053 例の魔境の真実。


* * * * * * * * *





「作戦勝ちってやつね!」


「良かった、何とかきちんとルールを守って正当に入ることが出来たね」


「まあ軍人を脅して入り込んだ手口は褒められたもんじゃないけどな」


「ルールを守るためには致し方ありません。何か悪い事をした訳でもないのです」



 強引にジュナイダ特別自治区へと入ることが出来た3人と1匹は、砦から恨めしそうに見ている軍人を振り向きもせずに北を目指す。魔王城はまだ先だが、もうこれ以上は人族から妨害を受ける事はない……と思っていた。


 一応は魔族や魔物の侵入を警戒しているのか、砦の入り口から出口までは100メータ程のトンネル状の通路になっている。薄暗い明かりの中を歩くと、出口の簡素な門の前には軍人が2人立っていた。



「……絶対に面倒な事は起こさないで下さい。この特別自治区では、たとえどんな目に遭おうとも法や規則などで守られることはありません」


「分かってます。覚悟の上です」


「俺が一緒なんだから大丈夫だって。ほら早く開けてくれよ」



 ここでジタを通さない訳にはいかない。魔王を討伐するつもりなのではとまだ疑われてはいたものの、魔王城からはジタを足止めするようには命じられていない。



 軍人は鋼鉄の扉の横にある伝声管から、上にいる見張り台の者に開閉を伝える。異常なしという返事が返ってくると、軍人は重たそうに扉を押し開いた。



「ようやくたどり着いた! もう少し、もう少しで普通になれるんだ!」


「普通は強くなりたいものなのにね。ジタさんがいれば、きっと魔王もすぐに腕輪をくれるわよ」


「平和的に弱くなれるって事なら、それに越したことはないよ。魔物を倒したいんじゃない、俺は普通になりたいだけだから」


「この先に、特別自治区になる前から住んでいた人族の集落がある。大半が移住したけど、自治区内にはまだ何か所かそういう村があるぜ。ま、魔族も基本村人を襲わねえし、この自治区がどんな所かを知るには丁度いい」



 ジュナイダ特別自治区はとても広大で、隣の「人族の村」まで歩いて1週間程かかるような場所もある。今回の訪問で全部は回れないとしても、エインズは腕輪を手に入れた後で各村を巡ってみたいと思っていた。



「見えてきた。小さな村だけど、ちゃんと泊まれる宿もあるぜ」


「まあ、興味本位で来る人族もいるでしょうし、宿があっても不思議ではないけど……」



 そう呟くニーナの言う通り、ジュナイダ自治区は怖い物見たさで訪れる者も日に数人程度いるのだという。とびきりの腕が立つソルジャーを装った軍人が、魔族と共に金持ち相手の恐怖ツアーを開催する事もある。


 もちろん、人族と魔族のお偉いさん主導による公認親善企画だ。



1.危険な村までの道のり! 魔族に出会わずに村までたどり着けるか、それは運次第です。


2.魔境で恐怖の夜! 村での就寝中も、いつ魔族が襲って来るか分かりません。


3.捕えた魔族の見学! 牢屋の鉄格子は壊れた事などありません……今までは。



 このような謳い文句が書かれ、泣き叫ぶ観光客の写真や、村の外を歩く魔族の姿を載せたパンフレットが、高級ホテルのロビーに置いてあったりもするのだという。


 完全なヤラセなのだが、観光客は精一杯怖い思いをするのだから、言わばこれは壮大なお化け屋敷。怖がりたい客の期待に副っているだけだ。



「小さな村……なんでしょうけど、外壁が高過ぎて中が全然見えないわね」


「あの高さは国境の塀よりもうんと高いですね。7、8メーテ程はあるでしょうか」


「国境の塀と同じように、侵入者返しのトゲトゲが張り巡らされてるわね」



 ニーナが指し示す塀の上には、腕程の太さの木の棒の先端を削って尖らせたものが、斜めに45度の角度で塀の外に向けて隙間なく設置されている。



「ああ、人族に村の中を覗かれちゃあ困るからな。最近どこかの国で空を飛ぶグライダーっつうもんが発明されたらしいんだけど、そういう奴らに空から覗かれないように見張るのは魔族の役目だ」



 目の前には高い石積みの壁が迫り、3人は特に魔族に出会う事もなく村の入り口へとまわった。村の入り口の門には守衛がいる。


 3人の姿を見ると守衛は頑丈そうな鎧を着て、手には銃剣を持って守衛室から出てきた。魔族の地という過酷な地に住んでいる割には、ややふっくらとした体格の中年の男。


 なんだかこざっぱりしているようにも見え、案外快適な生活なのかもしれない。



「……魔族には見つかっていないな、後はつけられていないな」


「え? あ、はい。その、私たちは……」



 守衛の男は周囲をキョロキョロと見渡してから、声を押し殺してそっと門に手を掛けた。



「いいか。この村は魔族の襲撃にもなんとか耐えているが、決して安全じゃない。不用意に騒いだり、魔族を呼び込んだりすれば処刑だ。この自治区では各村々が独自の掟を持っている。村の外は無法地帯。あんたらがどうなるかは俺たち次第だ」


「ひっ……は、はい!」



 粗相のないようにと緊張するエインズと、流石は魔族の地にある村だと感心するニーナ。チャッキーはどうやらエインズのリュックサックの中で寝ているらしい。


 そんな中、エインズの後ろで陰になっていたジタがひょっこり顔を出すと、守衛の男は驚いて、そして脅すような言動など嘘のように明るくニッコリした。



「やあ、ジタさん! いらっしゃるなら言ってくれたらいいものを」


「ああ、悪いな。もっともらしく観光客向けの芝居を打ってやがるのが毎回面白くてな」


「えっと、あの……どういう事ですか? あれ、まさかおじさんジタさんの事を知ってる?」


「ああ勿論さ。おや、ジタさん。あんたこの子たちに村の事を何も喋ってないのかい? あ、もしかして俺……芝居を続けてなきゃいけない状況かい?」


「いや、いいんだ。こいつらは俺の正体を知ってる」



 きょとんとしたエインズとニーナに、守衛の男は「そうかそうか」と豪快に笑って見せる。


 一体ジタはこの村にとってどういう立ち位置なのか、そもそも先程の芝居というものがどういう意味なのか、エインズとニーナはさっぱり把握できていない。



「エインズ、ニーナ、安心していい。さっきの発言はまあ間違っちゃいねえけど観光客向けだ。さあ、村に入ろうぜ」


「いや、でもジタさんの事……」


「さあ入った入った! お嬢ちゃんもそんなに身構えなさんなって。魔王様んとこの坊ちゃんと来たって事は、この村のいつもの姿を見せても大丈夫な相手ってことさ」


「いつもの……姿?」


「ああ。この村は魔族と敵対もしていないし魔族が襲うなんて事もねえ。観光客が来てなけりゃ魔族が普通に商売や買い物に来てるぜ」

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