023 例の少年についての報告を魔王様に。p02



「おい親父、お袋が呼んでたぞ」



 魔王が家来のガーゴイルと話していると、部屋の扉がノックもされずに開けられた。そこに立っていたのはまだ若そうな魔族の若者だった。


 親父と呼んだからには魔王の息子なのだろう、しかしその容姿は魔王以上に人族と然程変わらない。


 もっとも黒髪で色黒なのはまだいいとして、瞳の金色は人族としてはちょっと無理があるかもしれないが。



「おお息子よ、ガーラは何と言っていた」


「さっさと庭に来ねえとぶち転がすって」


「そ、そうか! すぐに行こう!」



 魔王は慌ててバスローブのまま部屋を出て行く。魔王が恐妻家などと知られたら、さぞ人族から幻滅される事だろう。


 そんな魔王へと頭を下げて見送るガーゴイルの方が、余程魔王らしい。



「おいガルグイ、何の話をしてたんだ」


「ジタ様、人族が魔王様を倒そうと画策していると情報が入りまして」


「またかよ、めんどくせえなあ」



 この親にしてこの子ありといったところか、息子のジタは魔王と同じ反応を示す。そして先程まで魔王が座っていたピンクのソファーに身を預け、ガルグイへと顎を少し上げる仕草をして続きを促した。



「何でも、今度は身体能力が非常に高い少年だという事で、人族の方も少々困惑しておりましたもので」


「親父に敵うわけねえんだよ。つか何? これ親父が引退したら俺がそういう奴を相手しなきゃいけねえの?」


「勿論でございます」


「もう魔王制やめにしねえ?」


「な、何をおっしゃいます!」



 魔王の息子としてあるまじき発言に、ガーゴイルは思わず声を荒げてしまった。慌てて両手で口を塞ぐも、ジタは自分の主張が突拍子も無い事は自覚していたようで、特にムッとするような様子もない。



「なあ、そのガキって今どの辺りまで来てんの」


「はい、まだガイア国のダイナ市に滞在しているようです。ソルジャーになったばかりでまだこちらを目指すのはしばらく先かと」


「ふうん……」



 ジタはあまり興味の無さそうな返事をしつつ、頭の中で地図を浮かべていた。


 この自治区からガイア国に出てダイナ市に向かう経路を確認しながら、再度「どうでもいいや」と吐き捨てて立ち上がり、魔王のファンシーな部屋を後にした。





* * * * * * * * *






「あの、エインズさん」


「はい!」


「今日は町の外の平原で爆発が起こったと騒ぎになりました」


「……はい」


「あなたですね?」


「……はい」



 ソルジャー管理所に戻ったエインズとニーナは、受付でクエストを報告して報酬を受け取り、互いに潤った懐に満足しているところだった。


 そこへ1人の女性職員が歩み寄って来て告げたのが先の言葉だ。その職員は昨日エインズにファイアの魔術書をくれた女性である。



「どうやったら覚えたてのファイアが爆炎になるんですか! 魔法を専門とするソルジャーが新しい魔法が開発されたのかと煩かったんですよ」


「で、でもちゃんと制御できるようになったんです!」


「見ていたソルジャーの報告を聞きましたが、あの威力を制御したとは言いません」


「……頑張ったのに、俺すっごく頑張ったのに」



 頑張るベクトルが全く違うのはさておき、エインズはとてもガッカリしていた。初めて唱えた時に比べたら、お昼以降はかなり上手くいったと思っていたのだ。


 ちなみにエインズは本来のファイアの威力など勿論知らない。



「とにかく、あなたの力が凄まじいのはよく分かっているつもりです。あのままではいつか焼け野原になってしまうので、水の魔法をあげたいのですが……」


「水魔法!?」


「ええ、エインズさんとニーナさんに。他の新人ソルジャーにはくれぐれも言わないで下さいね。これはその……」


「突拍子もない事をやらかして大惨事にならないため、って事ですよね」


「その通りです、ニーナさん。ファイアもあなたに覚えて貰えば良かったと……くれぐれも気を付けて下さいね」



 職員は茶色い紙袋から2冊の魔術書を取り出し、2人に差し出した。


 何か間違いが起こってからでは遅い。街の周囲の平穏のため……というソルジャー協会側の危機感の表れなのだが、水の魔法を貰えた事に感動しているエインズの心に伝わっているかは分からない。


 チャッキーは魔法に喜ぶ2人の代わりにと、職員の足を肉球でポンポンと叩き、見下ろす職員に2本足で立ち上がって深々とお辞儀をする。



「お優しい職員様、エインズ様とニーナ様への多大なるお気遣い、有難うございます」


「え、ええ……。とにかく、あまり行動が派手だと国軍に目をつけられて監視対象になってしまいますよ。ソルジャーといえども、何もかもが許されている訳ではないんですから」


「そ、それは困ります! 俺は絶対に魔王を倒して……」



 焦ったように自身がソルジャーになった理由を話そうとするエインズに対し、職員は横に首を振ってそれを止めさせた。



「夢を持つことは良い事よ。魔王討伐なんて出来たら英雄間違いなし。でも……現実味を帯びるまで、夢は夢のまま心の中だけにしまっておいた方がいいわ」


「あっ……」



 職員に昨日言われた事を思い出し、エインズはそれ以上を話すのをやめた。



「誰かの夢は、誰かにとっては邪魔したいものかもしれないの。夢は持つべきだけど、言うべき人と場所は選んだ方がいいわ」


「……分かりました」



 エインズとニーナは職員へと礼を言い、そして管理所を後にする。その2人を追うのを一瞬ためらったチャッキーは、意を決して女性職員の足元へと戻り、大きな目で可愛らしさをアピールしつつ1つお願いをした。



「あの……その紙袋、もし不要ならいただけませんか?」



 職員は何故欲しがっているのか分かっていないようだったが、どうせ捨てるだけのものだからとチャッキーに紙袋を手渡した。


 チャッキーは感謝を述べて紙袋を咥え、エインズの許へと駆けて行く。その姿を見て、職員はなんだかお騒がせなくせにのんびりな2人と1匹が、これからどう成長していくのかと、とてもワクワクしている事を自覚していた。



「ねえニーナ」


「ん? 何?」



 管理所を出て数段降りたところでふとエインズは立ち止まった。



「俺はやっぱり夢って……描いて持って、眺めているだけじゃ駄目だと思うんだ」


「さっきの職員さんが言ってたこと?」


「うん。思いは口にしなくちゃ実現しないって、村で教わった」



 エインズの言う事はもっともだ。けれど、ニーナは職員の言っている事も正しいと思っていた。



「でも邪魔しようとする人が出て来るのは本当よ。叶えるために守るのも大切」


「なるほど……ニーナって凄いね。考えがしっかりしてるし……やっぱり頼りになるよ」


「な、何よ急に」



 エインズの真っ直ぐな心に、ニーナは思わず照れくさくなり顔を赤らめる。そしてそれを誤魔化すように足元へと視線を向け、チャッキーへと言葉をかけた。



「チャッキー、あなたさっきから被ったり乗ったり、紙袋をガサガサガサガサと煩いわよ」

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