018 朝から例の少年と例の少女と猫。
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朝日も昇ってすっかり明るくなった午前7時。
通りには商人の馬車の車輪と蹄の音、勤めに出る者達の足音や喋る声が溢れている。
そのはるか上、建物と建物の間を時折雲ではない影がヒュンっと通り過ぎていく。
「あ、お早うございます、失礼します!」
「へっ!? は、はぁ……」
エインズが昨日の夕方と同じように、丈夫そうな建物の屋上を飛び回っている。屋上で背伸びをするおじさんに丁寧にお辞儀をし、そしてまた隣へと移っていく。
遠くの目的地がすぐに分かり、誰とぶつかる事もない。軽くジャンプするだけで邪魔になる物はない。ただでさえ日頃体を伸び伸びと動かす事を制限されている彼にとって、大通りの人混みの中よりよほど楽なのだろう。
「着いた!」
「今日は迷いませんでしたね、さあニーナ様を待つといたしましょう」
チャッキーはソルジャー管理所の階段の手摺に飛び乗り、エインズは邪魔にならないように扉の脇に膝を抱えて座る。7時の開館時間を過ぎると、ソルジャーが現れはじめ、出入りが次第に多くなっていく。
殆どの者は私服姿で扉の横に座るエインズを気にも留めないが、昨日ペッパーボアを2体担いで現れた奴がいる……という話は既に噂になっていて、時々エインズの耳には「ペッパーボア」という単語が入ってくる。
「チャッキー、チャッキー!」
抑え目の声で呼ぶと、まるで猫のように背伸びをしつつ、猫のチャッキー……いや、精霊チャッキーが尻尾をぶんぶん振ってエインズへと振り向く。
「何かございましたか?」
「うん、なんだか、昨日ペッパーボアのクエストをやった事が噂になってる」
「ソルジャー1日目から勇敢にもクエストをこなしたせいでは?」
「いや、ずっと中でやべえ奴がいる、やべえ奴がいるって」
チャッキーはエインズが魔王退治に行くためには、あまり初日から有名になる事は避けた方がいいと考えていた。エインズの馬鹿力が悪者に利用される事だってあるかもしれない。
もしエインズが知らず知らずのうちに悪に加担していて、その事実を後に知ったら……。
「もしかして俺、他の人のクエストを横取りしちゃったとか」
「いえ、クエストは早い者勝ちだと手引きに書いてありましたから、エインズ様は悪くありません。きっとペッパーボアを職員の方に処分していただいたからかと」
「ああ、そっか。みんなきっと燃やすものを忘れたら家に取りに帰るのに、俺だけ楽しちゃってずるいって事か」
エインズの明後日方向の勘違いに、チャッキーもその可能性がありますねと神妙に頷く。
どうやらエインズが注目される事を危惧しただけであって、破天荒な行いが話題になっていると思ったのではないらしい。そういうところがどうにもズレているのだが、はやくニーナが来なければあらぬ方へと向かいかねない。
「エインズ様が注目を浴びずに自由に動ける為には……」
* * * * * * * * *
「……おはようチャッキー。そっちは……エインズよね」
「えっ、何で分かったの!?」
「不審なのはともかく、チャッキーと一緒にいるのはあなたしかいないでしょ」
「ああ、わたくしが一緒だとバレてしまいますね、考えが足りておりませんでした。おはようございますニーナ様」
「それよりどういう状況なのか分からないんだけど……」
数十分後、ニーナが管理所に駆け足で現れた。
手摺の上でまったりと座っていたチャッキーに気付き、そしてチャッキーの後ろに座っている謎の人物に視線を向ける。ややくぐもった声で挨拶を返したのはやはりエインズだった。
その頭には茶色い紙袋が被せられ、ご丁寧に目の部分だけくり抜かれている。この数十分で用意したらしい。
「実はエインズ様が昨日クエストを1つ成し遂げたのですが、少々目立ってしまいまして……」
「だから俺だとバレないように顔を隠そうって事になって」
「いや、思いっきり目立ってるわ。すっごくジロジロ見られてる」
「えっ……?」
「ならばわたくしも一緒に紙袋を被れば……。紙袋のあの狭くて暗くて、カサカサと音が鳴る感じが好きでして」
「そういう話じゃないわ」
パーティーを組んで初日、挨拶をして1分。これからではなく今まさに突拍子もない行動を取っている1人と1匹に、ニーナは盛大にため息をついた。
確かに顔は見えないためエインズかどうかは分からない。チャッキーまで被っていたならチャッキーを従えている人物=エインズという連想もないかもしれない。
だがそうではない、そういう話ではないのだ。
「二兎は追えませんね、ならば最悪目立っていても、エインズ様だと分からなければ」
「目立っている時点でアウト。それに普段着でソルジャーの活動をする人なんてエインズしかいない」
「ああ、確かにエインズ様は同じ無地のシャツしかお持ちではありませんし、お洋服も変えるべきでしたか」
「それなら上着脱いでたらバレないし破れないし、一石二鳥だ」
「お腹を壊してしまいますから、一鳥は逃げてしまいますね」
「そうじゃない……そうじゃない! なんか途中破れるとか意味の分からない言葉が聞こえたけどとにかく!」
ニーナはエインズが被っている紙袋を外し、そしてその紙袋を物欲しそうに見ているチャッキーに「めっ!」と注意する。こんな2人が一体昨日何をやらかしたのか、ニーナはそれを聞いてまた盛大にため息をついた。
「ライターが駄目で、ファイアは良いってどういう理屈?」
「ライターやマッチは火遊びをしたくなるものなのです。非行道具ですよ」
「村でも火遊びはうんと叱られたからね。ガキ大将みたいな奴が欲しがってたもの第一位だよ。チャッキーが言いたいのも分かる」
エメンダ村ではガキ大将が親のライターを家から持ち出して枯れ草を集めて燃やしてみたり、意味もなくシュボッと炎を見せたりして自慢していた。そのせいでエインズやチャッキーは火遊びの道具=非行少年まっしぐらと考えているらしい。
「分からない。全然分からない。いいこと? 剣を持っていてマッチが駄目? じゃあ何? ファイアがあれば唱えたくなるのかしら」
「うん、実はけっこう唱えてみたくてたまらない」
「エインズ様が非行少年に……! ああ、わたくしがマッチやライターを使える手を持っていれば……」
「猫の手も借りたいって、こういう意味じゃなかった気がするのにしっくりくるわね」
ニーナは全く進まない話にまたため息をついた後、この後の行動計画を立てなければと決意した。
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