028 例のパーティー、英雄呼ばわりにあう。
「ひぃぃ!」
「おい待てよ婆さん! 良い子が現れたってなんだよ、おい、婆さん!」
「婆さん婆さん煩いわい! お前の方が100も上じゃろが!」
「婆さんなのは事実だろうが! どういう事か説明しろ!」
撤退というよりは敗走と表現する方が相応しいような魔族達は、村の明かりが見えなくなるほど走ったところでようやく立ち止まった。
「わ、ワシの存在意義を全否定する子供じゃった、あれは……あの小僧は……」
クランプスはしわくちゃな顔の皮膚が伸びたような、全く覇気のない表情で膝から崩れ落ちた。手に持っていた鎖鎌を握る手にも力が入らず、周囲の魔族が心配そうに取り囲む。
「大丈夫か!? おいしっかりしろババア! ババアしっかりしろ!」
「ババア! 大変だ、ババアが」
「ババアババア煩いわい! ……婆さんは百歩譲るがババアは許さん!」
「悪いバ……婆さん」
魔族の1人が歩く事も難しいほど弱ったクランプスを背負い、皆で街道を行儀良く並んで北上していく。魔族は人々の恐怖心を煽りたいだけで、決して無秩序な悪者ではないのだ。
「最近は人族も勢いがねえよなあ、悪人なんておとぎ話の域だぜ」
「なあ、今度人族から悪党狩りの要請が来てるの知ってるか?」
「ああ、知ってるぞ。ソルジャー崩れが商人や村を襲ってるって話だろ? 悩んでんだよなあ……」
悪い事をすれば悪魔に連れ去られる……という童話を読み聞かせられた子供は多い。魔族にとって、悪人が感じる恐怖は何よりのご馳走だ。通常なら誰もが諸手を挙げて参戦したいところだが……。
「お前ん家、ロケットランチャー何基持ってる?」
「1基もねえよ。だいたいショットガンやアサルトライフルで戦ったって達成感ねえんだよなあ」
「今時こんな脅かしイベント以外で鎌や斧、もしくは爪だけの丸腰で戦うなんてありえねえのは分かってんだけど」
「でも自分の手で切り裂くあの瞬間はたまんねえよ」
「分かる!」
近代化の波は何も人族だけに押し寄せている訳ではない。今時魔族だって人族に対抗する銃器の1つや2つ持っている時代だ。相手が強力な武器を持っているというのに、丸腰で向かう程愚かではない。
「つか人族の軍隊は何やってんだか。ソルジャーが滞在しているなんて聞いてなかったぞ」
「ったく、人族のモラルっつうもんはなってねえよ」
魔族達はここぞとばかりに居合わせたエインズ達を非難する。きっと人族の軍隊が街道を封鎖している地点に到達したら、ここぞとばかりに人族に襲われたと文句を言うのだろう。
* * * * * * * * *
魔族たちが退散した後、エーゲ村ではいつもならもう寝静まる頃だというのにお祭り騒ぎになっていた。
「たった2人の、それも新人のソルジャーがあの大群を追い払ったんだぞ! すげえや!」
「あんた達がいなかったらこの村がどうなっていたか……」
「ああ、まるで軍の動きや橋の架け替えに合わせたような襲撃だったが、あんた達は救世主だよ!」
「銅像でも作るか!」
「いや、温泉をいつでも無料で使って貰おうじゃないか!」
「勇者の湯……うん、いいなあ勇者の湯! 響きがいいと思わないか、なあ!」
「英雄風呂の方がカッコイイべ? なあ!」
エインズとニーナを勇者だ、英雄だと称えて村を挙げての大騒ぎ。宿の主人は今日の宿泊はタダでいいとまで言いだし、村でもとびきりの温泉へと頼んでもいないのに連れて行かれる。
1発ファイアを撃ち、威嚇射撃を1回行っただけでこの有り様。当然2人は事態にまったくついていくことが出来ていない。
「えっと、俺、何かしたっけ?」
「私も何もしてないわ、良い子がどうとか言ってたけど……」
「ひょっとして、過去の英雄が俺に似てたのかな、人違い?」
「あり得るわね……」
有り得るも何も、おおむね勘違いと言って間違いないのだが、真相を知らない皆には魔族を殆ど被害なく追い払えたという事実しかない。
そんな中、チャッキーだけは日頃爪しか鋭くないというのに、珍しく勘が鋭かった。
「きっと、エインズ様は魔族が付け入る隙もない程にお利口で、良い子なのですよ。エインズ様の存在が魔族にとっては神々しくて敵わなかったのです」
「あはは、そんなまさか! 良い子にしてたら魔族に狙われないなんて小さい子向けの作り話だよ」
「ふふっ、そうよチャッキー。魔族ってのは良い子の血肉が御馳走なんだから」
「なんと! エインズ様を食べさせるわけにはいきません、エインズ様が良い子なのは内緒でお願いしますよ」
村人達に案内されるがまま、エインズ達は村の水源に近い天然温泉に案内された。観光地だからか、入り口は立派な白壁に光沢ある樫で作られた両開きの大きな門。
玉砂利が敷き詰められた中に飛び石が置かれ、その先には木造の立派な一軒家が建っていた。
床、壁、カウンターまでもが檜で作られ、ランプで灯された屋内は木の香りが心地良い。
「さあ右が男性、左が女性用でございます!」
「猫ちゃんは湯船でなければ特別にどうぞ、さあどうぞ!」
「あ、有難うございます……」
村人のニコニコにも程がある笑顔に多少不安を覚えながらも、2人はそれぞれ暖簾をくぐって入っていく。
「なんだか……温かい村だね」
「エインズ様のご活躍に応えようという人々の気持ちが伝わりますね」
エインズは服を脱いでタオルを腰に巻き、毛皮を脱げないチャッキーと共に風呂場に入る。チャッキーを抱えてチャッキーに扉を開けて貰うと、そこは露天風呂になっていた。
「うわあ……」
「立派な岩風呂でございますね。わたくし猫と違って目はいいので、この星空の綺麗さはエメンダ村を思い出します」
「うん、暫くは帰れないからちょっとさみしいよ」
なるべく石に掴まったりしないように注意しながら湯船の縁に向かうと、エインズはチャッキーに桶を持って貰いかけ湯をした。
「うっ、熱い……チャッキーは桶の中で大丈夫?」
「ええ。少々はみ出そうですが、このギリギリの狭さがたまりません」
1日の疲れをゆっくり癒し、エインズは湯船に浮かぶように頭だけを湯船の縁に乗せて寝そべる。隣には女湯があるのか、ニーナが「熱っ!」と口にしたのが聞こえた。
「今日は……なんだか初めてソルジャーとして求められた気がするよ。何もしてないけど」
「誰一人ソルジャーが居ない中、被害を出さずに追い返す事が出来たのですから。何もしてないなどと言わず胸を張って下さいませ」
「こうやって称えてくれたからには、それに恥じないように頑張らなくちゃ。いつかは弱さを手に入れるんだ」
「エインズ様、拳に力が入っておりますよ」
「おっと、そうだった」
エインズが訳の分からない決意をしている頃、温泉の入り口の門では村人達が慌ただしく動いていた。
温泉の名が掲げられていた大きな木製の看板が外され、達筆な新しい看板に掛け替えられているようだ。
暫くしてこの看板を見るエインズとニーナは、いったい何を思うだろうか。
<英雄の湯……村を救った勇敢な旅人が戦いの傷を癒した伝説の湯です>
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