040 例の魔王子と魔族の品格。p01
暗くなる事を異様なほど恐れるエインズとニーナのお陰で、ジタはとても充実した気分だ。対照的な表情のまま高原の町マイルに辿り着いた3人と1匹は、今日の宿泊場所を決めた。
ジタがやる事があると言って別れた後、エインズとニーナが泊まるのは相場より安い宿屋。ジタはホテルに泊まるのだという。観光地でもあるためか相場が高い料金にため息をつき、全額を前払いした。
「1人7000Gって……高級ホテルかと思っちゃうよ! 観光地ってソルジャー向けの格安の宿が無いんだね」
「そうね……痛い出費ね。1日くらい滞在してクエストを受けて、少しでも旅費に充てたいところだわ」
「でもジタさんがせっかく連れて行ってくれるのに、俺たちのせいで待たせられないよ」
「うん、私もそこを迷ってるのよ。多分ジタさんはこの付近の人じゃないと思うのよね。よく知ってるとは言うけど肌の色や金色の目、この国の人とは違うみたい。帰る所があるのなら足止めさせられないわ」
2人はジタに迷惑はかけられないと言って、出来る限り節約するしかないと意見を一致させた。まさかジタが魔族だなどという考えは全くない。
素性を根掘り葉掘り訊かないのは、この旅の目的をむやみに話さないと決めた事や、ジタが2人に対し深く聞いてこない事も影響している。
今の距離感がちょうどいい、そんな気がしていた。
「それにしてもジタ様はきっとお金持ちの家庭にお生まれのようですね。ホテルに泊まられるとはずいぶん余裕がおありで」
「うん。でも……どうして1人で旅をしてるんだろう? 護衛の人いないよね?」
「そういえば。まさか街道を歩いていて1度も魔族や魔物と遭遇しないなんて事あるかしら」
「もしかすると、ジタ様はとても強いソルジャーで、新人のエインズ様やニーナ様の様子を見に来られた方なのでは」
「そっか、そうかも! やっぱりジタさん凄いや」
見当違いの意見に納得し、エインズとニーナはジタを憧れの英雄の如く褒めたたえる。素性を隠して新人の傍にいる、やたらと頼りになる謎の人物……と言えばもう英雄でしかない。
「ジタさんに色々と旅の行き先を決めてもらうのもいいと思うの。どうかしら」
「え、でもジタさんが俺たちに任せてるってことは、『可愛い子にはナビをさせろ』って方針なのかも」
「そっか、困った時にだけ助けてくれるってことね! あーんやっぱりカッコイイ!」
「魔族の領域も恐れないという事は、やはりそういう事なのでしょう。とても良い方と巡り合えましたね」
「まあ、でもエインズの力があれば……」
人を見る目があるのかないのか。
魔族の王子を知らずのうちに好意的に受け入れる2人と1匹は、早く1人前になれるようにと願いつつベッドに入った。
* * * * * * * * *
その頃、1人ホテルに泊まっていたジタは、少しだけ抜け出して夜の町を歩いていた。魔族の住処に近いせいか、この町の住民は特に魔族を恐れている。
買い物で遅くなった親子が通り過ぎる時も……
「ほら、早く帰らないと魔族が迎えに来ちゃうわよ」
「うぇーん! やだやだぁ! おうちかえるぅ!」
悪さをして叱られる若者も……
「こらお前ら! 魔族の土地に放り出すぞ!」
「と、特別自治区なんか怖くねえし? こ、怖くねえし!」
この国では清く正しく生きるためには魔族という存在が不可欠なのだ。ある意味魔族は悪者を成敗する存在として認識されていて、それもまた魔族にとっては心地が良い。
このジュナイダ共和国内において、魔族は恐れられる存在であっても悪者ではないのだ。
「あぁ、やっぱりこの国は最高だ、ガイア国は魔族が悪者みたいな扱いだからな」
ジタは思う存分人族の恐怖を掬い取り、しっかりと英気を養った後、来た道を戻り始める。石造りの家々が石畳の道の両側に立ち並ぶ田舎町。いくら観光地とはいえ、メインストリート以外にはあまり用がない。
けれど、ふと路地に曲がる所へと差し掛かると、そこに集まっていた数人の男の会話が耳に入ってきた。
「魔族の仕業だと言うんだが、本当だろうか」
「魔族の気に障るような事をしたんじゃねえのか? 誰かがこの町で悪さをしたのさ」
「けどよ、こう連日魔族が現れるなんて事あると思うか? この町の住人か、旅人の仕業って可能性もある。魔族を悪く言うと祟られるぞ」
ジタはふと魔族が話題に上っている事が気になり、その近くまで寄って路地の暗がりを確認した。
「……これは」
そこにあったのは、無残にも切り刻まれた羊の姿だった。多少は喰われた痕もあるが、少し腸が見える程度で明らかに食べる目的でも毛を刈る目的でもない。
食べるために襲う肉食動物、加えて恐怖心を駆り立ててなぶり殺し、その血肉を貪る魔物とも違う。人族の仕業なら立派な毛を刈る事だろう。
「チッ、めんどくせえことになったな」
ジタは早足で立ち去りホテルに戻ると、すぐに魔王城に電話をかけた。一般には知られていないが、魔王とジタ、家臣、それに人族の代表だけが番号を知っている電話があるのだ。
もちろん、これは連絡が取れなければ困る人族が魔王城に設置したものである。
『魔王城執事室だ』
「ああ、俺だ、ジタだ。親父かガルグイいるか」
『ガルグイ様なら、少々お待ちを』
ジタはガルグイを呼び出し、先程マイルの町で見かけた羊の死骸、そして町の者たちが魔族の仕業だと疑っている事を話した。思った通り、魔族の襲撃ツアーや怖がらせるために人族と示し合わせた行動ではないらしい。
『ジタ様、人族への被害は何か聞きましたか? 怪我や命を落とした者は』
「いや、それはいないみたいだ。今はな」
『ならず者……我々が始末しなければなりませんね。坊ちゃんは視察を中断し、一度魔王城へお戻り下さい』
「そういう訳にはいかねえ。人族の面白い2人組にそっちを案内してやるって約束してんだよ」
「人族と!?」
ガルグイは電話口で思わず声を荒げた。魔族と人族がつながっている事をジタが喋ってしまったと思ったからだ。
「落ち着け、ソルジャーのひよっこ2人組だ。俺の事はちゃんと人族だと思ってる。俺が魔族だと言っても絶対に信じなさそうな馬鹿だから安心しろ」
『とにかく、それならば早々に切り上げて城まで。ならず者が何名かも分からない中、今の魔族の方針に反対する者が坊ちゃんを誘拐でもしたなら……』
ガルグイがジタの心配をしていると、ホテルの従業員が慌ててジタの許へと駆けてきた。ジタはガルグイにまた掛けると言って電話を切り、従業員へと振り向いた。
「お客様、ま、魔族が現れたとの事です、至急部屋にお戻りください!」
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