043 例の魔王子、怒る。



「……おいドワーフのジジイ、お前今、何をした」


「なんダお前、ぎゅひひ……お前強そうだナ」



 ドワーフはジタを見ても誰なのか気づいていない様子でニヤニヤしている。地面に刺さった斧を引き抜いて、エインズではなくジタへと狙いを変えた。



「じ、ジタさん! 俺たちが倒します! 下がっていて下さい!」


「ジタ……ジタだト?」



 エインズがジタとドワーフの間に割って入り、ドワーフへと剣を向ける。だが剣は向けたものの当てられる自信はないのか、ファイアを唱えようとしているようだ。


 ジタはそれを阻止しするようにエインズの肩に手を置き、更にエインズの前に出た。ジタの胸程までしかないドワーフを見下ろすように腕組みして立って睨みつけている。



「おいドワーフ、俺様が訊ねて答えない気じゃねえよなあ?」


「じ、ジタ様! こ、これハその……」


「何度言わせる」



 ドワーフは暗がりでも分かるくらいに緊張し、持っていた斧をそっと地面に置いた。その斧へとチャッキーがそっと忍び寄り、柄に噛みついて引きずっていった。



「そ、ソのソルジャーを始末しよウ、と……」


「人族を襲って殺そうとした、という事だな」


「ソ、そこのジ、人族だっテ魔族に刃を向けタだろウ! ジタ様も見タはずだ!」


「だから何だ。魔族にとって約束と秩序は絶対だ。よりにもよって俺のツレに……」



 ジタとドワーフのやり取りを見守っていたエインズとニーナは、いったい何の話なのかサッパリ分かっていなかった。ジタが何故魔族であるドワーフと話をしているのか、何故ドワーフはジタ様と呼んでいるのか。


 約束と秩序とは何か。まるでジタが人族ではなく魔族なのではないかと思ったほどだ。


 いや、むしろそれが正解なのだが。



「ねえ、エインズ。ジタさん……何の話をしているの?」


「わ、分からない。でもドワーフがジタ様って呼んでるんだ。ジタさんの事を知っているみたい」


「魔族と? 私たちを襲おうとした奴と知り合い……まさかジタさんって悪い人!?」


「そんな筈ないよ。ここまで俺たちを連れてきてくれたし、ビアンカとの口約束もしっかり守ってくれようとしているんだから」


「そうよね、じゃあ一体ジタさんは何者……?」



 戸惑う2人をよそに、ジタはドワーフのしどろもどろな受け答えを睨みつけながら聞いている。こんな時、エインズに真面目な意見を求めても無駄な事はおおよそ分かってもらえていると思うが、エインズはハッと何か察したようだ。



「ふう。斧はこちらに。エインズ様がお持ちになって下さいませ」


「もしかして……あ、有難うチャッキー」


「もしかして、何?」


「ジタさんは王子なんじゃないかな」


「王子? どこの? まさか魔族の王子だなんてとんでもない事言い出さないわよね?」



 残念ながら、それが正解だと告げてくれる者がいないので、ニーナは答えをすぐに捨ててしまった。そんなニーナに対し、エインズは不審そうに眉を顰める。



「そんな訳ないじゃないか。魔族の王子様だったら俺たち今頃食べられちゃってるよ」


「そうよね。ごめんなさい、私ったら変な事言っちゃった」


「後で謝った方がいいよ、ジタさんを魔族呼ばわりなんて。それより俺、分かっちゃったんだ」



 エインズはこれが正解だと言わんばかりに神妙な顔でニーナへと視線を向ける。



「あのお姫様の話を思い出してよ、7人のドワーフのところに迎えに来た王子様! あれはジタさんの事なんだ! きっとこれは婦女暴行の敵討ちなんだ!」



 ニーナの推測の方がよほど現実味があるどころか、エインズの推理はおとぎ話と思い込みのダブルでアウトだ。


 だがそれをここまで堂々と主張されると、何故かそうかもしれないと思えてしまう……なんて事は流石にない。



「エインズ、おとぎ話は作り話よ。実際にあった事とは無関係」


「じゃあこのドワーフはお姫様の仇じゃない?」


「そもそもドワーフだって他にいっぱいいるでしょ。ドワーフだから犯人だなんて短絡的過ぎるわ」


「ご、ごめん……」



 エインズは自信があったのか、肩を落としてしょんぼりとしていた。こんな時、チャッキーが慰めならぬ勘違いの助長を促すのがお決まりなのだが、どうやら今回もそのようだ。



「エインズ様、可能性の1つを間違いだと断定できる材料も見つかっておりませんよ。ニーナ様のご意見も、エインズ様の推理も、まだ可能性があるのです」


「そっか、まだ正解が分からないうちは間違いだと決まったわけじゃない。シュレディンガー家の猫ってやつだね」


「……エインズ、何それ」


「シュレディンガーさんの家に猫がいるのかいないのかは、シュレディンガー家を家宅捜索しないと分からないってやつだよ」


「あれ? シュレディンガーの猫ってそんな話だったかしら……」



 こうして緊迫した状態が何故かこうなってしまう2人と1匹をよそに、一方ジタの前ではドワーフが命乞いにも似た訴えを続けていた。



「人族を襲おうとしタ事は謝りまス! じ、人族ばかり魔族を攻撃しよウとして、腹ガ立ったものデ……」



 ドワーフは地に平伏してジタの許しを乞う。その様子はまるで王と家来、もしくは雇い主と使用人。何故ドワーフから謝られているのかは分からないが、この状況だけを見ればエインズを襲った事を咎めているようだ。


 ドワーフの土下座を見下ろしながら、ジタは腕組みしたまま許す様子はない。



「……その前に貴様、エインズに何を言ったのか覚えているか」


「は……イ?」


「貴様、言ったよな。俺が殺した中にお前の身内でもいたのか、と」


「ヒッ! そ、それハ……あ、煽り文句でしテ!」


「嘘偽りはないな? 俺に向かってまさかこの期に及んで嘘をついてみろ、どうなるか分かっているな」



 辺りが明るければ、きっとドワーフは脂汗でベトベトになっている事がバレていただろう。ジタは怒っていて、禍々しいオーラを纏っているようにも見えた。


 それはエインズたちにも分かる程で、急に気温が下がったようにひんやりと張りつめた空気が漂っている。



「もう一度聞く。魔族として誓った約束を、お前は破ったのか。人族を殺したのか」


「お……オ……れハ」


「俺の前で何を言うべきか、よく考えるんだな」


「じ、ジタ様、そノ……」


「2択のどちらかだ。言い訳はその後で聞く」



 ドワーフは一度上げた顔を再び地面へと向け、跪いたままで声を絞り出した。



「……3人、殺しましタ。さ、騒ごうとしタから……ぶっ……!」


「ジタさん!?」



 ドワーフの答えを聞き、ジタは禍々しいオーラを解き放つ。そして言い訳のために顔を上げたドワーフの顔を右ストレートで殴りつけた。



「テメエのやった事は魔族全体の恥だ。無事でいられると思うなよ」

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