【6】ごめんください、魔王様はいらっしゃいますか?

058 例の対魔族大作戦。

 


【6】ごめんください、魔王様はいらっしゃいますか?






 魔族と村人が観光客へと恐怖を大盤振る舞いする中、エインズ、ニーナ、ジタ、それにチャッキーは、魔王側近ガルグイの弟、ガルグの話を深刻そうに聞いていた。


 が、その受け止め方にはどうやらひどく差があるようだ。


「ジタさんを誘拐!? 人質!? 一体どんな極悪人なんだ! そんな悪い事する奴は許せない!」


「それに右も左も分からないわたしたちを案内して下さっているのに、ジタ様が人質に取られては困りますね」


「え? 俺は右や左は流石に分かるよ。でも誰から見て右なのかで変わるよね? 右はお箸……そっちは違う、そっちは俺から見たらお茶碗の方」


「わたくしお箸もお茶碗も持たないもので……失礼いたしました、確かに右左では混乱しますね。では村の外では行き方も帰り方も分からない、と発言を訂正させていただきましょう」


「うーん確かに迷子になるね。なおさら誘拐犯には渡せないよ。あれ? 魔族だと魔質って言った方がいい?」


 確かに皆が同じ話を聞いているはずなのに、事態をしっかりと把握したニーナ・ジタ組と、エインズ・チャッキー組の理解度の差があり過ぎる。


 エインズの頭の中では、ジタをこれから攫おうとする悪党が登場することになっているようだ。


「エインズ、ジタさんを人質にしてるのは私たちってことよ」


「え? 俺たちジタさんを人質になんて取ってないよ?」


「いや、そうなんだけど、そう思われてるのよ!」


「魔王が勘違いしてるってこと? 迷惑な話だなあ……ジタさん、一緒に事情を説明しに行きましょう!」


 緊張感がないのか、まだよく分かっていないのか、もはやそれすらも分からない。


「ジタ様、どうなさいますか」


 ジタはガルグにどう対処するかを尋ねられ、首をかしげて考える。


 魔王城に電話して事情を話しても、おそらく誘拐犯に脅されて言わされていると思われる。


 魔王軍の前で人質じゃないと主張しても、おそらくは誘拐犯に脅されて言わされていると思われる。


 魔王軍から逃げると、やっぱり誘拐犯に脅されて連れまわされていると思われるだろう。


「俺がおとなしく帰るしかない、か。エインズ、ニーナ、親父の勘違いに巻き込んですまない。俺は魔王城に戻る、お前らは厄介な事態になる前に帰れ。心配するな、俺がちゃんと城に帰ったら説明する」


「えっ!? そんな、私たちせっかくお友達になったのに!」


「村の人にも協力してもらうってのはどうですか? あっ、変装とか!」


「変装ならばわたくし得意ですよ。紙袋1つあればすぐに変装できます。誰もわたくしとは思わないでしょう。さあ是非ともわたくしに紙袋を」


「エインズ、チャッキー。あなたたちも真剣に考えてよね。魔族が私たちを今度こそ本気で襲いにやってくるのよ?」


「真剣だよ。それに俺たち今更魔族と戦うなんて出来ないよ。魔族は悪くないんだし、勘違いを正せば済むことなのに争うなんて」


 ソルジャーらしからぬ物言いに、ガルグも思わず笑みがこぼれる。もちろん不気味に。


 この村の住民のように、エインズもニーナも魔族を悪者とは考えておらず、しかし決して見下してはいない。ジタをきちんと敬い、畏れさえも抱いている。


「ジタ様。俺が兄貴に連絡を取り、誤解である旨を伝えましょう。何か目的があってこの村を訪れたのでしょう?」


 城にいるガルグイが弟であるガルグに連絡を取ったのは、ガルグが面倒に巻き込まれない為だった。ジタやエインズたちを守らせるためではない。


 けれどジタと共にこの村を楽しむ様子を、ガルグはとても微笑ましく思っていた。ジタは1人で行動出来ていたし、先程も1人で食堂に下りていた。人質、魔質、どちらでもいいがそれは間違いなく勘違いだと分かっていた。


 要するに、この仲良し3人組の助けになりたいのだ。


「ガルグさん、親切にして下さって有難うございます。魔王軍がジタさんを誘拐するのを、黙って見てなんていられません」


「いや、だから誘拐じゃないってば。どうしよう、私たちが表に出たら色々と面倒になりそうよね」


「なんでこんな面倒な事になったのか……」


 良い案が浮かばず、ガルグを含めた4人とチャッキーはうんうんと唸っている。


 エインズとチャッキーが唸ったところで妙案が浮かぶとも思えない。


 もう事情を話し、分かってもらえなければその時考えるという方向で決まりつつあった時、エインズが目をパチッと開き、笑顔で案を出した。おそらくそう大した案ではない。


 チャッキーは紙袋の事が頭から離れず、エインズの横で時折「紙袋……」と呟いている。


「ねえ、俺たちが人質になるってのはどうかな!」


「それ誰に効果があるの?」


「えっ?」


 自信満々だったエインズのひらめきを、間髪入れずにニーナが突っ込み却下する。この村では魔族が人族を脅しても演技としか見られず、村の者にも微笑ましい光景として受け取られてしまう。


 もちろん魔族からも特に止めに入るような発言は出ないだろう。


 ソルジャーが相手であれば、魔族が攻撃することは問題ない。つまり、エインズたちが人質になる側にまわったところで意味はないのだ。


「エインズが力加減を間違う演技をしても、かえって宣戦布告に見えるだけよね」


「それならばいっそ、紙袋……ではなくてですね、本当にジタ様を魔質にしては如何でしょう?」


「えっ!?」


 今度はチャッキーが提案し、その発言には流石に皆が驚いた。誤解を解くどころか、それでは一層強く思い込まれるだけだ。


 しかし、チャッキーは珍しく冴えていた。


「わたくし達の話を聞いていただける環境を作るには、まず互いに争いを止めなければなりません」


「まあ、そうね」


「この村にツアーでお越しの魔族の皆さまにも協力してもらい、味方に付いていただくのです。そして対峙する。するとあちらはどう勘違いしようが仲間に対し迂闊に手は出せません」


「それだと別に人質にする必要はない気がするが……村に来ている奴らに手伝ってもらうのは良い案だ。ガルグ、頼めるか? ツアー途中なのに悪いな」


 魔王子から任されるとなれば、それはとても名誉なことだ。ガルグは不気味に目を光らせ、ニヤリと口角を上げて赤い口内を見せつけた。嬉しいのだろう。


「ジタ様の為でしたら、早速何名かを連れてきます! 人族用の宿から一番離れた北門でお待ち下さい」


「私、宿の主人に村の人にも集まって貰えるように頼んでくる!」


「エインズは北門に、俺は村長に事情を伝えて、念のための備えをさせてくる。ガルグ、襲撃時刻は聞いたか」


「もう間もなく……1時間ほどです」


 エインズたちは互いの顔を見ながら頷き、行動を開始する。


「行こう!」


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