054 魔族と例の村の例の件。
エインズとニーナは顔を見合わせ、そして守衛の男が言った内容をゆっくりと理解していき、そして最終的にはとても驚いた。目を大きく開け、そして口までも開けっぱなしている。
「ねえ、という事は、この村の人族は魔族と共存してるって事ですか?」
「ああその通りさ。とにかく中に入ってゆっくりしていってくれ。後は任せていいかいジタさん」
「おう! 後で村長の所に寄るって連絡しといてくれ」
「ああ、ジタさんが来たと伝えたら喜ぶだろう。連絡しておくよ」
そう言って門を開き、守衛は3人を村の中へと入らせると、門を閉じて外にある守衛室へと戻っていった。
高い塀に囲まれた村は、どこにでもありそうな長閑な農村。人口が少ないせいか活気があるとは言えないが、実態を知らなければこんなに長閑な村が本当にあるのかと驚いただろう。
もっとも、もうエインズとニーナは既に驚いているが。
「ん~……おや、ここは」
「あ、おはようチャッキー。着いたよ」
「申し訳ございませんエインズ様! わたくしついうとうとと」
「いいんだ。この村は魔族と仲良しなんだって、魔族を見つけても倒さなくてもいいんだって!」
「お優しいエインズ様が無用な殺生をしなくて済むのでしたら、それは大変喜ばしいですね」
ジタと共に歩いていると、周囲は2キロメータ弱、一番長くても端から端まで700メータ程しかない村の大半が森、農地、遊牧地である事が分かる。家の数はせいぜい100戸といったところだ。
エインズの育った村の約半分程の規模だろうか。たまに見かける住民はジタだと分かるとニッコリ微笑んで「おかえり」などと気軽に声を掛けてくれる。
「本当にジタさんと親しげに会話してるよ」
「守衛さんが知っていたんだもの、村の人も当然ジタさんが魔族だって分かってるはず」
ジタに連れられて村のメインストリートまで連れて来られた時、エインズとニーナ、ついでにチャッキーまでもが、今度こそ心の底から驚いた。
「魔族が、普通に人と話してる、普通に買い物してる……」
「聞いていたとはいえ、実際に見ると異様な光景ね」
ソルジャーの装備を着ているせいか、流石に魔族からはギョッとされるが、ジタが隣にいる事で恐る恐る話しかけてくれる。
人型だが頭部が狼の姿となった狼男、人族の上半身と馬のような下半身を持つケンタウロス、翼が生え全身緑がかった宙を舞うハーピーなどが、人族と並んでメインストリートを当然のように行き来していた。
「ジタ王子、横にいるのは……ソルジャーでは?」
「ん? ああ、一応ソルジャーなんだけど俺たちに危害は加えねえよ。俺のダチだ」
「いや、一応も何も私たち完全にソルジャーなんですけど……」
「あら、私達魔族が怖くないようね。怖がらせたくてたまらないわフフフッ」
人族の子供ほどの大きさで蝶のように浮遊するハーピーが、緑色のドレスをヒラヒラさせながら飛んでいく。
「ちょっとジタちゃん! お城に連絡してくれる? まーたあの子よ?」
「おう、どうした……ってまさかまたレイスの坊主か」
「そうよ、うちの店で飲んだくれてる間に陽が昇っちゃって、帰れないから夜までうちの納屋でお泊り」
「分かった。あいつの上司に言っとくわ」
レイスとは、平たく言うと幽霊の事だ。しかし人型ではなく雲や霧のような姿をしている。
赤黒かったり、白かったりとそれぞれ個体により異なるものの、物質に触れたり掴んだりできないレイスが、自身に唯一取り込むことが出来るのは液体。
蒸発させて吸い込むのだという。その中でもレイスはとりわけビールが大好きなのだ。
「本当に共存してる……」
「わたくし、このように人族ならぬ者が当然のようにいる空間に、驚きが止まりません」
「精霊のお前がそれを言うか。ちょっと待っていてくれ」
ジタは農具の修理工場らしき1軒の店に立ち寄ると、中へと手を振り、誰かを手招きし始める。
戻って来たジタの後ろでは、店の扉が勢いよく開き、そしてメガネ猿のような顔に、モコモコとした体毛を纏った2足歩行の生物が走り寄って来た。
「ほらよ、外に行ってきたからな」
「ガムガム! チューイングガム! ガムホシイ!」
「ジタサマ! ガムガム!」
「ほらよ、仲間で分けろよ? あと村の機械に悪さはするな。壊れてるのがあれば直し方教えてやってくれ」
「ワカタ! ナオス! チューングガムホシイ!」
「ボク、ハツデンキナオシタ! チューイングガムフタツホシイ!」
「ボクイマカラナオス! フタツホシイ!」
顔の半分を占めているんじゃないかと思うほど大きく、黒く輝きを持った目。茶色と白の混じったふわふわの毛。身長は50セータ程だろうか、愛らしいぬいぐるみのような見た目ではしゃぐ姿は、もはや魔族には見えない。
「この子たちは……」
「グレムリンだ。チューイングガムがたまらなく大好物らしくてな。人族に見た目が近い俺がたまに買ってきてやるんだ。機械にめっぽう強くて機械油も好きだから、村に時々来ては壊れているものを勝手に直して、機械油やチューングガムをねだる」
「勝手に直すのね……」
「だからこの村の家には、たいてい機械油やチューイングガムが常備されてる」
走り去っていくグレムリンたちを見送るエインズたちの後ろでは、首から先が消えた馬に跨り、自分の首を片手に抱えた甲冑姿の魔族が、人族の子供と談笑しながら通り過ぎていく。
「あれって……人族からは悪名高いデュラハンよね?」
「首なし騎士デュラハン……どうして首を元に戻さないんだろう、両手が空くから楽なのにってずっと思ってたんだ」
「いやエインズ、そういう事じゃなくって。デュラハンって死の預言者だとか、姿を見せたがらないって、見た者は水場に逃げるしかないって伝説になってるはず」
「人族の伝説なんてアテになるかよ。水は苦手らしいけどあいつ騎士だぜ? デュラハンは全員そういった理不尽な真似は大嫌いだ」
エインズとニーナの今までの魔族への概念は、この村に来てからもう崩れて粉々になり、風に乗って消えてしまった。
「あの、ジタ様。少々申し上げにくいのですが、このように怖がらない者たちと一緒にいると、魔族の皆さまは困るのではありませんか?」
チャッキーがジタへと疑問を投げかけた瞬間、村の四方に置かれた見張り台の金がけたたましく鳴り響く。
「えっ、何? 一体何なの?」
「おっと、丁度いいや。お前ら、この村がどうやって共存しているか、見学するにはもってこいのタイミングが訪れた。そうだな、あの見張り台に行こう」
ジタはとても上機嫌で2人を引き連れ、時々スキップもしてみせる。なるほど、ニーナよりはるかに上手い。
「ねえ、何があるんですか?」
「説明は見学しながらしてやるさ!」
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