019 例の少年、こだわる。
「とりあえずクエストを受けましょ。えっと……昨日はペッパーボアを倒せたのよね?
「うん」
「それはもう勇敢で、ご立派でした」
「ということは、2人と1匹で難易度1の魔物は全部いけるってことね。それなら近場で戦いに慣れましょ、慣れたら沢山クエストをこなして旅の資金を稼ぐの」
ニーナはじろじろと見られている事を気にするエインズの手を引っ張り、管理所の中に入っていく。エインズが掴むのは駄目でも、掴まれるのはセーフなのだろう。
「お、おい! あの私服野郎だぜ?」
「ペッパーボアを2体担いで持ってきたんだとよ」
「そんな奴の手を引っ張って……あの女何者なんだ」
「やべえ奴だって、絶対やばいって、裏社会の総統の娘とかじゃねえのか?」
「あの猫、炎を吐くらしいぞ」
話題なんていつも似たようなものばかりのソルジャー達にとって、規格外の新人が規格外のことをしたとなれば格好のネタになる。当然一緒にいるニーナも規格外扱いされてしまう。
そんな囁きも本人達にはバッチリ聞こえているようで、俯いて光沢のある石の床を見ながらエインズとニーナは恥ずかしそうに歩く。
一方のチャッキーはニーナが手に持っている茶色の紙袋が気になって仕方がないらしい。ニーナの手の振りに合わせてチャッキーの顔も目線で追うように動いている。
入口から入って右側の壁一面に備え付けられた掲示板の前まで来ると、ニーナは難易度1のスペースから適当なものを3つ素早く取り、そしてエインズに受付に出してくるように伝えた。
「難易度1なら問題ないからさっさと受けてさっさと出ましょう」
「分かった。チャッキー」
「はい、畏まりました」
阿吽の呼吸でチャッキーはエインズの胸元にジャンプし、その腕にしっかりと抱きしめられる。そしてチャッキーが両前足の肉球でクエストの紙を器用に挟んだまま受付へと向かう。
ソルジャー達が遠巻きに例の少年だと言っている中、エインズは気付かないフリをして受付に提出した。
* * * * * * * * *
「ゴブリン退治、10体以上で報酬発生。10体3万G、11体目から1体ごとに4千G」
「もうひとつはジャンクウルフね。近郊での退治に限る……1つの群れ平均6~10頭、1組4万G」
「このキラーラビットは殲滅と巣の破壊となっておりますね。1つの巣で3万Gとあります」
街を出て草原へと向かう2人と1匹は、受注したクエストの内容を確認していた。ペッパーボアに比べると弱い相手だが、畑を荒らす、家畜を追い回すなど厄介でよく討伐依頼が発生する。
今年の新人は少ないが、難易度1のクエストを受けるのは新人ばかりではない。やる気の無いその日暮らしのソルジャー達にとっても、1泊の宿に豪華な食事と酒まで手に入れることができる美味しい稼ぎである。
「あっち、早速戦ってるよ。わあ、かっこいいなあ……」
「本当ね。見て、3人で回り込んで倒してるわ。あれがベテランの作戦ってやつよきっと」
新人にとっては、格下の魔物を楽に倒しているなどという構図には見えない。それが例えゴブリンであろうが魔物討伐というだけで、それはもうカッコイイのだ。
「俺達も遅れをとらないくらい頑張らなくちゃ。クエストを始めよう」
「わたくし、兎の巣穴を探すくらいならお前足の物ですよ。キラーラビット探しはお任せ下さい」
「じゃあ、目的地はそう離れてないからキラーラビットの巣を探しながらまずはゴブリンね」
「分かった!」
チャッキーを地面に降ろし、エインズとニーナで周囲を見渡す。背丈のある草に隠れたチャッキーは、鼻や耳をフルに活用してキラーラビットの気配を探っていた。
「……ねえ見て、あの草むらの所、何か動いてる」
「どこ? チャッキーは足元にいるし、魔物かしら、それとも動物? 他のソルジャー?」
「高いところに登れば上から見れるのに……そうだ!」
エインズはその場で履いていた靴を脱ぎ始め、何度か屈伸をする。
「え、何するの? 裸足で走る気?」
「ううん、ちょっとジャンプして上から見るんだ」
「え、何を……って!」
エインズが足をバネのように使って垂直に飛びあがった。エインズが規格外の少年だと分かってはいたものの、ニーナはちょっとジャンプしたくらいで遠くなんか見えるわけがと思っていたようだ。
しかし、自分の背丈はおろか街の建物の屋上にすら届くほどの高さまで飛びあがった姿を見て、ニーナは「ああ、そうだったわね」と呟いた。
タッと音を立てて着地したエインズはニッと笑って靴を履きなおし、ニーナに「何か分からないけど魔物っぽい」と告げる。
「何か分からなかったら駄目じゃない。えっと魔物の手帳、手帳……クエストの紙と見比べて? 対象の魔物?」
「えっと……ああ、これだ。ゴブリンだ。緑色で何か木の棒持ってた」
「ん~なんか爪が甘いのよね……完璧に出来たら最強なのに」
「わたくしの甘くない爪研ぎでしっかりと磨き上げた爪がありますよ、ご安心下さいニーナ様」
「あの、私じゃなくてエインズの事なんだけど」
標的のゴブリンを見つけ、意気込むはずの場面もなんだか締まらない。ニーナにとってはこれがソルジャー初戦であり、本人はドキドキしているというのに……周囲の空気がなんとも和やかなのだ。
ゴブリンは通常1体だけでは動かず群れで行動する。
尖った耳と鼻、ぎょろりと出っ張った目、きちんと閉じることができない口の端から垂れる涎……表現するなら子鬼だ。
それに緑や茶色の肌、人族の腰程の大きさからせいぜい胸元までの背丈で、動物の革を服のように巻きつけている。そんなものが少なくとも数体付近にいると思うと、ニーナは背筋がゾッとした。
「とりあえず1体だけでも確認できた個体を倒しましょ。私がまず痺れ弾を撃つわ」
そう言うとニーナは鎧の脇から1丁のハンドガンを取り出した。何故かお洒落に花柄のシールが張られ、白とピンクの配色というおよそ銃に似つかわしくない38口径のリボルバーには、珍しく8発を装填する事が出来る。
「エインズ、標的の場所教えて……エインズ?」
声を掛けても方角と距離を言わないエインズを不審に思い、ニーナが顔を上げる。そこにはとても残念そうな表情でニーナを見つめるエインズの姿があった。
「……どうしたの? もしかして見失ったの?」
エインズは表情を変えないまま首を振る。そしてチャッキーを抱き上げて悲しそうな顔をまたニーナに向けた。
「じゃあ何? 早くしないと距離が空くほど狙い難くなるの」
「……なんか銃で倒すのって、俺のイメージしてたかっこいいソルジャーと違うんだもん」
「へっ?」
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