051 例のプランAの場合。



「エインズ、分かったわ、普通にいきましょう。変に悪人ぶるより、普通にいったらいいの」


「当然かと思います、そもそもエインズ様に悪は似合いません。ああ、勿論ニーナ様もジタ様も悪役は似合いませんよ。わたくしチャッキーは皆様の良き心をちゃんと分かっております」


「ああえっと……演じられないって点では致命的よね、でもとりあえず有難う」



 結局、ジタを人質にしているフリはするが、口調はいつものエインズで良いという事になり、3人はもう間もなく着く国境へと緊張の面持ちで歩き出す。


 国境の石のブロックを積み上げ、門の上を綺麗なアーチが描いている砦が見えた頃、ジタとエインズは離れたところで立ち止まった。


 ニーナはエインズのリュックサックからチャッキーを引っ張り出して腕に抱えると、真剣な面持ちで頷き、ゆっくりと砦に向かう。


 少女が水色のワンピース姿で高原を歩けば、普通はどこかの令嬢のように見えるものだ。装備を全て外し、貴重品だけを小さな巾着袋に入れたまま、ニーナは余裕を表さなければと時折スキップなどしてみせる。



「ニーナとチャッキー、大丈夫かな」


「まあ駄目だったらお前とニーナで俺を人質にして通るしかねえな」


「チャッキーも猫みたいに振舞ったことなかったし……というか、ニーナのスキップなんだかおかしい気がする」


「なんかテンポが悪いな、スキップが下手なんて事あんのかよ」



 ぎこちなく中途半端にステップが間延びしたスキップで、ニーナの動きはカクカクして見える。途中で躓いた所で諦めがついたのか、エインズ達の視線の先ではスキップをやめて歩き出す姿があった。


 それよりも、チャッキーは猫みたいに振舞った事がないと主張するエインズの中で、一体普通の猫はどういうものになっているのかが気になる。



「ん? 何だこの猫。どこから来た、シッシ」



 3メーテ程の高さの塀が視界の端から端まで続く国境。


 その砦のやや手前に着いたニーナはチャッキーを地面に降ろした。チャッキーは手筈通り軍人の足元へと駆け寄り、その軍靴の甲へと体を擦り付けながらじゃれてみせる。



「誰かの飼い猫か? おーよしよし、毛並みもいいし、人懐っこい。いい猫のようだ」


「大型だな、猫ちゃん、どこから来たのかな」



 元々そう行き来する者がいない砦は、警備の者もあまりする事がなく暇だ。突如現れた猫にニッコリと微笑み、とてもほのぼのとして見える。


 そこへようやくニーナが現れる。ここまでは手筈通りだ。実はニーナがあと5秒遅れたら、チャッキーは猫ではないと主張して台無しにしていた可能性もあった。チャッキーにとって、猫呼ばわりはあまり気持ちのいいものではない。



「チャッキーちゃん、ほらおいで」


「おい、止まれ。この先は特別自治区だ」


「あら、ごきげんよう。ええ、勿論分かっていますわ」


「お前1人か? 何しに特別自治区へ?」


「魔族の地にある村の存在を聞いたの。ちょっと見てみたいなと思っただけじゃ駄目かしら」



 ニーナは一応可愛く見せようというつもりなのか、その場でくるりとターンをしてスカートをふわりと浮かせようとする。が、出来ずによろけて残りの半歩は小刻みに足を動かして回り終えた。



「護衛もつけずに? 身分証を見せてみろ」


「怪しい者じゃないわ。査証は要らないと聞いているから、身分証だけを」



 そう言ってニーナは身分証を提示した。1人が詰所に戻り、氏名、生年月日、国籍、住所、登録番号……それらを台帳に記入しながらふと壁に貼られたメモを見上げる。


 そこにはブラックリストがあり、しっかりとエインズとニーナの名前があった。そうとは知らないもう1人の軍人は、ニーナと一緒にチャッキーを撫でて、警戒心などゼロ。そこにもう1人が慌てて戻ってくる。



「お前、ニーナ・ナナスカだな! そ、ソルジャーは現在通せない事になっている! もう1人の茶髪の少年と、ジ……黒い肌の少年はどうした」


「2人とはこの国まで一緒だっただけよ。私は装備も置いて観光で入るんだから。それも駄目なの?」


「ソルジャーは通せない。中で武器を調達することも可能だからな、許可できない」


「酷いわ! それって職業差別よね! 今の発言しっかり覚えたから! 戻ったら出会う人全員に言いふらして、あなた達の評判を落として退職に追いやってやるんだから!」


「な、何だ? そんな脅しにもならない文句で許可すると思うなよ? 帰れ帰れ!」



 先程までの雰囲気がガラリと変わる。


 どうやら作戦は失敗のようだ。いや、そもそも冷静になってしっかりと考えていれば、変装したところで身分証確認の際にバレる事は簡単に予測できたはずだが。


 ニーナは草原を歩く爽やかで可憐な少女を演じるのをやめ、ため息をついて引き返す。先程までチャッキーを撫でて可愛がっていた軍人は、少し情が沸いていたようだ。チャッキーからの失望の眼差しを受けて項垂れていた。



「わたくし達の完璧な演技をもってしても、ソルジャーである事を確認されては仕方がありませんね」


「そうね。職業差別の件は帰ってからしっかり管理所や知り合いに言いふらすとして、こうなったらエインズと一緒にジタさんを脅す作戦に便乗しかないわ」


「エインズ様は嫌がるかと思いますが、あの程度の壁の高さであれば、エインズ様は飛び越えるのも容易ですよ」


「ダメよチャッキー。ちゃんと法律は守らなきゃ」


「そうですね、失礼いたしました。ここまで規律を守って来られたのですから」



 ニーナは落胆半分、憤り半分といった面持ちでエインズたちの許へと戻り、事情を話した。2人はニーナが通過せずに引き返して来たのが見えたせいか、何となくは察していたようだ。



「じゃあ、ニーナは装備を着て。堂々と行こうか」



 人質を取って通過する事を堂々としていると表現していいのかは分からないが、3人は気持ちを切り替え、次の芝居に向けて歩き出した。



「エインズは特に喋らなくていいわ。さっき私を通さなかったことを絶対に後悔させてやるんだから」


「ま、警備してる奴らからすれば、真っ当に仕事しただけなんだけどな。今頃どこの国境もソルジャーが自由に行き来しているはずだぜ」


「それって、やっぱり俺たちが魔王討伐に向かってるって話がお偉いさんに知られているせいですか?」


「ああ。お前たちが魔王を倒そうとしているって事が警戒されてんだよ。名指しだと後々マズいから、ソルジャーを制限してるって事にしてお前らを正当に足止めしているように見せかけたのさ」


「そんな大勢を巻き込む嘘をつくなんて酷いです! 俺たちこんなに正しく活動してるのに!」


「……嘘の芝居で人質まで取って砦を通ろうとしてるけどな」

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