034 例のパーティー、捕まる。p03
ニーナの次はエインズの取り調べの順番が回ってきたようだ。
部屋に入ってくる時にはすで生気がなく、しかしそんな悲しみに暮れた様子とは裏腹に、手袋を外されているため早速ドアを壊してしまったエインズ。
腰掛けようと椅子を引いたら椅子の背もたれが握力で砕かれ、渡されたペンは3本握りつぶした。
もっと言えば机に手を掛けた瞬間に真っ二つに折ってしまったので、エインズは立ったまま、取調官も調書を自分の膝の上に置いて書き辛そうにしている。
「そんな力を発揮して何のつもりだ? いつでも逃げれるんだぜとアピールしているつもりか?」
「ち、違います……俺、そんなんじゃなくて、ただ普通にしたいだけなのに」
「軍の封鎖を巧みに掻い潜って北へ向かう目的は何だ?」
涙を堪えようとして全く堪えきれていないエインズに対し、取調官はなんだかいじめているような気分になっていた。気弱で頼りなく優しそうな少年の、その言動の不一致は取調官の頭を悩ませる。
「封鎖されてる時はずっと待ってました。演習だとか、魔族が出たとか、全部ちゃんと封鎖が解除されるまで待ってました」
「……そこが分からんのだ。確かに俺達はお前らを捕まえるように命じられた。だがどうも……軍が何か勘違いをしているような気がしてきたんだ」
軍の者とはいえ、魔族と人族の協定を知るのはごく一部の者に限られている。この取調官をはじめ、現場で動く者達はほぼ知らないと言っていい。
「手枷を壊すのはうっかりだと? いつでも逃げられる状態を作っている訳ではないのだな」
「だ、だって、逃げたら全国に指名手配されちゃうじゃないですか! 悪い事したなら謝ります……」
「失礼します!」
エインズがまずは屋根に上がった事から謝ろうと頭を下げ、力なくすみませんと口にした時、取調室に連絡の者が入ってくる。ドアは先程エインズが壊してしまったため機能していない。
こんなにもオープンな取調べなど、今までになかったことだろう。
「エーゲ村の件、確認が取れました!」
「ほう……それで結果は」
「この者達はシロです。エーゲの村長や宿の主人から厭味をさんざん言われましたよ」
「それで?」
「『たった2人で魔族を追い払ってくれたソルジャーを捕えるとは、間に合いもしなかった軍人様のメンツがさぞ潰れたことでしょうな』と。腹いせも度が過ぎると」
「あの村……観光地として納税額が高いせいか態度がでか過ぎる。軍にも遠慮がない」
エーゲ村では今「英雄の湯」が大好評となり、「英雄まんじゅう」「英雄水」などありとあらゆる商魂が込められた土産物が生み出されているという。そんなエーゲ村が冤罪で掴まったエインズ達を庇い、軍を非難するのは当然だ。
そんなエーゲ村の証言により、少なくとも疑いの1つは晴れた事になる。
「住居不法侵入は実際に訴えている者が誰もいない、地形に関してはここ最近の軍による演習の方が非難されかねん状態だ。何故お前は目をつけられている」
「そんな事、命令した人に聞いて下さいよ……」
軍人は膝の上に置いていた調書の紙を床に置き、取り調べる必要性などないと判断した。次からは気をつけろと言ったとことで何に気を付けさせるのか。
「ひとまず今の状況では拘留するための理由がない。上に報告して、問題ないと判断してもらえばお前らは解放される」
「良かった! あの、チャッキーもいいんですよね」
「人の法律では猫も精霊も裁けん」
エインズは安堵のため息をつき、そしてこれで取り調べは終わりだと察して笑顔になった。だが、この場に限ってはそのまま帰れる状況にない。
「だがエインズ・ガディアック。ここの机、それに椅子、そしてそこの扉! そのままで帰しはせんぞ。追い回されないうちに弁償することだ」
「……うっ、ご、ごめんなさい」
* * * * * * * * *
エインズが馬鹿力の持ち主だという話が広まり、早々に手袋や装備を返してもらった2人と1匹は、上の判断が下されるまで施設の空き部屋で待たされていた。
檻などに入れる必要がないと判断されたのは、何もそこまで悪いことをしていないからではない。檻に入れたところでエインズにその気があれば鉄格子など意味をなさないと分かったからだ。
「俺たちを捕まえるように言った理由は取り調べの軍人さんも分からないって言ってたけど」
「処罰の根拠を持たずに捕まえるなんて、あるまじき行為よ! こんな拘束が通用するなら軍にとって目障りな人なら誰だって拘留されちゃうわ」
「確かに……」
「危うく社会奉仕刑になる所だったのよ? 軍の横暴だわ!」
「社会奉仕刑? それって何かあるの?」
「大ありよ! 世にも恐ろしい罰だと思わない? 思うでしょ? 街角で良い事させられるの、みんなの前で! 良い子スタンプを貰う所なんて見られたら……」
「あの……話の途中に申し訳ございません。そういえばわたくし、お2人とは別の場所で待たされていたのですが、ソルジャー試験の際にエインズ様を攫おうとした人物を目撃しました」
「えっ、本当!?」
エインズとニーナが驚いてチャッキーのキラッキラな目を見つめる。
なにせ体は猫なので表情で何かを伝えるのはとても苦手なのだが、凛々しく座り、目をしっかりと開いて尻尾をゆっくり動かしている様子から、かなり自信があるらしい。
「軍人に囲まれておりましたので、きっと悪いことをして捕まったのでしょう」
「まあ、人を攫おうとするくらいだから何かしてそうよね」
ソルジャー試験の際にエインズに腹痛と偽って近づいてきた人物を思い出し、ニーナは天罰が下ったのだと頷いている。そこに形ばかりのノックが聞こえ、返事をする前に取調官とは違う軍人が1人現れた。
「……エインズ・ガディアック、それにニーナ・ナナスカだな」
「はい、そうです」
「治安維持部のジョージ大尉から温情措置をいただいた、幸運だったな」
「という事は、帰っていいんですね!」
エインズとニーナは今度こそ大声で「やったー!」と叫び、嬉しそうに帰り支度を始めた。チャッキーはしっかりとリュックサックの中に潜り込み、皆準備万端だ。
「帰る前に手続きをする必要がある。こっちへ」
お咎めなしだと喜ぶ2人と、当然ですよと憤慨しているチャッキー。しかし手続きと言われて訪れた窓口で告げられた内容に皆は愕然とした。
「あなたたちを一度、登録したソルジャー管理所まで移送します。この近くだとマイス市かしら、それともベリンガ市? ……あら、最南端のダイナ市なのね」
「えっ!? 移送!?」
「そ、そんな、困ります! せっかくもうすぐジュナイダ特別自治区に入れるのに!」
幾度となく道を塞がれ待たされ、ようやく2か月近くかけて国を北上したというのに、これで南に移送されればまたここまで来るのに往復で4か月近くかかる。それだけはどうしても避けたかった。
そんな時、窓口の先の柱の陰に、チャッキーが不審な人影を見つける。
「あっ、あの者です! あの者がエインズ様を攫おうとした悪者です!」
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