017 例の少年はおやすみなさい。
「クエスト代金から差し引いたりはしませんから、安心して下さい。とりあえず……そのペッパーボアは裏で焼却しますから、こちらに持ってきて下さいませんか?」
「はい!」
エインズは一度降ろしたペッパーボアの死体をもう一度担ぎなおし、まるで猫を肩に乗せたかのように軽やかに歩き出す。
その力にまた皆が驚く中、チャッキーが「これはその、種も仕掛けもございますので」と言いながらペコリと頭を下げた。
* * * * * * * * *
騒動がひと段落した後。
女性職員が目頭を押さえながらふらつき、カウンターへと腰掛ける。
肩までの長さの茶色いストレートヘアを耳に掛けながら、職員はエインズへとソルジャー章を返却した。
エインズはこれからソルジャー初仕事の報酬を受け取るのだ。
「次から……撮影中は出来るだけ動かずにお願いできますか? うっ……3秒とはいえ、2つとも映像が何を撮ったものか全く分からないほど揺れてます」
「写真って苦手で。あ、でも明日からはニーナに代わりに撮ってもらえるね」
「そういたしましょう。わたくしもどちらかと言いますと、写すより写る方が得意なものでして」
職員は写真ではなく動画であることを教え、更に念のため町や村などでは魔法を使わないようにと忠告した。
都会の基準で田舎者に説明をすると、齟齬が生じる事に気付いたのだ。
エメンダ村にはとても古いカメラがあるくらいで、動画など見たこともない。強いて言えば町のシアターで、幻灯機を用いた昔ながらのスライド活劇を見た者がいるくらいだ。
電気すら完全には普及していない暮らしなど、都会にいれば想像も出来ない。エインズは規格外な上に世間慣れもしていないという事を、職員はようやく理解した。
「エインズさん、あなたはとても力が強いようですけど、気をつけて下さいね。その、ソルジャーというのは競争意識の高い人が多いんです。新人で強いとなればそれだけで目立ち、邪魔をしようとする人も現われます」
「え、みんなで一緒に魔王を倒そう! ってならないんですか?」
「魔王を倒すなんて出来る訳がない、みんなそう思っています。だから現実的に傭兵のような仕事をして暮らしているんです。強い傭兵が現れたら自分の仕事が減ると考える人、敵対勢力についたら困ると考える人もいるんですよ」
「俺は別に強い訳じゃないんですよ、力を抑えるのが苦手なだけなんです。でも念のため護衛の仕事とかは……その、やめた方がいいんでしょうか?」
「力を抑える? えっと……とにかく新人のうちは出来るだけ目立たないように。今回は仕方ありませんが……」
エインズの身体能力が異常に高いことは職員も察していた。そして、なんとなく自分だけが特別であるとは思っていないことも察していた。
そう思わせないように育てられた真意までは汲む事が出来なかったが、エインズが普通のソルジャーとして振舞えた方が良い気がしていたのだ。
きっとこの少年は何かの訳ありで、この力を狙う者に追われているのではないか……と。
大雑把に言うと当たっているが、まあまあ外れている。
「そうだわ、さっき魔法をあげましたよね。力を制御するのが苦手なら、魔法で戦うのは如何でしょう?」
「そうか、力を使わずに攻撃できる、そうすれば目立ちませんね!」
「エインズ様、そうしましょう! とても貴重なアドバイスになんとお礼を申し上げたら良いのか」
喜ぶエインズとチャッキーにつられて笑みを浮かべた職員は、それでは、と言って討伐報酬を受付の台の上に置く。
「ペッパーボア2体討伐、報酬の6,000Gです。こちらに受け取りのサインを」
「やった! 有難うございます!」
エインズはとても注意深く受け取って財布へとねじ込み、そして礼儀正しくお辞儀をした。そのまま去っていこうとするエインズに対し、職員はちょっと待ってと声を掛ける。
「エインズさん、その服のままでは困るでしょ。縫ってあげるからこっちに」
* * * * * * * * *
「チャッキー」
「何でしょうか」
「今日は今まで生きてきた中で一番何もかもがあった1日だったよ」
ペット可というよりは、ペットだろうが何だろうが大して気にしない安宿を見つけたエインズは、焼き魚とスープ、それにライスという簡素な食事を取ってシャワーを浴び、ベッドに入っていた。
ズボンだけで上に何も着ていないのは、寝巻きにするためのシャツを明日着る分にまわすからだろう。
管理所の職員に縫ってもらった服は手洗いの後干されている。その跡を隠すように赤い布地で二本線が足されていて、そのまま着られない事もないが、明日からはそっちがパジャマになる予定だ。
「初めてお1人で村を離れ、ソルジャーになり、そして初めて魔物を倒されましたからね。大変ご立派でしたよ」
「1人じゃないよ、チャッキーが一緒だった」
「エインズ様……」
「チャッキーと一緒じゃなかったら心細いし、何も知らないし、だからいてくれるだけでもいいんだ。一緒に来てくれて本当に有難う」
「な、何をおっしゃいますか! 我が主を1人で旅立たせるなんてとんでもない!」
「有難うって思ったんだよ、チャッキーがどう思ってもね」
煉瓦がむき出しの壁、ひんやりと冷たいコンクリート。裸電球2つに照らされた室内は、ベッドに横になる以外の目的では作られていない。
そんな何もない殺風景な部屋の外を見ても、そちらも暗い路地の向かいの建物の壁が見えるだけだ。
しばらくぼーっと眺めてはいたものの、それも飽きたのかエインズは明かりを消し、チャッキーを撫でながらベッドに入る。
「ねえチャッキー」
「何でしょうか?」
「この宿から管理所までの道、覚えてる?」
「生憎わたくしには少々路地が込み入りすぎておりまして」
「じゃあ明日は早起きして屋根から行かなくちゃ」
チャッキーの喉の音を子守唄のようにしてエインズは目を閉じる。しばらくすると寝息を立て始めるエインズを、チャッキーは横で見つめていた。
「エインズ様が念願の弱さを手に入れ、普通の生活を送れるようになっても……わたくしを必要として下さいますか?」
チャッキーがもじもじと呟いた言葉はエインズには聞こえていない。
チャッキーは聞こえていなくてむしろ良かったと安堵しつつ、エインズの横に潜り込んで丸くなった。
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