「ソルジャー相手なら我らも攻撃可能だ。だが確かに誰がそんな凶悪で力のある人族を倒せるのか……大切な同胞を討たれる訳にはいかん」


「魔王様、現在凶悪なソルジャーはこの南の村に滞在しているとの事。早急にジタ様を救い出さなければ」


「村……ふむ」



 魔王は少し考えた後、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。



「村人を人質に取り、人質交換させることにしよう。なに、村人を本気で傷つけたりはせん。事情を話し、人質役になってもらうのだ」



 ヤラセまみれの村で一体どこまでが本気だと伝わるのか。


 魔王の勘違いが思わぬ方向へと動き出し、和やかに事が進むとみられたエインズの旅には今、暗雲が立ち込めていた。

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