035 掃除のおばちゃん、例のパーティーを救う。
チャッキーが小さな窓がある受付のテーブルに飛び乗り、その声でその場に居た者たちが一斉に窓口の左の柱へと視線を向ける。柱からわずかに見えるのは軍服。一般人ではなさそうだ。
10秒ほど粘っただろうか、隠れてやり過ごすことはできないと判断した不審者は観念したように姿を現した。
「アマン少尉……なぜそんな所に?」
「いやあ、はははっ……若者が窓口にいたので、何かあったのかと……」
アマンと呼ばれた男は深く帽子を被ってつばを持ち、極力エインズたちを見ないようにして俯いている。少尉と呼ばれた割には一般兵の前でモジモジと自信無さげなのが気になり、ニーナは怪しんでいるようだ。
「ほら、エインズ様、ニーナ様。思い出して下さいませ、あの時の男と同じニオイがするでしょう」
「……えっ、ニオイで判断したの? 見た目じゃなくて?」
「わたくし1匹の時は顔で分かりましたが、近くに寄って確信した次第です」
「人族の鼻じゃ分かんないよチャッキー」
エインズとニーナはチャッキーの言うことを信じていないのか、ニオイなんて似ている人は沢山いるはずだと笑う。周囲の者も、まさか少尉ともあろう者が人さらいに加担するはずがないと思っているようだ。
「精霊ちゃん、見間違いや嗅ぎ間違いがあっても大丈夫。そんな日だってあるわ。ご主人様を大事にね」
受付の女性が穏やかに微笑みながらチャッキーを宥める。だがチャッキーは自分の目と鼻を信じていた。
「大変申し訳ございませんが、お顔を見せていただけませんか? 人違いであればこちらの不躾という事で謝罪いたします」
「チャッキー、まだ言ってるのか?」
「ええ、わたくしの勘違いであればそれに越したことはないのです。どうかお顔を」
チャッキーが大きな目でうるうると見つめると、周囲の者もアマン少尉に対し「顔くらい見せてあげてはどうでしょう」と言ってくれる。エインズもニーナもチャッキーがそこまで拘るのならとお願いをした。
「わ、私は忙しいのだ! 失礼する!」
そう言って少尉が俯いたままくるりと背を向け、足早に立ち去ろうとした。その時だった。
「きゃああ!」
「うわっ!?」
乾いた金属音と、何かが床に落ちた音、そして2人の人物がその場に尻もちをつく音が受付前のフロアに響き渡った。アマン少尉がその場を立ち去ろうとした時、そこには運悪く掃除のおばちゃんがいたのだ。
バケツは転がり水がこぼれ、その場は水浸し。
モップを踏んで転んだアマン少尉は、水たまりの中であおむけになっていて、パンチパーマのおばちゃんは座り込んだまま、恥ずかしそうにスカートを押さえている。
誰も気にしていないなどと言ってはいけない。女性は何歳になっても女性、たとえ緩めのパンチパーマとエプロンが妙に似合う風貌になっていたとしても、女を捨ててはいないのだ。
「あらあ! 大丈夫かしら、ごめんなさいねえ……うふふ、わたしったらうっかりしちゃって」
「気、気をつけろ……あ痛てて……」
帽子が手の届かないところまで飛び、後頭部を打ったのか目を瞑って唸っているアマン少尉。その顔を見てようやくエインズとニーナはこの男の事を思い出した。
「あー! この人です! ソルジャー志望のフリして嘘ついてた人!」
「俺にお腹が痛いって言って近づいてきたときと同じ顔です!」
「ほら御覧なさい、わたくしがお伝えした通りでしょう? この者がエインズ様を攫おうとした悪党です!」
痛そうに後頭部を押さえる少尉を心配していた者たちは、エインズとニーナの言葉を聞いて一斉にアマン少尉を睨みつける。
「……確か、アマン少尉は春にダイナ市に出張していましたね。この子たちはダイナ市でソルジャー試験に合格している……」
「や、やだぁ! 確かにこの男の子ちょっと可愛い顔してるけど……アマン少尉ってそういう人だったの?」
「美少年好きだったなんて……いや、むしろ美少年のブローカー!?」
「見損ないましたよアマン少尉!」
エインズやニーナが何かを言うまでもなく、アマン少尉の評価が急降下していく。
痛む後頭部を押さえつつ、涙目で違うんだ、そうじゃない、と否定しているが、エインズがその時どんな事を言われたかや、周囲にはたくさんの受験者がいた事などを説明すれば、アマン少尉にそれを覆せる材料はなかった。
「俺、もしあの時ついていってたら……売られちゃってたんだ」
「少尉、この子らがソルジャー志望の段階だったとはいえ、ソルジャー協会をも敵に回しかねないんですよ!?」
「ち、違う、そうじゃないんだ! あの時俺は……」
「だったら何ですか? ソルジャー志願者のフリして近づいて、いったい何を?」
アマン少尉は真実を言うことが出来ない。強すぎる少年がソルジャーになっては困るなどとは、口が裂けても言えないのだ。魔族との協定は関係者以外への漏洩が固く禁じられている。
なんとか嘘で誤魔化そうとしているが、頭を打って痛むせいか良い案が浮かばない。
「あら、あなたアマン少尉さん? 大変、ジョージ大尉がお探しでしたよ! びしょ濡れにさせちゃって本当にごめんなさい、わたし床しか見てなかったもんだから」
そんな時、掃除のおばちゃんは立ち上がりながらややピンクが目に痛い制服をポンポンと叩き、モップを手に取って少尉に探している人がいたと伝えた。いや、伝えてしまった。
ジョージ大尉……その言葉を聞いて、周囲にいた1人の若い軍人の男がピンと来てしまったのだ。
「確か……ジョージ大尉はアマン少尉の隊の統括責任者ですよね。アマン少尉はこの少年を狙っていた。そしてこの少年たちをダイナ市へ移送するように命じたのはジョージ大尉……」
「はっ!? もしかして黒幕はジョージ大尉!? ジョージ大尉が美少年ブローカーの元締め……!?」
「ダイナ市で攫おうとした事と無関係とは思えませんね! 点と点が線でつながった、そんな気がします!」
「そ、そうじゃない、そうじゃないんだ! 詳しくは言えないが信じてくれ! そうじゃないんだ!」
美少年ブローカーという単語を聞いて、事件の匂いがしたのか掃除のおばちゃんまで参戦してしまう。
「んまぁ! 軍を隠れ蓑にしてこんな可愛らしい男の子に……駄目よそんな、怖いわぁ、ひゃー! あーやだやだ! そっちのお嬢ちゃんもぼくちゃんが居なくなって1人になったところを……ひゃー! あー怖い怖い!」
「ジョージ大尉の言うとおりにしちゃいけないですよ、ダイナ市に向かわせるのは危険です! 君たち、何もお咎めは無いんだろう?」
「は、はい、無いです……どうしよう、俺たち人攫いグループに狙われてるんだ」
「どうしよう……わたし怖くなってきちゃった」
「君たち、早くここを離れるんだ。俺たちが何とかしてやる、行け!」
勘違いが勘違いを生み、結果としてエインズたちにとっては一番良い展開に落ち着いた。あらぬ疑いを掛けられたアマン少尉が恨めしそうに見つめる先には、足早に施設から出ていく2人と1匹の姿があった。
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