055 例の村の来訪者。


 エインズたちは見張り台に上がると、見張りの男と共に腰を落とした。


 見下ろす村の中では村人や魔族が慌ただしく走り回っている。魔族が1つの建物に向かっていき、最後の1人……もしくは1匹が入り終わると扉が閉まった。



「魔族が『普通に』村を訪れるための通路だ。さすがに村の門の出入りを見られると話がややこしくなるんでね」


「魔族が村を去らなければならない理由……?」


「商店が店じまいして……違う、並べる品物を変えている?」


「先程までの豊かな品揃えと違い、芋や僅かな葉物だけになっておりますね」



 村は先程までの長閑で豊かな様子から一変、貧しくどこかみすぼらしい雰囲気になっている。いつの間にか着ている服も粗末になり、外に出ている人族は半分以下になった印象だ。



「見て、村人が武装して塀に上がっていくわ。何が来るの?」



ニーナはジタや見張りの男に尋ねる。殺伐とした空気は先程までチューイングガムを強請っていたグレムリンとの会話など無かったかのようだ。


ジタと見張りの男はニヤリと口角を上げ、エインズとニーナに門の入口へと注目させるよう、人差し指を向けた。



「お客様だよ」



 ジタがそう言って見張りの男がチャッキーへとウインクしたと同時に、村の門ではなく横の通用門から10名程の軽装の来訪客が一列で入って来た。



「観光客? 物好きな人がちょくちょく来るという話は確かにあるけど。ニーナもそれを装って訪れようとした」


「でもまさか、魔族と仲良しだなんて知られたら……そうか、そうよ! だから魔族がみんな帰って、村は魔族に怯えた暮らしを装ってる」


「そういう事。ここはな、観光地なんだ。魔族に怯え、怖がってみたい暇人に恐怖を提供するのがこの村のもう1つの顔なのさ」



 エインズたちはこの村の実態にようやく気が付いた。これが壮大なヤラセの舞台であると分かり、観光というのはまさにそういう事なのだと納得した。


 特別自治区に入る際の厳重なトンネル付きの門は、厳重な警戒の為ではなく、自治区に入るまでの目隠し。観光客やソルジャーが国境を通過すると、すぐに近隣の村に連絡が入る。


 基本的にはツアー日程が組まれているため用意をしておくのだが、時折ふいに現れる者もいる。今回のエインズたちは、ジタが一緒にいるため連絡が入っていなかったようだ。


 この見張り台も、魔族の監視ではなく、村内外のよそ者、人族の監視のためにあるのだ。



「さあ、皆さん。いいですか、絶対にこの村では私の指示に背く行動はしないで下さい。村は魔族から身を守るため、命を守るために色々と備えているものがあります。知らずのうちに禁則行為をしていた場合、魔族の襲来を誘発するかもしれません」


「やっぱり怖いわね……1人でなんて歩けるわけがないわ! 魔族が襲って来るかもしれないという恐怖を体験するだけって言ったじゃない」


「大丈夫さ。襲って来たってこの村の住民は今まで無事だったんだ」


「俺は魔族が来たって平気だぜ。ぶん殴ってやる」


「そんな事をすれば、他の魔族の怒りを買って更に魔族を呼び込むことになる! 勝手な事をしないでくれ!」



 村の入り口では、ソルジャーを装った軍人がツアー客に説明をしている。説明の時点で恐怖をあおり、予定外の行動をさせないように仕向けていく。



「勝手な真似をしてこの村に魔族が本格的に襲って来た時、お前はその後起こるであろう惨劇に対して、自分の責任で対処し、償いする覚悟があるか?」


「そ、それは……その、無理……です」


「だったら余計な真似をするな。いいですか皆さん! 村の散策を希望する方は、私か、他のガイドの指示に必ず従って下さい。それでは今日宿泊する宿にご案内しましょう」



 宿泊の客はおおよその人数が納得したようだ。小刻みに頷き、ソルジャーの傍を離れないようにして歩いていく。村人たちはよそ者を警戒するように一行を避け、わざとらしく物好きがまた来やがったとあざ笑う。



「恐怖ツアーに大金払って来る奴らだ。その金は軍に手数料が2割、残りを村と魔族で分け合う。お前らにも特別に見せてやろう、さあ、こっちだ」



 ジタは2人と1匹を連れて見張り台を下り、すぐ近くの頑丈な石造りの平屋へと案内した。



「ここだ」


「ここって、さっき魔族が出入りのために使うって言っていた建物ですよね」


「ああ、そうだ。ちょっとこの2人にも見学させたいんだ、いいか?」



 ジタが入り口に立つ見張りの男に声を掛けると、男は観光客には決して見せる事がない笑顔で鋼鉄製の扉を開けてくれた。



「もう、準備は出来ているはずですよ」


「ああ。ツアー客の様子は他の奴らと一緒に見させてもらうぜ。俺も恐怖心を腹一杯堪能したいからな」



 建物の1階はカウンターがあり、受付が1人いた。一応の武装は先程着替えただけ、本来は魔族向けの入村管理者だ。



「ジタさん! 今日は見学ですか? みんな準備できていると思いますよ。ええ、分かっている私が下りても不気味さ、恐ろしさに襲われるくらいに」


「おう、ちょっと挨拶してから見物室に入らせてもらうぜ。行こう、みんな待ってる」


「みんな?」


「ああ、みんなさ」



 何の事か分からないが、エインズはどこか楽しそうに見える。答えを言わずに何かに触れさせる時、こういう時はだいたい明後日の方向に物事を考えている。



「魔族のみんなで集まって、俺たちの歓迎パーティーをしてくれるのかな」


「魔族の皆さまはお優しいですね、光栄です」


「魔族式のな。お前らは特別に無料で歓迎して貰えるぜ」



 ニーナは何が待っているのか、おおよその見当がついていた。少なくとも、エインズの想像しているようなパーティーではないことくらいは。



「魔族料理とか、魔族民謡とか、魔族伝統のえっと……何かとか! 食事会と思う? それとも講演会みたいな感じかな」


「どうでしょう。魔族式のおもてなしとはとても興味深いですね、エインズ様」


「まあ、食事会っちゃあ食事会だな」


「あー……私、ここで待っててもいいかな。何か分かっちゃった」


「おっと、それ以上言うなよ。エインズは勘違いしてる分、いっそう良い食事を提供くれるだろうからな」



 ニーナはため息をつき、分厚いエインズのグローブを掴んだ。その目は早くも薄目になっている。



「食事を提供? まさか俺たち食べられちゃう!?」


「エインズ様は美味しくありませんよ、味はわたくしが保証いたします! 代わりにわたくしがネズミを獲って差し上げましょう。獲れたての新鮮なネズミは大変美味しいですから」

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