050 例のパーティーの大作戦。
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ジタが魔族だったと分かり、それで何が変わるのかと言われると、結局何も変わらなかった。
エインズとニーナはジタの事を今も仲間だと思っているし、魔族は悪い奴だという固定概念は崩れていた。
これから討伐しに行くのではなく、魔王にこれからの人族と魔族の在り方の提案を持ち掛け、見返りとして腕輪を貰えばいいんだという意見で纏まってもいた。
魔王は人族を襲わせていない、本当にはぐれ魔族やならず者の魔族が襲っているだけだと証明できたなら、ソルジャーは魔族の秩序のために魔族や魔物討伐をすればいい。
魔族と手を取り合って。
ところで、3人と1匹は今、そんな理想へと近づいているとは思えない会話を繰り広げていた。
「エインズ、どう? ちゃんと出来る?」
「ううん、自信は全然ない!」
「ご安心下さい、きっと大丈夫ですよ。エインズ様は学校でクラスの演劇会の役を立派に演じきった腕前ですから」
「えっ、俺は別にそんなに凄い役してないよ、主役でもなかったし、何も壊さないように大道具係もさせて貰えなかった」
「何をおっしゃいますか。エインズ様はエメンダ村民ですからね。村人役はまさにぴったりでございました」
「あー駄目、不安以外何もないわ。本当に大丈夫かしら」
「つか、村人だから村人役やったってそりゃ難なく出来るだろ。お前ほんと力以外に……っとこれは失言だった」
今やっているのは、どうやってジュナイダ特別自治区に入るかを考えた末の、とある手段の特訓である。
「いい? もう一回最初からやるわよ。そこの岩を国境の門と思って、その手前に軍人が警備してるの」
「まずはわたくしからですね。コホン……にゃぁーん」
「あーん駄目、もっと猫みたいに鳴いてよ、チャッキーは猫の鳴き真似が下手くそ過ぎるわ」
「わたくしが猫でないばかりに、この難局を乗り越えられないとなれば……皆様に申し訳が立ちません。鳴かずに足にすり寄るだけでは駄目でしょうか?」
「チャッキーは猫じゃないんだから、出来なくてもしょうがないよ。可愛いし凛々しいし、きっと軍人はメロメロだよ」
どうやら、チャッキーを軍人に近寄らせ、可愛さで落とす作戦のようだ。
「俺の方が猫の真似上手いんじゃねえかと思うぜ。にゃーんっ」
「えっ、全然チャッキーの方がマシですよ」
「ジタさんはその、止めた方がいいと思います」
「うん、悪霊でも出たのかと思うほど不気味でした」
「本当か? 不気味だったか? 怖かったか?」
ジタは不気味と言われて喜んでいる。魔族にとってはかなり上位の誉め言葉らしい。
「じゃあ仕方ないわ、チャッキーは足元にすり寄って、可愛さをアピールするの。そこで私が現れるの」
「じゃあ俺が軍人の役するね。おい可愛すぎる猫だな、ああ可愛い」
「棒読みが過ぎるわエインズ。コホン! あらあらチャッキーちゃん、駄目ですわよ。ごめんなさいねぇ、可愛い猫ザマスでしょ? さあ、チャッキーちゃん、一緒に特別自治区に行きましょうね?」
口元に手の甲を当て、ニーナはどこぞの貴婦人のような口調でチャッキーを抱き上げる。装備の類はエインズに持たせ、私服のワンピースを着ている……という事は、どうやら完全な観光客を装う気らしい。
バスター証さえ見せなければ、普通は職業まで調べられたりはしない。身分証には職業欄もないし、観光目的なら家事手伝いとでも言っていれば切り抜けられる。
「おほほ、楽しみねチャッキーちゃん」
人族と魔族が上層部で繋がっていて、エインズたちは警戒されているという事は分かった。となれば、ジュナイダ特別自治区に入ろうとする際はもっと難しい可能性だってある。
そこで、3人と1匹は芝居を打つことにしたのだ。
……もっとも、普通に考えればエインズ・ガディアック、ニーナ・ナナスカというそれぞれの名前だけで要注意人物リストにヒットすると思うのだが。
「こちら身分証、これがジュナイダ共和国への入国許可。ジュナイダ特別自治区は国ではないから、査証は必要ないのよね?」
「もちろんでございますお嬢さん。さあ、お入りください」
「まあ、有難う。さあチャッキーちゃん、行きましょうね」
「にゃあーん」
「鳴きまねは最後までしなくていいわ、精霊だってバレちゃうでしょ。おほほ、じゃあ皆さまごきげんよう」
「おっと、失礼しました。次こそ必ず」
ジュナイダ特別自治区内にも、僅かだが村があって人族がいる。物好きな連中が国境からすぐの要塞のような村に興味半分で訪れることはよくあることだ。
ニーナはそこを興味本位で訪れる女性観光客を演じているつもりのようだ。髪をまとめておでこを完全に出し、化粧のおかげもあって別人にも見える。
これは、万が一の際にも誰か1人は中に入れるよう、2手に別れて入る作戦の一環なのだが、このクサい三文芝居は果たしてどこまで通用するのか。
仮にニーナがこれで入国出来たとして、ではエインズとジタはどうするつもりなのか。
「じゃあ次、ニーナが軍人の役ね」
「分かったわ。おいそこのお前ら! 止まれ!」
「おいちょっとニーナ、ククッ……お前その声を下げ切れてない低音やめろ、笑っちまう。普通にいけって」
「雰囲気出そうとしたのに。まあいいわ。じゃあおいそこのあなたたち! 止まりなさい」
ニーナが軍人の役をし、2人の前で通せんぼのポーズをとる。するとエインズはとても軽くジタの首に手をまわす。きちんと首の入るスペースを確保すれば絞める心配がないと学んだようだ。
「だぁ~うるせえよてめえ何様だ、あ? おんめえ俺はこの魔族の王子を人質に取ってんだぞ分かってんのかおい、あーん? こいつの命が惜しければさっさと通せ、おーん?」
「も、やだエインズ、フフッ、全然出来て……ぷっ、出来て、ないじゃない……ふふふっ」
「これを……ぶはっ、耳元で聞いてる俺の身に、身にも、なってくれへへへっ、ひっひっ! おかしくてたまんねえ、あははは!」
ジタとエインズは観光客を装ったりはしない。既にジタの顔は割れていて、ついでに言うとジタがソルジャーを連れている事までおそらく既に知れ渡っている。
ここでジタがソルジャーと別れて1人で戻る事を演じるのが一番だと分かってはいるが、問題はエインズだ。
世間知らずで、触れるものに注意しなければ何でも壊す規格外の少年が、1人見知らぬ国で留守番するなど無理な話だ。
なにより腕輪が欲しいのはエインズであって、取って来てもらうなどと情けない真似はしたくない。
という事で、ジタを人質に軍人を脅し、強行突破するという作戦を立てたのだ。
色々と踏むべき手順をすっ飛ばしているようだが、本人たちはいたって真面目なつもりである。
致命的なほど芝居の才能が無いようだが、本気を出してこれなのだから仕方がない。
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