042 例のパーティー、魔族と戦う。
同じ魔族相手だというのにジタは容赦がない。裏を返せば信頼で成り立っている魔族同士の関係において、約束を破る、秩序を乱すという行為はとても重く許されない行為ということだ。
そんな魔族の掟など知りもしないエインズとニーナは、ジタに促され武器を構える。そしてチャッキーがリュックサックから顔を出して揺れながらも耳をピンと立てた時、路地の前方に何かが光った。
「あれだ! 2人共頼んだぜ! 絶対に逃がすな、逃がせば次はどこで被害が出るか分からねえ!」
「えっ!? あ、はい!」
エーゲ村では魔族が勝手に逃げてくれた。ただしあれはクランプスが良い子を恐れた事、その恐怖に他の魔族がつられてしまった事による幸運であったに過ぎない。
もし相手がはぐれ魔族で、クランプスのように恐怖を与える対象を絞らない者であったなら、今回は恐らく逃げてくれないだろう。
「エインズ! 私が回り込むわ! なんとかアイツの進路を塞いで!」
「わたくしもお役に立ちましょう! 追跡は得意なのです!」
キラリと光るものが斧だと分かり、そして次第にその魔族のシルエットも浮かび上がってくる。背は高くなく、顔から体までがまるで一体化したような体型。とても機敏そうには見えない。
「……そいつはドワーフだ! 魔族の中じゃ足は遅いが力は強い! 気をつけろ!」
「ドワーフ!? おとぎ話では鍛冶が得意で陽気だって事になってたのに、ドワーフって魔族だったのか!」
「という事は、あのお話に出てくる7人のドワーフたちは……毒リンゴで倒れたお姫様を助ける目的ではなく、実は婦女暴行が目的だったという事でしょうか」
「えっ!? うっそ最低! 何が『我ら可愛い7人のドワーフたち』よ! 許せない!」
おとぎ話までとばっちりを受ける衝撃的な事実。いや、別にドワーフがそういうおとぎ話を仕立て上げたわけではないのだが、なぜかエインズとニーナは騙されたと思い憤慨している。
「ニーナ、ジタさんに評価してもらいたいって気持ちは勿論だけど、今回は死ぬ気でいかなくちゃならない」
「どういう事?」
「ジタさんが相当な手練れなのは何となくわかる。でもジタさんは武器を持ってない。俺たちを信じてくれてるんだ」
「私たちがジタさんを守るって事ね。分かったわ! 誰かを守りながらの戦いは初めてだけどいつかはやらなくちゃいけない仕事、それが今だっただけよね!」
「行くよチャッキー! ニーナ、任せた!」
エインズは剣を構えて加速し、路地の先の開けた空き地に着くとすぐにドワーフの前に回り込んだ。足元の地面は丈の短い草がクッションと滑り止めの効果を発揮し、エインズはしっかりと目の前で対峙出来ている。
「ナ、なんダ! ジ、人族カ! オれ様の退治って訳だナ? ソう簡単にやられルと思うなヨ!」
「家畜を襲ったり、物を壊したりして回ったのはお前だな!」
「そうダ。怯えル人族たちを見ルのはとても楽しイ……ぎゅひ、ぎゅひひひ」
エインズは挑発するようにニヤニヤするドワーフを睨みつけ、再度やったことを問いただした。相手が魔族であってももしかしたら戦わずに改心させ、逃がさないまでも捕える程度で済むのではないかと思ったからだ。
しかし、ドワーフは気味の悪い声で笑いながら、エインズも斧でズタズタにすると宣言して斧を振り上げた。意思疎通が出来るのに話が通じる相手ではない。言葉が通じるのに命を狙わなければならない。
そんな悔しさと、相手を殺さなければならないという緊張でエインズの額には汗がにじんだ。
「どうしタ、俺が怖いカ? それとも憎いカ? その感情も美味で心地いイ」
「……怖くない、俺は怒ってるんだ!」
「何にダ? 怒ル? ぎゅひひ、俺が殺した中にオ前の身内でモいたのカ? ぎゅひひ、ぎゅひひひ」
「お前は……眠っているお姫様に酷いことをしようとした! 許さない!」
エインズの言葉に一瞬何のことか分からずに動きが止まったドワーフ。それはそうだろう、お姫様とやらが誰を指すのかも分からないし、酷い事と言われても具体的に何なのかさっぱりだ。
この少年は何か人違いならぬ『魔』違いをしている、そうドワーフが口を開こうとした時だった。
「シャアアァッ! 今ですエインズ様、ニーナ様!」
「エインズ避けて! パワーショット!」
ドワーフの顔面に爪をと牙を剥いたチャッキーが飛び掛かかった。
ドワーフはふいに視界を覆ったモフモフを訳も分からずにはがそうとする。そうやって動きを封じた隙に、ドワーフの左斜め後方からニーナが38口径のリボルバーで足を撃ち抜いた。
「んグオォォォ! ぎ、ギギギ……俺の足を……!」
「チャッキー! 俺の後ろに!」
「お役に立てましたか!」
「凄いよチャッキー! ニーナも狙いピッタリ! お姫様の仇を取らなくちゃ!」
いつの間にかおとぎ話の中の、被害に遭ってもいない架空の人物の敵討ちになっているエインズ。さすがにニーナもそこまでしっかりと頷くことは出来ず、これがエインズの冗談なのか本気なのかを測りかねている。
「大さじファイアァ!」
エインズは剣ではなく手の平をドワーフに向けて炎を放った。
「ギュイイイイィ! アツッ! アツツツ!」
「……斬る!」
動かない的であれば当てられると思ったのか、エインズはハッタリのつもりだった剣でドワーフへと振り下ろすように斬りかかった。ニーナが仕留め損ねた時の事を想定し、後方でしっかりと狙いを定めている。
「くッ!」
エインズの身体能力をもってすれば、その剣の動きは目で捉えられる速度ではない。だがやや不器用なエインズはまっ直ぐに振り下ろすことが出来ず、僅かに反応したドワーフが着ていた鎧を打ち砕くだけに終わった。
「わっ、外した!?」
「エインズ! 避けて!」
避けてと言われ、ニーナの攻撃の邪魔になるというつもりで受け取ったエインズは、少し後ろに飛びのいた。
しかしその避けてという言葉は「ドワーフの攻撃を」という意味であった。それが分かったのは、エインズが避けた後すぐ足元に振り下ろされた斧を見た時だった。
「ひっ!?」
地面に深く食い込んだ斧を見て、エインズの顔は青ざめた。
それと同時に、今まで体験した事が無いほどの言い知れぬ恐怖が自分を包み込むのが分かった。
それが目の前の斧とドワーフのせいではないと気づいたのは、ゆっくりとエインズが振り向いてからだった。
「……おいドワーフのジジイ。今、何て言った。今、コイツに何をした」
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