021 例の少年と初めてのファイア。
「ええっ!? ちょっと、初めての魔法なんだからそんな期待しないでよ……緊張するだろ」
「まあ、ゴブリンの死体相手に発動したって何か不味い事になるわけじゃないし、練習と思ってやってみたらいいわ」
ニーナは倒したゴブリンをソルジャー章の機能で撮影していき、チャッキーはゴブリンが本当に死んでいるかを確認するため、ゴブリンの手首に触れて「脈なしですね」と言っている。
脈なしという言葉はそんなに物理的なものではないはずだが、あながち間違いでもない。
「じゃあ、いくよ……えっと、まず心臓ではなく胃の辺りから湧き出てくるように、魔力の流れをイメージします。次に、唱える魔法の完成形を頭の中で描き、手の平を前に……その手の平から魔法を放つように発動させます」
「え、その初歩を今確認するの?」
「何事も基本が大事ですよ、ニーナ様」
「いや待って、予め読んでおきなさいよそれくらい!」
ニーナはエインズのすぐ右横に立っていたが、少しずつ後ずさりして離れていく。ファイア自体はそんなに強い魔法ではなく、ソルジャーが焚火をする際に便利だとまで言うほどの生活魔法となっている。
しかし、エインズが使うとどうなるか。そう考えて離れるのは危険予知として正しい行動だ。
「エインズ様、わたくしその……一番奥に倒れているゴブリンの持っている骨、あの骨が欲しいのです。ほんのりと炎に炙られた骨というのはひと味もふた味も違いまして、噛みごたえもそれはもう格別なのです」
「分かった、じゃあ一番手前のゴブリンで試すよ。上手くいったら奥のゴブリンで本番ね。チャッキーのお菓子のために頑張るよ」
「わたくしのおやつまで気にかけて下さって感謝します、エインズ様」
チャッキーは尻尾をふりながら炎で炙った骨をイメージしている。精霊だと言い張っているが本当は猫なんじゃないか、などとニーナが苦笑いしていると、ついにエインズの初めてのファイアが発動した。
「ファイア!」
「きゃあっ!」
エインズが唱えると同時に目の前に炎が生成され、ゴブリンへと真っ直ぐに火球が飛んでいく。
そう、エインズの放ったファイアは成功した。が、目的に対しては大失敗と言う他なかった。
「ちょ、ちょっとエインズ!」
「エインズ様、危険です、わたくしの後ろに隠れて下さいませ!」
「うわ、なんかイメージと全然違……う」
火球どころか直径が背丈の倍程もある爆炎球が発生し、衝撃波と共に爆発の重低音が鳴り響く。炎が一気にゴブリンの亡骸を焼きつくし、衝撃と熱との温度差のせいで火災旋風まで発生してしまった。
「ちょっと、炎のつむじ風なんて……これ周りの草に燃え広がったら大変よ!?」
目の前は火の海、煙が立ち上り空を覆い、その一帯だけが薄暗くなる。チャッキーの後ろに隠れるのは物理的に無理なのだが、そんなことにいちいち突っ込んでいられる状況ではない。
「消さなきゃ、エインズ何か水の魔法は!?」
「え、えっと……ない、ファイアしかない」
「あー……そうだわ、布か何かでエインズがめいっぱい扇いで! 風で消えないかしら!」
「もっと燃え広がるんじゃないかな、ああ、どうしよう」
ゴブリンなどもう瞬時に消し炭になっており、これ以上燃やす必要など全くない。ニーナはエインズの腕力で強風を生み出し、それで火を消す事が出来るのではと考えたようだ。
一歩間違えばもっと燃え広がる……が、前方遠くにいたはずのソルジャーの姿はいつの間にか消えていて、頼れる人が誰もいない。
「とりあえずやってみる! ……ふんっ!」
野宿用のブランケットの端と端を持って、エインズが思いきり仰ぐ。
するとブランケットで扇いだ風とは思えない程の風速で空気が流れ、炎が大きく揺れた。場所によってはその風で炎が消え、火炎旋風も消え去った。それでもまだ中心の炎は消えておらず、もう一度扇ぐ必要がありそうだった。
が、2人と1匹はもう一度扇ぐ事を躊躇っていた。というよりは起こった出来事に口をあんぐりと開けていた。
「エインズ、扇いだだけ……よね」
「うん、力いっぱいやった」
「これは……カマイタチというやつですかね」
エインズが起こした風はあまりにも強すぎたのか、風の刃も生んでしまった。その風の刃は、膝程まであった草の背丈を、半分に切り裂いてしまったのだ。
エインズが立っている地点から扇状に草が刈られたその様子に、本人が絶句しているのだからもう叱りようもない。
「も、もっと優しく扇いでみる!」
「あ、ちょっと! また同じことにな……った、なったわ、なっちゃった」
猛烈な風によって炎が根元から剥ぎ取られ、空中に消えていく。今度は火消しに成功したようだ……が、風が届いた範囲の草は、もう根元がやや顔を覗かせている程度にまで刈られている。
「でも火が消えましたよ、お見事ですエインズ様!」
「お見事じゃないわよ、自分で蒔いた火種を自分で刈り取っただけじゃない、その、物理的に!」
「魔法って恐ろしいものなんだ……憧れてたけどこんなものだったなんて」
「恐ろしいのはあんただってば!」
危うく野焼きが始まる所だったが、なんとかなったという安堵でエインズもニーナもその場に座り込む。倒したゴブリンの数は10体ちょうどで、既に3万Gを受け取る権利は確保している。
残りのジャンクウルフとキラーラビットを討伐する時間も残っているが、体力的にというよりも気疲れが激しいようだ。
「魔法も失敗、武器は当たらない。力加減は出来ない……俺もうお先真っ暗だよ」
「あの、エインズ様」
「チャッキー、どうしたの?」
「お先は決して真っ暗ではございません。夢の為にソルジャーになれた、それが輝かしい光への第一歩でございますから」
「チャッキー……そうだよね、ありがとう」
「しかしながら、わたくしのお菓子は真っ黒……お菓子真っ黒ですエインズ様」
「ご、ごめん……」
チャッキーは首だけで器用に斜め後ろを振り返り、ゴブリンだったかどうかよく分からない消し炭の跡を見つめる。
一体どれだけの高温だったというのだろう、「炙った」骨がどれなのか、そもそも残っているのかも分からない。
「上手い事言ってないで次に行きましょ。油とライターはあるから次は私が燃やす、いいわね」
「真っ黒な骨って不味いんじゃ……美味くなさそう」
「何? 何か言った?」
「い、いや何でもない! 行こう、さあ行こう!」
正しく発動させた魔法を見せた時、一体エインズはどんな反応を示すのか。むしろ正しく発動できないエインズに魔法など唱えさせてたまるものか。
そう考えたニーナは、エインズの装備を買い得揃えるお金が貯まった後は、自分も魔法を習得しようと固く心に誓った。
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