056 魔族の心に例のごはんを。
「不味さがお墨付きってなんだか逆に気になるわね……というか、不味いと知っているって事はチャッキーあなたエインズを食べた事があるのかしら」
「おいお前ら、エインズのペースに乗せられてねえで行くぞ」
エインズは「何もおかしな事を言ったつもりはない」と呟きながら首を傾げ、チャッキーも「エインズ様はいつも真っ直ぐでお答えもハキハキしています」などと、見当違いなフォローを入れ始める。
こうなってはまたエインズとチャッキーのほんわかした空気が戻りかねない。
「ほら、早くついてこいって」
ジタにせかされ、燭台に蝋燭の火が灯されただけの薄暗い階段を下りていくと、その先は通路になっていた。目が暗闇に慣れていないせいか、エインズとニーナは両脇を良く見ていなかったが、壁はなく、鉄格子になっている。
「えっ、食事会じゃないんですか? 真っ暗で何も……!?」
鉄格子に寄りかかった時、ふとエインズの背中が何者かに突かれた。驚いたエインズは、背筋が凍ってしまったのか、体ごとゆっくりと振り返る。
「うっ、うわぁぁぁ! ぎゃっ痛っ!」
「えっ、何、何!?」
エインズが驚いて跳び上がり、力加減などすっかり忘れて飛びあがると天井に頭を強く打ち付けた。穴が空かなかったのが幸いだが、よろけて押した鉄格子はしっかりと曲がっている。
「痛てて、頭打っちゃった! ま、魔族が両側にいっぱい、いっぱいるよ!」
「両側!? キャッ! いやぁぁ! やだやだやだ!」
「ちょっ、ちょっとニーナ! 俺を押さないでよ嫌だよ怖いのに!」
「おいエインズ! エインズ壁が! ああ鉄格子触るな! あー曲がってんじゃねえかおい!」
「囲まれてる、囲まれてる! 掴まっちゃった! 俺達捕まってる!」
ぎょろりとした目に言葉を無くし、爪の鋭い獣人型の魔族が手を鉄格子の隙間から差し出されると、それだけでエインズとニーナは大パニックを起こす。その声は空間めいっぱいに反響して耳を塞ぎたくなるほどだ。
エインズは鉄格子の間の柱に肘が当たり、その部分が大きく抉れる。
怖がっている間に床を蹴ったのか、大きな亀裂も見られる。
エインズをこれ以上怖がられると、この建物の地下が崩壊しかねない。
「俺達檻に入ったんだ! どうしようどうしようどうしよう! 罠だった、罠なんだこれ!」
「食べないで! キャァァァエインズ、エインズ! キャー! 助けてー!」
エインズが触れた部分が壊れたり曲がったりする様子にドン引きする魔族たち。
2人の人族のあまりの怖がりように、魔族たちはだんだん気の毒に思い始めたのか、次第に鉄格子から離れ、いったん怖がらせるのを止めた。
勿論、エインズとニーナは目を閉じたままそんな状況は見ていない。
「おいエインズ! 落ち着けって! ニーナもおおよそ見当ついてたくせにつられて泣き叫ぶんじゃねえ!」
「あっち! あっちいけ! 来るなぁぁ!」
「おい! 聞けって!」
エインズが咄嗟に暴れたなら、ジタも無事では済まない。肩に手を乗せ驚かれ、振り払われたら。突き飛ばされたら。
「ニーナ、おいニーナ! お前まで錯乱してんじゃねえよ。これは怖がらせるための部屋なんだよ、ほら、そこにさっきのグレムリンがいるだろうが」
「へっ? あっ、そう言えば……。エインズ、大丈夫よ! みんな私たちを怖がらせようとして集まってくれたのよ!」
「まあ、魔族にとって人族の恐怖心は最高のメシだからな」
エインズは顔を覆っていた手を少しずつずらし、そっと魔族が入っている檻を見る。
「こいつ、人族だけど俺の仲間だ。みんな宜しくな」
ジタがそう告げると、魔族たちは不気味ながら笑顔でエインズとニーナへ手を振る。グレムリンだけはガムをくれと2人へ手を伸ばしているが。
「移動園 (移動遊園地)の化け物屋敷みたいなやつってこと……?」
「ま、そういう事だ。お前らがこれだけ怖がってくれるなら今回も成功だ。さあ、そろそろ始まるぞ、奥の部屋に」
「ああ怖かった……」
魔族も目の前に鉄格子がひねり上げられたり、天井から欠片が落ちてきたりと、エインズの事を少し恐れてはいたようだが、気づかれなかったのは幸いだ。
「隠し部屋からさっきの客たちが怖がる様子を見学しようぜ」
「あ、この部屋は観光客を脅すために用意されたんだね!」
「そういうこと。この檻は施錠されてないし、向こうの扉の奥の部屋から町の外に出られる」
「なーんだ。ねえチャッキー、化け物屋敷の化け物ってさ、化ける前何だったのかな。チャッキー……?」
ふとチャッキーの声が全く聞こえない事に気が付いたエインズは、背中のリュックサックの中にいるはずのチャッキーを覗き込んだ。
「ねえ、チャッキー……?」
「なあ、チャッキーのやつ、怖すぎて気絶してんじゃねえか?」
* * * * * * * * *
「いたのよ! 絶対にさっき物陰に魔族がいたの!」
「気のせいだって」
「魔族なんて初めて見るわ」
「捕えてあるってんだから、大丈夫だって」
数分後、魔族が捕えられている檻の見学だと偽り、ツアーガイドが見学を希望した観光客を8人連れてきた。中年の夫婦、怖いもの知らずを自称する若者、暇だから来てみただけの女……皆が檻に入っているなら怖くないと自分に言い聞かせて通路に降りてくる。
相変わらず通路は薄暗く、様子ははっきりとは見えない。その両脇からは魔族が手を伸ばしたり、唸ったり、不気味に笑ったりと不安を煽る。
「きゃっ!?」
「や、やだあもう、やっぱり怖いわねえ、不気味!」
「鉄格子が曲がってるわ。鉄格子が壊されたことはないって話じゃなかったの?」
それはエインズがやったのだが……檻の中に入っていると分かっていれば、その怖がり方にも落ち着きがある。
だが、この村も魔族も、この程度の恐怖で済まそうとは微塵も思っていない。ガイドやソルジャーに扮した軍人たちは、先に出口で待っていると言って階段を上っていく。
「私たちもそろそろ戻りましょう? 十分怖かったわ」
そう観光客の1人が戻ることを提案した時、ふいに後ろで金具が落ちるたような音がした。振り返ると、檻の扉が軋みながらそっと開く。
「えっ」
「ちょ、ちょっと! 鍵、鍵!」
「やべえ逃げるぞ! 魔族が、魔族が檻から出る!」
「キャー! キャァァァ! 助けてェェ!」
「ガイドさん、ガイドさん! 魔族が、魔族が檻からあぁぁ出てきた! 出てきたァァ!」
恐怖に腰を抜かしながら、観光客は一目散に階段を目指し、瞬く間にいなくなった。大騒ぎする声は建物の扉が閉まる瞬間まで聞こえ、その後で魔族たちの満足したような嬉しそうな声が聞こえてくる。
「なるほど……」
「この怖がらせる役をする方も、実は魔族側のツアーなんだけどな」
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