052 例のプランBの場合。
「なんだ? お前さっきの……という事はその隣がエインズ・ガディアック、そして……あ、あなた様は」
「おう、俺が良いと言っても通せないってのか?」
「その口ぶり、まさか2人は素性を……」
「おう、知ってるぜ」
再び砦に着くと、まずはジタが軍人たちに声を掛けた。背後にはエインズが立っていて、ニーナが横でニッコリと笑って銃を手に持っている。
エインズが脅す役をすると、くしゃみでもした表紙にジタの首が折れてしまいかねない。エインズはジタではなく軍人を脅す役に変わったようだ。
「そ、それならばなおさらジタ様以外の者を通しする訳にはいきません。この者たちなのですよ? 魔王討伐を掲げるソルジャーというのは」
「分かってるよ、こいつらからも聞いた。話し合って討伐はしない事になったから、俺が自治区を案内すんだよ」
「許可することは出来ません。ジタ様がソルジャーを連れて反乱を起こし、現魔王が崩御する可能性もあります」
「んじゃあ俺だけ戻るのも駄目だろ」
ジタは睨みを利かして威圧する。だがここにいる軍人は通して良いか否かの判断が出来る程の権限がない。指示に従って駄目だと繰り返すことしか出来ないのだ。
「だいたい、ジタ様はその少年の馬鹿力をご存じないのですか? 並みなら強さが魔王へと向けられた時、どうなさるおつもりですか?」
「馬鹿力……」
「あ、お前言っちゃった。エインズが一番気にしてることを言っちゃったな。あーあ」
エインズは力を馬鹿にされたと思って悲しそうに俯く。もう魔王を討伐するのは魔王が人族を襲えと指示していた場合だけと決めていて、おまけに力の制御までもあと少しだ。
呑気な旅ではあったが、初めて村を出て初めて戦い、エインズは広い世界で努力をしてきたつもりでいた。そのエインズの努力と普通まであと少しという距離を否定されたような気がしてしまう。
エインズも心は打たれ弱いらしい。そう育てざるをえなかった両親や村の皆を責めるのも可哀そうだが。
「エインズ様を馬鹿にする発言は許せません。わたくし怒りがこみ上げてまいりました」
「チャッキー、怒りを軍人に向けるんじゃなくて、エインズを宥めて……あ、そうだわ」
チャッキーが今にも爪を立てて軍人の顔へと飛びつきそうだったのを察し、ニーナがそっと抱き上げた。そこでニーナはふと思いついたのだ。
「向ける……怒りを、魔王に向けられた時どうなさるおつもりって、じゃあジタさんに向けられたら?」
「あ? 俺? 俺に怒りが向けられるってどういうことだ」
「ちょっとジタさん、エインズ、こっちに来て!」
このメンバーでは3人寄っても文殊の知恵など期待できない。なのに何も良い案には結び付かなかった前例など忘れ、再びニーナの発案での作戦会議が始まる。
「魔王は困るけど、ジタさんだったら困らないってのも失礼な話だと思わない?」
「あ? どういう事だよ。俺ってそんな軽い扱いか?」
「そうじゃなくて。魔族にとってジタさんも凄く大切なはずよね。じゃあここでジタさんが危なくなると、流石に軍人は見過ごせないと思うの」
「当初の人質作戦に原点回帰なさるのですね。初志貫徹は大変宜しいかと思いますよ」
原点が果たしてそこなのかという疑問は置いておくとして、ニーナが言いたかったのはまさにその人質作戦についてだった。
「向こうはエインズの力が強い……じゃなかった、『力の制御が苦手』な事を知っていたわ」
「うん、多分もうすっごく広まってるんだと思う。恥ずかしくて情けないよ」
「エインズ、でも今はそれが役に立つの! 実際にその力を使う訳じゃなくて……」
ニーナの作戦を聞くと、エインズは少し気持ちが浮上した。
まずニーナではなく、予定通りエインズがジタを人質に取る。軍人たちはエインズの力が強い事を知っているので、その気になればジタの命などすぐに消えてしまう事も分かるはずだ。
エインズが『力の制御が苦手』な事を実際に見せつけ、もし体や首に腕を回し、くしゃみでもしたなら……弾みでどうなるのか。最悪の事態を想像させるのだ。
これならエインズも力を恐れられているのではなく「不器用」な面を心配されると思うだろう。
「いいわね、エインズ。あなたが今まで必死に頑張ってきた力の加減を、今こそ見せる時なの!」
「うん、わかった。弱々しい振る舞いに憧れてここまで来たんだ。こんな所で諦める程度の夢なら、俺は最初から追いかけてないよ」
「しかし、色々と悪巧みが浮かぶ奴だな」
「あら、善でいるためには悪を知らなければ立ち位置に迷うでしょ?」
「エインズ様を救うための良き行いなのです。悪巧みではないですよ、ニーナ様はお優しいのです」
3人はよし! という掛け声と共に軍人が立つ場所まで戻り、そして作戦を開始した。
「あらあら、軍人さんはエインズの力加減の事を知っているらしいわよ?」
「すごくショックだよ。とても悲しい。ああ、眩暈が……」
棒読みのお手本のようなエインズの台詞も、もはやどうでもいい。エインズが近くの岩によろけたフリをして加減なしで手をつくと、岩が粉砕される。それさえ見てもらえたらいいのだ。
「おっと」
エインズは演技の為に近くからわざわざ岩を軽々と運んできて、そして先程の台詞と共に手袋を外した右手で岩に触れた。すると岩は地面にめり込みながら見る見るうちに亀裂が入り、エインズの手で溶かしたように粉々になっていく。
「なっ……両手が回らない程の岩を軽々持ってきて、そして手で押しただけで粉砕しただと!?」
「ば、化け物だ……!」
「エインズ、わざと加減を下手くそにして地面を殴ってみて?」
「分かった。危ないから離れててね……ふんぬっ」
エインズが中腰の体勢から地面へと拳を繰り出した。
「うわっ!? なんだ、何が起こった!?」
巨石を高いところから落としたような衝撃音と地響きが皆を襲い、エインズを中心に土が弾丸のように飛んでくる。おかげで辺りは一面土埃で視界がゼロだ。
「地面を殴っただけでこの衝撃……おい、おい見ろ! 地面に、穴が」
「なんてこった……」
視界が開けて現れたのは、丸く抉れた直径5メータ程の窪みだった。エインズ自身もそこに落ちているが、その深さは2メータ近くある。
馬鹿力がまさかここまでとは思っていなかった軍人たちは、息をするのも忘れ、開いた口が塞がらない。
「どうかしら。エインズがもしジタさんの肩に腕を回し、力加減を間違ったら……」
「俺はまだ死にたくない。俺を見殺しにするのか? なあ軍人さんよ」
「あなたたち、ここで足止めしたけど魔族の王子が亡くなりましたって報告がしたいのかしら。あなたたちのせいで人魔戦争が起きたら責任を取れるのかしら?」
やり方は心優しさなど微塵も感じさせない外道だが、おかげで軍人は動揺している。ニーナは勝利を確信した。
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