049 例の少女だけ深い仲の定義が違う。


 ジタは悩んだ末、自分の素性を明かすことにした。


 エインズたちは自分の目的やこれまでの旅などを洗いざらい打ち明け、ジタを信用してくれている。誇り高き魔族が自分だけその誠意に応えないなどと、卑怯な真似はどうしてもできなかったのだ。



「俺が言う事、最後まで聞いてくれるか」


「え? ええ勿論です。何かあったんですか」


「お前らが自分たちの事を話してくれたのに、俺はまだ自分の事を何一つ教えてなかった」


「えっ、でも魔権保護団体なんじゃ」


「違う。そんな団体聞いたことねえよ。俺は……」



 ジタの耳には時折風が草の上を撫でる音が聞こえ、青空はゆっくりと流れていく。2人はすぐ近くにいて、おそらく武器を手に取れば次の動作ですぐに殺されてしまうだろう。



「俺は、魔王の息子だ」


「マオウ……えっ、魔王の!?」


「ああ、お前たちが今から向かう魔王城に住んでる。俺は魔族だ」


「ジタさんが、魔族? え、いやいや全然見えないです、人族にしか見えないですよ!」


「エインズ、そのよく分かんねえお世辞はいいから」



 エインズとニーナは明らかに動揺しているが、問答無用でジタに襲い掛かる気はないらしい。それはジタの読み通りでもあり、だからこそジタも正体を名乗るのだが。


 言われてもピンとこないのか、エインズもニーナも半信半疑でどう反応すべきかを迷っている。エインズは咄嗟に「若く見えますよ」と同じようなノリでジタの言葉を冗談にしようとした。



「嘘じゃねえんだ。俺はお前らが忌み嫌う魔族だ。昨日のドワーフは俺が魔王の息子だから話せた、それだけだ」


「魔族……え、そんな、私たち敵同士って事じゃないですか! それじゃあどうしてジタさんは私たちと一緒に?」


「もしかして、ジタさんは俺たちを人族じゃないと思っていたとか」


「なるほど、エインズ様とニーナ様は魔族の皆さまからは不思議な謎の生物のように」


「あー違う違う、お前らが人族でソルジャーって事は理解してるさ」



 魔族であるという事をまだ完全には信じていないだろう。不安そうな受け答えの中にもまだ余裕が窺える。



「魔族と人族は、裏では繋がってるんだよ。魔族は全員人族との協定を知っている。人族のお偉いさん方や軍人の一部しか、人族で協定を知っている奴はいない」


「協定? それって何ですか?」


「魔族は原則として人族を襲わない」


「え、めちゃくちゃ襲われましたけど」



 1度目はエーゲ村、その後も村に魔族が現れたという町や村を通ってきた。被害と言える被害はなかったものの、それは防衛が上手くいったからと解釈されている。


 それに、ドワーフが言ったように魔族に殺された者は少なからずいて、魔族は悪い存在だと思われて当然の状況も聞き及んでいる。



「魔族だったら、俺たちソルジャーは……ジタさんを倒さなきゃいけない」


「で、でも! 悪い事はまだ何もされてないわ! ねえエインズ、見逃してあげましょう? 出会ったことは内緒にしましょ?」


「ニーナ様、協定というものが何かは分かりませんが、おそらく国境の警備の者たちもジタ様の正体を知っていたからこそ、通してくれたのだと思いますよ。きっともう遅いのです」


「そんな……じゃ、じゃあ! 私たちが勝てなくて逃げられたとか!」



 協定の中身を知らないニーナが、何とかして敵対しないでいいようにと案を出す。


 この場はまずそもそも魔族という種族が、一体どのような存在なのかを理解させなければ話が進まない。そう考えたジタは、魔族が恐怖の感情欲しさに人族を怖がらせているだけで、悪事を働くこと自体が目的ではない事を説明した。



「つまり、魔族は悪い奴じゃなくて、人族が怖がる事が栄養のひとつ……。怖がりさえすれば後は別にどうでもいい、という事ですね。なるほど、今までの魔族の行動が色々と繋がりましたよエインズ様」


「え、ごめん全然繋がってないんだけど。でも魔族に殺されちゃったり、魔族が集団で襲ってきたり」


「エインズ、こういう事よ。魔族が集団で襲ってきたのは、ただ怖がらせるだけ。魔族が人族を殺したのは、協定を無視した本当に悪い魔族、だからジタさんはドワーフを許さないって言って攻撃したのよ」


「そういう事だ。魔族は恐れられなくちゃならない。だから俺たちは怖がられ、忌み嫌われないといけない」



 この旅に並みならぬ期待を抱き、目標を掲げていたエインズ。そんな彼がこの中では一番理解が遅いようだ。


 魔族がどのような存在なのか、実はその生態の研究は殆ど世に出回っていない。いや、出していないと言うのが正しい。


 人族は魔族に恐怖心を吸い取って貰い、魔族は人族に恐怖心を貰う。そのために、人族は魔族への恐怖心を無くしてはならない。さもなくば魔族は死に絶え、この世には恐怖や絶望が渦巻くようになる。


 少なくとも上層部の人族にはそう認識されていた。



「じゃあ俺たち、ジタさんを怖がって、嫌わなきゃいけない?」


「怖いかどうかは抜きにしても、嫌うなんて無理よ。ジタさん、ごめんなさい。私たち今更そんな」


「ああ、待ってくれ。俺はそんな事が言いたいんじゃない。確かに魔族を恐れてもらわなきゃ困るし、敵でいるのは魔族にとって都合がいい。でも、俺は、その」



 ジタは自分に敵意はなく、エインズたちと不仲になりたいわけではない事を伝えたいのだが、それを自分から伝えることを少し恥ずかしく思っているようだ。


 こんな時には人族でも魔族でもない精霊チャッキーの感覚が役に立つ。



「エインズ様、ニーナ様、ジタ様。こうしては如何でしょうか。まずはお友達から始めるのです。そして、ゆくゆくはより深い仲となり」


「ば、ばっか! 何言ってんの! た、確かにそりゃエインズもジタさんもカッコいいけど、そんな私、2人とやましい仲になる気なんて」


「ニーナ様は何をおっしゃっているんですか? 深い仲となれば勿論それは大親友ですよ。見たところまだエインズ様とニーナ様は中親友、ジタ様とは小親友といった関係でしょうか」


「ご、誤解するような言い方やめてよね! それに中親友? 小親友? 新しい言葉作らないでよ」



 ニーナが赤面し、魔族の彼氏なんて、ちょっと危ない恋みたいでいいわねなどと呟いている。


 対してジタは、意を決した素性の告白が空振りに終わり、しかもまだ提案もしていないのにいつの間にか仲良し路線が確定している事に脱力していた。


しかしエインズはそんな中、1人考え込んでいるようだ。



「エインズ様、どうしました?」


「俺、もう友達で大親友のつもりだったのに。ねえ、ジタさん、俺とジタさんはもう深い仲ですよね?」


「えっ、うっそやだ、エインズとジタさんいつの間に」


「だー! もう、お前ら落ち着け! 俺の方が落ち着きたいくらいなのにまったく……拍子抜けだ」

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