【4】魔王様、準備する。
036 例の少年たちと国境。
【4】魔王様、準備する。
軍の施設から解放されて数日が経った。空は白と青に染まり、夏も近いというのに清々しい。
そんな絶好の移動日和にエインズ、ニーナ、チャッキーは隣国との国境に差し掛かっていた。
これから入国するのはジュナイダ共和国。ガイア国とジュナイダ特別自治区との間に位置する小国だ。
「初めての外国ね! 国が違えば文化が違うって言うけど、とにかく街並みがカラフルだったり、山岳地帯ならではの観光や特産品があったり、一度は訪れたかったの!」
「俺もそういうの期待しちゃうな。ああ、でもなるべく観光は魔王の腕輪を手に入れてからがいいや。今のままじゃ満喫できそうにない」
「この国を端をちょっと縦断すればすぐに暗黒の地ジュナイダなのでしょう? ニーナ様、観光はエインズ様のためにも少しだけお待ちいただけませんか」
「そうね、国は逃げないもの。でも1泊するくらいはいいでしょ?」
「うん、俺は部屋でチャッキーとのんびりしているよ」
もともとはジュナイダ特別自治区もこの小国の一部であったが、魔王の城が領土内にあることに怯えて放棄し、己の国力で守れる範囲に領土を縮小させたという経緯がある。
その当時はまだ人族と魔族の間に密約が交わされていなかった。結果的に魔族に領土を明け渡した形になったのだが、そのおかげで魔族もまた安住の地を手に入れることができた。
密約が交わされてからは魔族が「領地」から出ずに留まれるように図らったとして、各国上層部から評判がすこぶる高いのだという。
ガイア国の北東に位置し、地図で確認すればジュナイダ共和国の西端がほんの僅かだけ、ジュナイダ特別自治区とガイア国を隔てているのが分かる。
この国境を越え、ジュナイダ共和国内を1日も歩けば特別自治区。旅は順調に思えた。
だが、今までの道のりは全く順調とは言えなかった。鉄道が北へと延びていないために徒歩か馬車しかないのは仕方ないとしても、橋は落ち、街道は封鎖され、軍事演習に足止めされ、幾度となく行く手を阻まれてきたエインズたち。
この国境だけはすんなりと通過出来る……などと甘い展開は期待できなかった。
「だから! ちゃんと身分証は見せたわ! ソルジャー章を持っていれば査証も要らないはずよ!」
「それだけでは足りんと言っているのだ。滞在の許可はすぐには出せん」
「え? ソルジャーの旅券(パスポート)は身分証で代用できるし、ソルジャー協会によって入国資格は保証されているはずですよね? きちんと私たち調べてきました」
「それはあくまでも審査の手続きでしかない。最終判断は我々がする」
エインズたちは国境で入国の長い列に並び、やっと回ってきた順番もむなしく、今しがた許可を保留とされたところだ。
手続き上エインズたちに何も落ち度はない。先日の連行騒ぎは、表向きは軍の勘違いによって2人を拘束したという不手際だった事になっている。
しかし、元々軍そのものはソルジャーをあまり良く思っておらず、さらにはここ数日審査が厳格になっていた。
審査が厳しくなっているのは、もちろんエインズを魔王に近づけたくないという思惑によるものだ。商人や普通の旅行者は目的を確認されるとすんなりと通してもらえるのだが、生憎ソルジャーは審査が長くなっていた。
エインズたちの他にもソルジャーが待たされていて、パーティーによっては半日立ち往生なのだという。
「よう、お前ら年恰好からしてルーキーだな」
「あ、はい。なんだか……ソルジャーだけ審査が厳しいですね」
「ああ。軍の奴らはソルジャーを目の敵にしているからな。組織の許可なく動けない奴らからすれば、自分の意志で気ままに動けるソルジャーが憎らしいんだろうよ」
「先日は無実のソルジャーがこの南で捕まったらしい。ソルジャーを見たらまず疑えなんて指示が出てるそうだ」
実際はそうではなかったのだが、軍がそのようにわざとソルジャーに噂を流している。それには理由があった。エインズたちだけを狙っている事がバレないようにするためだ。
ソルジャー全体に厳しい目が向けられているとなれば、エインズたちが足止めされていてもそれは仕方がない事として映る。そんなに長時間足止めはできないにしても、その時間で出来ることはあるのだ。
* * * * * * * * *
「魔王様!」
「なんだ、ガルグイ。騒々しい」
「人族からの連絡が……例の少年がジュナイダ共和国への入国を希望していると」
「例の……ああ、俺を倒すとほざいているガキだな。あれから暫く経ったが実際にそいつはどうなんだ」
ジュナイダ特別自治区にそびえる魔王城。その不気味でいかにも暗黒という表現がふさわしい城内……の奥のファンシーな一室では、魔王がピンク色のソファーに寝そべって本を読んでいた。
「はい、怪力による騒動は起こしていないようですが、軍が制止を試みるも、簡単に突破されてしまったと……」
「大砲か何か打ち込んだのか」
「いえ、さすがにそのような事は人族同士では出来ないらしく、捕えようにもまるで罪というものが無いのだと……」
ガルグイと呼ばれたガーゴイルは困ったように俯き、今後の動きの判断を仰ごうとしていた。だが困っているのは魔王も同じだった。
「また有力者を集めて勇者脅しをしないといけないのか? 面倒くせえなあ。だいたい誰だよ、魔王を討伐なんて最初に考え付いた奴! 今時魔王討伐だなんて誰が得するんだ!」
「そ、それは……やはり人族にとって魔王様はこの世で一番恐ろしい存在ですから、立ち向かうことで強さを誇示したいのだと」
「強さの誇示くらいで命狙われちゃたまったもんじゃないよ。俺を倒して、魔族の王を討ち取った~はいこれで魔族は無力になった~なんてあり得ないだろ! 人族は夜中にトイレ行くの怖がってるくらいでちょうどいいんだよ!」
魔王はうんざりしてソファーに顔を埋める。
「俺、あの辛気臭い玉座で待ち構えるの嫌いなんだよね。なんか清潔感がない」
「人族が恐れているものに寄せた結果ですからね、仕方がない事ではありますが……」
「それで? 人族側は何と言ってきている」
「はい、魔王様に、できればお逃げいただいた方がいいのでは、と」
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