【3】例の少年、北へ。
024 例の少年、初めての村を疑う。
【3】例の少年、北へ。
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なりたい自分を想像し、ひたむきな努力を続けたなら、たいていはほんの僅かでも上達するものだ。
「凄いじゃないエインズ! ばっちりよ!」
「やった……成功だよ!」
「ああ、素晴らしいですエインズ様……とうとう成し遂げたのですね」
エインズとニーナがソルジャーになって1ヶ月程が経った。この期間でエインズは防具を購入し、武器も家庭用ナイフから戦闘用の短剣に変わった。
ニーナはリボルバーの他にショットガンを購入し、更にはロングソードも扱うようになった。勿論ショットガンのグリップもピンク色のパネルが張られ、フォアグリップもピンク色に塗られている。
銃に可愛らしさを求めるその姿勢にエインズは首を傾げたが、ロングソードの柄までもピンクに塗ったニーナに対し、何かを言う気は失せたようだ。
チャッキーはエインズが肩掛けの鞄からリュックサックに替えたことで、移動中はリュックサックに入って顔だけ出すというのが定位置になりつつあった。巷で「あ、例のリュックキャットだ」と呼ばれている事をチャッキー本猫はまだ知らない。
そんな駆け出しソルジャーとしては異例な程順調に装備を固めてきた2人とリュックキャット。
彼らはエインズの鍛錬の成果に手を取り合って喜んでいた。
「まるで焚き火並よ! ここまで出来るなんて……腕を上げたわねエインズ!」
「うん、とうとう俺も『弱火』をマスターしたよ! やればできるんだ、俺だって出来るんだ!」
「ああ、エインズ様が念願の普通をまた1つ手に入れられた……わたくし感動のあまり視界が潤んでおります」
何かと思えばエインズが一般的な火力と同等の威力で、ファイアを発動させたという事らしい。威力を上げる為に大金を叩いて魔力増幅の道具を揃え、一流の装備を着込むソルジャー達には、とてもじゃないが見せられない努力だ。
反対にニーナはあまり魔法に向いていなかったのか、家庭用コンロ並みのファイアしか発動できず、水魔法のウォーターも急須から出るような、弱々しい水量にしかならなかった。
よって、この旅で魔法を武器や魔物処理として使うのであれば、エインズの魔法制御がどうしても必要だった。
「よし、このまま北を目指すわよ!」
「ワクワクするよ、冒険って感じだね。このまま北上してジュナイダ特別自治区に入れば……魔王の城があるんだ!」
「ちょっとちょっと、私達ソルジャー1か月目よ? 相手は魔王なんだから慎重にいかないと」
「早く弱さを手に入れたいんだ、ああ弱くなりたい!」
この1ヶ月、ニーナはエインズの身体能力に何度も助けられた。
相変わらず攻撃は当たらないが、エインズはニーナの盾となって鉄壁も真っ青なガードを披露し、エインズが分厚いスポンジを仕込んだ小手をはめている時なら、遅くなってもおんぶして街まで送って貰う事が出来た。
今だって、本当ならエインズにおんぶして貰って北の町を目指すことは可能だ。
でもニーナはエインズの優しさに甘える事と、利用する事は違うと弁えていた。
「弱くなりたいって、他のソルジャーが聞いたら喧嘩売ってんのかって怒られそう」
「そうだよね、何でも全力出しやがってって……力加減も出来ないボンクラだって思われるよね」
「あー……いや、うん……私この場合何と言えばいいんだろう」
「エインズ様を悪く言う者を見過ごすことは出来ませんが、喧嘩なんて売らせません、ご安心ください。買った相手が死んでしまいますので」
「是非そうして」
ダイナ市の中で、このところエインズが「めちゃくちゃ強い」という話が急激に広まりつつあった。
試しにこれを殴ってくれ、試しに全力でファイアを唱えてくれ、試しに走って見せろ……そう言って近づく者が日に何人も現れるようになると、エインズは次第に元気を失くしていった。
本当はそうではないのだが、加減できない自分が馬鹿にされていると思い、エインズはその度にとても落ち込んでしまう。
そのため、次の町では少しでも普通でいられるようにと、ダイナ市の近隣のクエストを受けつつ特訓を続けていた。エインズの事を知らない人ばかりの町で、エインズを安心させてやりたかったのだ。
「エインズ、大丈夫よ。あなたの努力は私やチャッキーが分かってるもの」
「でも、努力は結果にならないと意味がないんだ。努力したけど壊しましたって、言い訳にもならないよ」
「エインズ様は人や物を変える前に、まず自分が変わりたいと願われたのですよ。出来るまで何度でも頑張りましょう、エインズ様」
「うん、俺もいつか絶対に弱くなって見せる。力の出し方を忘れてしまった父さんや母さん、村の皆みたいに普通に生きていくんだ」
「ああ、そういう設定なのよね」
「設定?」
「な、何でもないわ!」
何故本気を出さないのかというエインズの素朴な疑問は、村の者達を噓つきにさせた。
本当は強いと言うのなら、その強さを見せてみろと思うのが普通だ。しかし当然村人は強くなんかない。かといって強くないんだと言ってしまえば、エインズへの抑止力はゼロとなる。
そこで両親や村人たちは、「大人は怒って我を忘れると大地を割り、山を砕いてしまう。あまり真の力を知りたがらない方がいい」などという、思春期の子供が喜びそうな嘘で切り抜けたのだ。
エインズが卑屈になることまでは狙っていなかったが、こればかりは仕方がない。
馬車に乗って北を目指せば2日で次の町に着く。けれど馬車の停留所で待つ姿を見られでもしたら、「例の少年が北の町に向かった」という情報が回る事になる。興味本位で付いて来る者もいるだろう。
なのであえて2人と1人は徒歩で目指す事を選択した。道中出くわす魔物の退治も、2人にとっては良い練習になる。
午前中のうちに出発し、平原の先にうっすら見える山に太陽が隠れる頃、ふと遠くに村が1つ見えてきた。地図で確かめるととても小さな村「エーゲ」だと分かり、野宿しなくて済むのならとそこに立ち寄る事にした。
「良かった、ベッドで寝られそうだ」
「あーシャワー浴びたい……この村の宿はどこかしら」
「これ本当に村? 村に住んでる俺から言わせてもらうと、ここは町だよ。エーゲじゃないと思う」
「いや入り口に『美味しい水の村、エーゲ村へようこそ』って書いてあったじゃない」
「罠かな……」
「何のために罠張るのよ」
高い建物はないが木造の家々が整然と立ち並んでいる。
辺境のエメンダ村は、「空いている場所に家を建てました、畑を作りました……道? 通れるところは全部道ですが」がまかり通る。全く違うタイプのエーゲ村は、エインズに町として認識されたようだ。
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