041 例の魔王子と魔族の品格。p02
「あ? 魔族だと?」
「はい、先程町の見張り台から連絡が……お、お客様!?」
「チッ、手間掛けさせやがる」
ジタは眉間に皺を寄せ、心配する従業員の男を無視してエントランスに向かう。しかしホテル側としてはここで引き留めない訳にはいかない。
宿泊客に万が一の事があれば、たとえ理由がどうであろうとホテルや観光地としての責任が問われる。
「いけませんお客様、この建物から出ないようにと外出禁止令が出ております! 危ないので様子を見に行ったりは……」
「俺の自由だろうが。魔族なら俺は大丈夫だ」
「いえ、ホテルの外に出てはいけません」
ならず者であればジタが目の前に出る事ですぐに収束するだろう。けれど、ここで自分が魔族であると明かす訳にはいかない。人族に紛れて行動する事が出来なくなるし、何よりエインズとニーナから敵認定される事はまだ避けたかった。
「……安い宿にソルジャーの知り合いが泊まってる。魔族の好き勝手にさせたくねえならそいつらを呼べ。俺はそのソルジャー達を雇ってんだ」
「ソルジャーを? 分かりました、宿の名前を教えて下さい。絶対にその方が到着されてから外に出て下さい」
* * * * * * * * *
「失礼します、お客様」
夜になり安宿ですっかり寛いでいたエインズとチャッキー、そしてニーナ。2人と1匹が宿泊する部屋の扉がふいにノックされた。
「へ? はい……ごめんニーナ、俺手袋外しちゃった……出て貰えないかな」
「ああ、ドアノブ壊しちゃうもんね。はいはい~」
ニーナが扉を開くと、そこには宿の主人が立っていた。心配そうな表情に首をかしげていると、主人は2人あてに電話があったと告げた。2人にすぐに来てほしいと頼むその人物は……
「ジタさんだわ! どうしたのかしら」
「あまり大きな声で騒がないでいただきたいのですが、魔族が町に現れたらしいんですよ」
「えっ!? 大変! エインズ、装備を着て! 出かけるわよ!」
「えー!? 嫌だよ夕方怖い話聞いたばかりじゃん! 背後で靴音がして、振り返っても誰もいなかったら? 夜中に知らない町を歩くなんて肝試しみたいな真似できないよ……」
「そんな事言わないでよ! せっかく忘れてたのに! あ、アンデッドなんかむしろ私が背後を取ってやるんだから!」
「そんな事して挟み撃ちに遭ったら? だって背後霊って言うんだから絶対に背後にいるんだよ? 後ろに回り込んでも背後を取られるんだよ? やめた方がいいよそれは」
エインズは怖がりではあるが、一応はニーナの為を思っての発言のつもりだった。ただその謎理論がその場の恐怖感を薄めたのか、ニーナはもう怖がるのも馬鹿らしくなってしまう。そっとチャッキーを抱き上げて起こし、自分も身支度を始めた。
「ジタさんが危ないかもしれないのよ? 助けに行かないなんてソルジャーじゃないわ」
「わ、分かったよ、でも絶対に置いていかないでよ!」
「ん~……おや、お出かけでしょうか? 駄目ですよまだお二人とも若いのです。夜遊びなど許すことは出来ません」
チャッキーはベッドの上に乗り、前足を投げ出すようにして背伸びをして、ついでに欠伸をしながらエインズたちを諫める。
「違うのよチャッキー、魔族が出たみたいでジタさんが呼んでるの」
「そういう事でしたら向かわなくてはなりませんね。エインズ様をソルジャーとして頼っておられるのですから。さあ参りましょう」
「何でみんな怖くないんだ……」
「エインズ、あなたが一発殴ればアンデッドなんて怖くないでしょ。こんな時こそ出番じゃない!」
渋々装備を着始めたエインズを急かしながら、ニーナはなんとかしてやる気を出させようとする。もし魔族が本当にいたなら、ニーナでは太刀打ちできない。ジタの事をベテランのソルジャーだと勘違いしてはいるが、ジタの戦闘能力もどれ程は分からない。
そんなエインズが頼りだという気持ちがつい言葉となって口から出てしまった。
「ニーナ様、その発言はいささか無責任と言わざるを得ません。エインズ様がなぜソルジャーになったのかをお忘れで?」
「あっ……そうだったわね。ごめんなさいエインズ、あなたの力を揶揄ったわけじゃないの」
「いいんだ。誰かを守るための力は悪くないんだ。役に立てるなら……」
変に自信を持たれて調子に乗られでもしたら、エインズの故郷の人たちに示しがつかない。けれどいざという時、ニーナにとって間違いなく頼りになる。
「力の制御方法」が分からないエインズと、持っている「力の出し方」が分からないニーナ達。エインズにはそうであるともう少し信じ続けてもらわなければならないようだ。
「行こう、怖くても……行かなくちゃ。俺、ソルジャーだもん」
「わたくしが付いて……おっと失礼、憑いておりますから大丈夫ですよ」
2人と1匹は宿の主人が教えてくれたホテルへに向かって駆けていく。エインズたちは魔族退治のために呼ばれた……そう思い込んでいた。
* * * * * * * * *
「おう、悪いな呼んじまって。お前らがいねえと外に出ちゃだめだっつうからよ」
「いえ! ジタさんの為なら……ジタさんの前で俺たちがちゃんとソルジャーとして戦えるところを見せなくちゃいけないし」
「ん? いやあまあ……そうだな。俺が倒すわけにはいかねえから」
ホテルのエントランスで仁王立ちをし、ソルジャーがいるから文句はないだろうと見せつけるジタ。エインズとニーナが行儀よく会釈をし、シャンデリアが照らす大理石の床に、チャッキーのやや滑り気味な足の爪の音がペチペチと響く。
ホテルの従業員たちはこれ以上引き留める事も出来ず、心配そうに3人と1匹を見送った。
「どの辺にいるんですか?」
「町の北の門の方って話だ。他のソルジャーのパーティーが向かってるらしい、俺たちが先に見つけて倒すぞ」
「おー!」
暗い町の中、全く物怖じしないジタを先頭に魔族を探す3人。観光地と言えど店が開いていなければ他所の町と変わらない。石畳と石壁やレンガの家々は、少し物騒な雰囲気も醸し出していた。
「……おいエインズ、ニーナ。見えたか」
「えっ!? えっと……何が?」
「魔族だよ! そこの角を右に曲がったら走れ! いつでも攻撃できる準備しとけよ!」
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