048 例の真実と悲しみ。


 とても堂々とした内緒話は、当然のようにジタの耳にも入ってしまう。けれどエインズ達は秘密のつもりで、ジタにニッコリとほほ笑んだ。


 どうやら魔王討伐に向かう理由をジタに話す気らしい。



「実は俺、力を上手く抑えることが出来なくて……魔王が持ってると言われてる腕輪が欲しいんです」


「魔王が力を操れるんだか、抑えるんだかの効果を持つ腕輪を持ってるらしいの。エインズはその為にソルジャーになったんです」



 エインズとニーナがそれぞれこの旅の目的を打ち明けると、ジタはなるほどと言って考え込んだ。


 そして自分の父親がそのような腕輪を持っているのか、まるで心当たりがなかった。



「それ、誰から聞いたんだ?」


「え?」



 町の外に出て北へと向かいながら、ジタは当然の疑問を投げかけた。魔王が腕輪を持っているという情報が一体誰からもたらされたものなのか。


 幾度か魔王討伐に人族が訪れてはいたが、生きて帰った者はいない。


 人族から情報が洩れるとすれば、この150年のうちに訪れた人族の代表に魔王が話したか、それ以前の戦いの際に魔王がそれを使用したことがあるのか。


 幾つものあるものであれば、1つくらいエインズに渡してもいいのではとも考えたし、1つしかなくても不要ならやはりエインズにあげていい。


 ただ、それがどの腕輪を指すのか、本当にあるのか、それが分からない。



「誰からって……」


「そうね、そう言えば魔王が持ってるって誰が知ったのかしら」


「村のおじいさんが、かつて村を訪れた旅のソルジャーがそう聞いた事があるって話を昔の村長から聞いた村人の話を教えてくれたんだ」


「言い伝えみたいな感じかしら。どんな腕輪なの? 見た目は?」


「え、そんなの分からないよ、俺見たことないんだもん」


「エインズ様が生まれる前の出来事なのです」



 長閑な高原の丘は、晴れ空の清々しさが心地よい。けれどその長閑さは外だけではなく、どうやらエインズの頭の中にも広がっていたらしい。


 ジタは、エインズがまさか噂話を鵜呑みにし、はるばるこんな所まで来たとは思いもしなかった。そんな噂話ごときで魔王討伐に向かわれてはたまったものではない。



「ちょっと待った! 魔王が絶対持っているって確証ねえのか!?」


「え?」


「あれ、てっきり魔王が持っているのが事実だと思ってたんだけど、違うの?」


「えっ、もしかして……魔王は腕輪を持ってないの?」


「あ、いや、持ってるか持ってないかは分かんねえけど。もし倒して持ってなかったらどうすんだよ」



 エインズはまさか魔王が腕輪を持っていない可能性があるとは少しも考えていなかった。その顔は悲壮感が窺える。


 夢にまで見た普通の生活が途端に夢で終わってしまう可能性が出てきたのだから、当然と言えば当然だろう。



「エインズ様、拳に力を入れ過ぎでございます。手袋をしている時もグーはいけません」


「俺、ずっとこのまま? 力を上手く扱えないまま?」


「エインズ様、わたくしがついております。わたくしが手となり足となりお支えいたしますから」


「触っちゃいけないものばっかり。何かに触ると壊しちゃいそうでいつも怖いんだ。これが一生続くの? 俺、ニーナともジタさんともまだきちんと握手すらしてないんだよ」



 エインズは足を止め、足具のつま先を見つめるように俯いた。そんな悲しむエインズに掛けるべき言葉が見当たらないニーナは、まだあまりエインズの力の事について分かっていないジタに詳しく説明をする。



「エインズは……その、身体能力が驚くほど高いの。飛び跳ねたら高い建物の屋上にも上がれるし、背負い投げしたら昨日の通り。ファイアを全力で放てば草原が火の海。コップ1つ持つのも一苦労なのよ」


「それで常に分厚い手袋をはめているって訳か。その、握りつぶさないように」


「ええ。エインズが普通に触れるのは唯一チャッキーだけ。重たいペッパーボアを2体軽々と担いで町の外から管理所に持って帰ったり……」


「ちょっと待った!」



 ニーナがエインズを気遣うように説明をしていると、ジタはふと気づいてしまった。


 やたらと強いソルジャーが現れ、魔王討伐を企んでいる……ジタはその者を探すためにはるばるガイア国まで出たのだ。エインズの特徴は自分が探していたソルジャーの情報と一致している。



「ま、まさか、魔族と人族のお偉いさんが足止めしようとしていたのはお前らか」


「え? 何? 足止め? どういう事ですかそれ」


「お前らが全く害意のない奴らだから思いつきもしなかったけど、俺が探してたのはお前たちだ……」


「探していた? 私たちをですか?」



 魔族は人族に自分たちから手を出してはいけない。基本的には手を出すつもりもない。しかしソルジャーは大半が魔族を狩ることが仕事の一環であり、ソルジャーを襲う事は人族との協議の中で暗黙の了解となっている。


 魔族も、ソルジャーを殺すか再起不能にしなければ自分たちの命が危ないからだ。


 ジタは魔王の脅威になるそのソルジャーを探し出し、可能であれば殺すことも考えていた。まさかそれが友人にでもなれたらとさえ思っていた者だったとは、そのショックで何も言えなくなってしまった。



「ジタさん? え、やだどうしたんですか? エインズもジタさんも急にそんな悲しそうにしないでよ」


「どうなさったのです? エインズ様、ジタ様がエインズ様を不憫に思い悲しんでおられますよ」


「えっ? あ、ごめんなさいジタさん。俺のことは気にしないで下さい。魔王城に行ってもひょっとしたら意味がないかもしれないし、これ以上無理に案内をお願いする理由がなくなりましたし」



 エインズは力なく笑い、ジタの慰めへと切り替える。けれどジタのショックは全く別の理由だ。見当違いな言葉を掛けても当然効果はなく、ニーナが一度休憩しようと提案し、半ば強引に街道の脇の草の上に腰を下ろさせた。



「ジタさん、大丈夫ですか? 一体何があったんです?」



 草の上に仰向けに寝そべって、ジタは雲の動きをただ目で追っていた。言い知れぬ喪失感が襲い、目の前のソルジャーが改めて敵であったことを悔しく思っていた。


 魔王を討伐しなくても腕輪さえ手に入ればいい、そう言っていたのだから、結果次第では敵ではないのかもしれない。


 けれど、ジタが1度は殺そうと思った相手であることに違いはない。



「……なあ、俺の話を聞いてくれるか」

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