016 例の少年とクエスト。p04


 ただ、17時を過ぎてなお、街道から外れた平原を都合よく歩いている者などいない。まだ陽は落ちていないが、山の端に沈むのも時間の問題。もう1匹狩らなければ今日は野宿だ。



「そのままにしてたらアンデッドになるかもしれないって書いてある……アンデッドって、お化けだよね」


「お化けを作った犯人にされてはたまりません、ここに置いていく訳にはいかないでしょう」


「あ、ねえチャッキー。アンデッドって何に化けるのかな、見てみたくない?」


「駄目ですよエインズ様。もしお菓子に化けられ、うっかり食べてしまったらどうなることやら」


「あ、それはまずい。ああ、味がじゃなくてね」


「ほらご覧なさい」



 お菓子と思ってお化けを食べてしまうかもとは、一体チャッキーはエインズのことを何だと思っているのだろうか。一方のエインズも、味だとかそういう問題ではないのだが、互いに納得しているなら致し方ない。



「規則を守らないとソルジャーでいられない、でも燃やすものないし、ずっといる訳にもいかない……」





* * * * * * * * *






 街に19時の鐘の音が響き渡る。


 空は夕暮れを通り越して暗闇を纏いだす。クエストの報告や世間話のため管理所に集まっていたソルジャー達も、それぞれの宿や家に帰っていく。


 そんな人もまばらになった管理所の扉を、1人の少年が押し開いた。



「すみませーん!」



 幾分広く感じるようになったロビーに少年の声が響き、職員やソルジャー達が何の気なしに振り向く。


 そして誰もがピタリと制止した。



「あの、燃やすものを持ってなくて、でも置いててアンデッドにしちゃってもいけないし、とりあえず持ってきちゃいました!」



 その少年の正体はエインズ。しかし今この瞬間に肩に担いでいるのはチャッキーではない。



「ちょ、ちょっとちょっと! 君、な、何を担いでいるんだ」


「ペッパーボアです、クエストで倒したので持ってきました! 燃やせるものを持ってないので、代わりに燃やして貰いたいんです」



 シャツが破れ、泥がこびりついているエインズの横では、我が主のこの勇ましい戦利品を見てくれ、と言わんばかりにチャッキーが2本足で立ち上がり、ややよろけつつも胸に手を当てて一礼する。



「いや、あの、えっと……あれ? 何でそんな軽々と持ち上げてるんだ、えっと……」



 確かにエインズが担いでいるのは、職員やソルジャーが見慣れたペッパーボアだ。


 体重数百キロの個体で、しかも両肩に2体。一部の職員はエインズの力を知っているが、ソルジャー達や試験に携わっていない職員は、まだエインズの事を良く知らない。


 早い話、どういう状況なのか理解できていない。



「もしかして、エインズ・ガディアック? あなた今日ソルジャー試験を受けたエインズ・ガディアックですか?」


「あ、はいそうです! クエスト終わったので報告に来たんです」



 エインズが元気よく挨拶すると、受付の奥の扉が開き、エインズの合格手続きをしてくれた女性職員が現れる。初日の夕方からクエストをこなすとは思っていなかったのもあったが、こんなに早く報告に来るとも思っていなかっただろう。


 エインズがよいしょと降ろし、ペッパーボア2体の衝撃が床に伝わった事で、他の職員も何事かと集まってくる。


 そしてやはり他の者と同様、驚いた表情のまま静止した。



「ああ、その……エインズ様はお力に特長がございまして」


「特長……ええっ? 何の柔術の技かしら。凄いわね、こんなに重いのにどうやって……」


「あ、ああエインズ様、急ぎませんとペット可の宿が満室になってしまうかと」


「いやあ驚いた、君こんな凄い力を持っているんだね! 期待のルーキーだと噂になっていたところさ」



 チャッキーが誤魔化そうとするも空しく、周囲の者は石化が解けたように群がってエインズを称賛し始める。


 だがそれでは困るのだ。エインズが自分は特別優れているのだと認識しては、今までの村の皆の苦労が台無しとなってしまう。


 信じていた価値観が崩れた時、エインズはどう思うだろうか。みんなと同じだと思っていたのに、実は怪物扱いされていたなどと知ったら、どれ程悲観するだろうか。


 そしてもし自暴自棄にでもなってしまえば、誰が抑止力となるのか。チャッキーはエインズの両親や村の人々の接し方を見て、そのような事だけはしっかりと理解していた。



「皆様! エインズ様は本日ソルジャーになったばかり、全力で初のクエストを達成し、疲れておいでなのです! ご覧下さい、このような魔物をお1人で倒し、運び、疲れない者がこの中にいらっしゃいますか? いらっしゃいませんよね? ほらいません」


「え、ああ、そりゃあ、まあ……」


「であれば今エインズ様に必要なのは賞賛ではございません。お金です。宿にお泊り頂くためのお金なのです。疲れを取るための休息、そのためのお金なのです! さあわたくしがしっかり撮ったお写真で確認して下さいませ。エインズ様、ソルジャー章を」


「え? うん……その、やっぱり魔物を持ってきちゃ駄目でしたよね。でも燃やさなかったらルール違反だし」



 どうやらエインズは、魔物を持ってきた事を笑われているのだと勘違いしているらしい。


 本来ならばすぐにでも否定し、エインズがどれ程素晴らしい活躍をしたのかを自慢したいくらいだが、チャッキーはこの勘違いにひとまず安心していた。


 エインズが期待のルーキーだからか、それとも燃やせない魔物を放っておけない真面目さに心打たれたのか……もしくはまた持ってこられると困るからか、それは分からない。


 けれど女性職員はため息をつき、ちょっと待っていて下さいと告げると、暫くして1冊の小さな本を持ってきて、エインズに手渡した。



「本当は自分で買わないといけないんだけど、今回は特別。ファイアっていう炎を生み出す魔法の魔術書をあなたにプレゼントします。次からそれで片付けて下さい」


「えっ!? あ、有難う御座います! これ魔法……魔法ですよね! すごい、魔法だってチャッキー! 俺、魔法を使えるようになるんだ!」


「頑張ったご褒美でございますね。麗しい職員様、エインズ様へのご厚意感謝申し上げます」



 チャッキーはとても丁寧にお辞儀をし、エインズも腰を90度に曲げてお礼を伝える。


 魔術書は優秀な術者が魔力を込めて記した術式を、まだ未修得の者が読む事によって自分の力として吸収できるものだ。一度読めばただの本になってしまうが、魔法は念じれば発動するようになる。


 強力な魔法であれば術式は何十ページにも渡り、何十万、何百万ゴールド(単位:G)にもなるという。ファイアであれば数万Gといったところだろう。

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