【5】いざ、魔族の地へ。
047 準備を終えたら例の地へ。
【5】いざ、魔族の地へ。
ジュナイダ共和国の村、マイル。
その安宿の一室でチャッキーの看病をする3人が、心配そうに見守り始めてしばらく時間が経った。次第に窓の外が白く明るくなっていく中、チャッキーは静かに目を開け、背伸びをした。
「……おや、エインズ様? 皆様も何故そのように床に座ったまま眠っていらっしゃるのです?」
チャッキーはそろりとベッドから降り、エインズの膝に座って丸くなった。チャッキーが心配で仕方がなかったはずなのだが、いつの間にか皆眠り込んでしまったらしい。
「エインズ様、もうお外は明るい時間ですよ」
チャッキーはエインズの手を舐め、立ち上がると頬を肉球で数回叩く。ゆっくりと目を開けたエインズは、一瞬昨晩の事を忘れぼーっとしていたが、チャッキーが気を失っていたことを思い出すと、チャッキーを抱き上げて驚いた。
「チャッキー! 気が付いたんだね!」
「ええ、お恥ずかしながら今しがた」
「俺のせいで……ごめんチャッキー!」
エインズは涙を浮かべて喜び、チャッキーを抱きしめて頬ずりをした。その声でニーナとジタも気が付き、チャッキーが何事もないかのようにエインズの頬を舐めている姿に安堵した。
「良かった……心配してたんだから」
「ああ、その、寝ちゃってたけどな。精霊とはいえあの破壊力に巻き込まれちゃあ無事じゃ済まないと思ってたぜ」
「エインズ様がわたくしを傷つける事は叶いません。ご安心下さい」
「じゃあ、チャッキーは何故気絶したの? ドワーフの攻撃じゃないわよね」
チャッキーはエインズの腕の中から飛び降り、座って手の甲を舐めると、重箱のように足を折り畳んで座りやや俯く。
「その場から飛び退こうとしたところ、足元の石で滑ってむき出しの岩に頭をぶつけたのです」
言い終えるとチャッキーは恥ずかしそうにいっそう体を小さく曲げて、頭を体の下に押し込むように丸くなった。
「そういう事か、でも良かった、俺チャッキーがいないと生きていけないよ」
「精霊は主を置いて先に逝くことは出来ません、わたくしの心配などなさらずに」
「でも、でも今は気絶しちゃってたじゃないか! もう魔物や魔族が出たら絶対に俺より前に出ちゃだよ」
「承知いたしました。エインズ様のお優しい心にわたくし感動しきりでございます」
エインズがそっとチャッキーを抱き上げて肩に乗せる。ジタは自分がチェックインしていたホテルに朝食と荷物を取りに戻った。
2人と1匹は朝ごはんのために食堂へ下りてしっかりとお替りまで頼んだ後、チェックアウトして町の広場でジタを待った。
「ここから北へ半日も歩かずに特別自治区に着くんだよね」
「そうみたいね。エインズはもう本当に昨日の傷は大丈夫なのよね? チャッキーも無理してない? ジタさんに頼んでもう1泊させてもらってもいいのよ? 私は観光でもして時間を潰すし」
「ううん、ジタさんはきっと魔族と色々話し合ったりスケジュールが大変なはずだよ。俺たちが引き留めてなんていられない」
ジタが魔族であることを打ち明ける絶好のチャンスを見逃し、エインズもニーナもあと一歩の所まで来て見当違いな納得をしてしまった。そのせいで今やジタは完全に「魔権保護団体の人」扱いだ。
この先ジタを魔王子扱いする者が出てこない限り、2人と1匹はきっと最後まで気づかない。
いや、出てきてもこの調子だと気づかないかもしれない。
「そうね。でもジタさんって威厳もあるし、ハンサムだし、何て言うか、魔権保護活動界のプリンスって感じよね。すっごく頼りにされてそう」
「あ、俺も思った。最初からなんかどこかの国の王子様みたいな貫禄があったよね」
「ジタ様はそのようなご活動を? 若そうに見えますが、1人でこのように活動されていてご立派ですね。よほど権限なども持たれているのでしょう」
ああ、やはり気づくことはなさそうだ。
「お待たせ、わりい、昨日帰らなかったせいでちょっと色々事情を説明してたんだ」
「わたくしの為にお宿を空けてまで看病して下さったとは、ゆっくりとお休みいただくことも出来たのに大変申し訳ございません」
「いいってことよ。それより一応お前ら魔族の土地に入るんだからその格好は目立つ。変装までは難しいかもしれねえけど、仮面と装備を隠すマントを羽織るくらいはしておけ」
「なるほど、さすが魔族に精通しているジタさん! 変装なんて全然気づかなかった」
「確かに、ソルジャーが来たとなれば魔族も私たちを敵と見做して襲って来るわよね」
エインズもニーナも都合の良い納得をしているが、ジタがそう告げたのはジタ自身も正体を隠すことが出来るからだ。魔族の領内、とりわけ魔王城の近くではジタを知らない者はいない。
ジタ様と言われて駆け寄られては、せっかく勘違いをしているエインズたちの誤解を正してしまう事になる。
だが、ジタは御法度だと分かっていても、魔族と人族の実態に気づいて欲しいという考えもあった。その上で、魔族への協力を仰ぎ、ならず者を共に退治してくれるパートナーにしたいのだ。
「あの、わたくしはどういたしましょう? 変装……はっ、紙袋、紙袋ですね!? わたくしも変装となれば仕方がございません」
「チャッキー、あなた紙袋が欲しいだけでしょ。ガサガサ音立てて中に入りたいだけでしょ」
「変装も出来るのですからこんなに良いものは無いかと」
「おめーに変装はいらねえよ。まあ紙袋が好きなら後で被ってもいいけど」
「チャッキー、良かったね」
「ええ。あの中途半端な狭苦しさと、ガサガサと不規則に音を立てる紙袋がわたくし大好きなのです」
3人と1匹は土産物屋が開くのを待って何軒か回り、それらしく不気味なお面を見つけ、ふわふわの毛皮などでフルフェイスにアレンジした後、食料と水を数日分買って北を目指した。
「あ、そういえばお前ら、昨日の話はどうなった?」
「昨日の……ああ、そうでした。チャッキー、ジタさんに魔王討伐に向かう理由を話してもいいかな」
「魔権保護団体のジタ様は魔王討伐に反対なのでは? もっとも、倒せなくとも目的は達成できますから、ジタ様のご活動の精神に背くとは限りませんが」
「討伐しなくても済む? 尚更理由が知りたい。エインズはいったい何のために魔王討伐を掲げているんだ」
魔王を討伐すること自体が目的なのだと思っていたジタは、チャッキーの発言でさらに興味が沸いた。場合によってはエインズたちに手を貸し、円満に解決できるかもしれない。
「エインズ様、ジタ様は信頼できる方だと私は思います。昨日までひょっとしたら魔族の地に置き去りにする計画なのかと疑っていた事は秘密にしておきます」
「うん、俺も置き去りにされるかもなんてちっとも考えてないよ。昨日の夕方に休憩していた時、チャッキーと全然少しもそういう話しなかったよね」
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