015 例の少年とクエスト。p03

 

 体高120センチメータほど、灰色で体毛の短い野生のイノシシ……と表現するとやや不足かもしれない。


 大きな牙が不気味に赤い口の中から上向きに生えていて、長めに突き出た鼻は土くらい造作もなく掘れるほど固いのだという。


 人族を積極的に探し回るような魔物ではないが、ひとたび見つけたならすぐさま突進を始め、襲い掛かって食い殺す。


 トウガラシでも食べて辛さに暴れだしたかのように、叫びながら弾丸の如く突っ込んでくる……あたまおかしいぞこいつ。という様子からつけられた名がペッパーボア。


 最弱クラスとはいえ侮れない。



「ねえ、チャッキー。あれ本当に弱いんだよね? 大きいし牙も写真より長いんだけど」


「ど、どうでしょう……人は見かけによらないと言いますから、魔物にもそれが当てはまるかもしれません」


「ねえ、チャッキー。こっちに……走ってきた、ねえ走ってきたんだけど!」


「ご自分の力を信じて下さい。お母様にいただいたナイフがありますから大丈夫です。さあ狙いたい場所をお考えになって、思い切りナイフを……」



 チャッキーに言われるがまま、エインズは分厚い手袋をはめたままの腕を震わせながら、ナイフをそっと握る。どれだけ自分の力があるかに関わらず、怖いものは怖い。


 タタッ、タタッと土を蹴る音が近付き、いよいよエインズはペッパーボアと間近で対峙することとなった。


 体を右に捻って腕を水平にし、エインズはナイフの刃をペッパーボアへと向ける。


 そして間合いまで距離が詰まった瞬間、勢いよく腕を振り切った。



「プギィィィ!」


「うぉりゃっ……!」



 ブンッ


 ペッパーボアどころか、大木も切り倒すのではないかと思われる程の力が込められた一振りは、その動きが目では追えない程の速さで繰り出された。


 空を文字通り裂くのではないかと思われる威力で……それはもう見事なまでに……


 空振りした。



「げっ!? ミスっ……ぐっ」


「エインズ様! おのれ、かくなる上はわたくしチャッキーの爪にてエインズ様をお守……り」



 ペッパーボアはエインズが空振りした腕の下をくぐり、牙と鼻でエインズを押し倒そうと体当たりした。


 エインズの腹めがけて繰り出されたその衝撃は凄まじく、この攻撃で熊や虎さえも吹き飛ぶのだという……本来であれば。


 牙が突き刺されば命にも関わり、弱った所を容赦なく貪り食われてしまう。


 ……本来であれば。


 しかし危険を感じたチャッキーがすぐにペッパーボアへと駆け出し、鋭い爪をつきたてようとした……のも束の間、その攻撃もまた空振りに終わる。


 エインズの精霊なだけあって、よくもまあ主人共々揃いもそろって攻撃を外す……などと思ってはいけない。



「ピュギ……」


「痛てて……攻撃って難しい……」



 エインズに突進したペッパーボアは、確かに牙と鼻でエインズへとぶつかった。牙が引っ掛かったのか服には斜めに切れた穴が開き、薄く切り傷のようなものも出来た。


 しかし、致命傷を負ったのはペッパーボアの方だった。


 エインズに体当たりした衝撃で吹き飛んだのはむしろペッパーボアで、地に伏せたまま動く気配がない。見れば十数メータも先まで飛ばされている。



 「えっと……」



 居る筈の場所にペッパーボアがいないのだから、チャッキーの攻撃だって空振りするのは当然だ。恥ずかしそうにエインズの足元に擦り寄るチャッキーは悪くない。


 戦闘と言えるのか分からないが、ぶつかり合いに勝ったエインズは盛大な空振りなど全く関係なく初戦に勝ってしまったようだ。


 そんな何1つとして成功していない勝利に、エインズは全く手応えがない。



「あれ、倒した? 攻撃外しちゃったんだけど……」


「大丈夫ですか? ああ脇腹にうっすらと血が滲んでおります! これは大変、すぐに病院へ!」


「痛くないよ、大丈夫。それより服……こんなにバックリと破れちゃってどうしよう、着替えはパジャマしかないのに」



 エインズは傷跡をそっとなぞりつつ、脇腹から胸元まで裂けてしまった服を見てため息をつく。



「お洋服を着ての戦闘は避けられた方がいいようですね。幾分その、勿体なく思います」


「うん、脱いで戦えばよかったよ、着なければ破れないし」


「確かにお洋服は破れませんが、それではお腹が冷えてしまいます」


「うーん、服が勿体ないか、お腹が冷えないか……難しい2択だね」


「よく悩んでお決め下さい、エインズ様」



 エインズもチャッキーも、服よりも防具よりも先に緊張感を身に纏うべきだろう。


 何故破れないように立ち振る舞う事をまず考えないのかは分からないが、この1人と1匹に今更言っても仕方がないのかもしれない。


 特にチャッキーは自分が猫の姿で丸裸なためか、あまり衣服で肌を隠す事の重要性を認識していない。少なくとも恥ずかしい、みすぼらしいなどの感覚は持ち合わせていないだろう。



「えっと、クエストの完了は……あれ、どうやるんだっけ」



 対象の魔物を討伐した後、どうすればいいのかを把握しておらず、エインズは慌ててソルジャーの手引きを読み返す。



「魔物やクエスト対象に印を描ける場合は印をつけ、ソルジャー章のボタンを押すと、3秒間録画が出来ます。魔物は討伐後必ず燃やす事……録画ってなんだろう。チャッキー知ってる?」


「録は……記録の録ですね。画、記録……お写真の事ではありませんか?」


「ああ、なるほどね。それなら写真って書いて欲しいよね。都会の人って難しい言葉使うからついていけないよ」



 写真ではないから写真と書いていないのだが、エインズはそっとソルジャー章を外し、そしてボタンを押すようチャッキーにお願いする。優しく押す自信がなかったのだろう。


 エインズがピースサインをしてペッパーボアの骸の横に立つ。チャッキーは器用に立ち上がり、とても不安定に揺れながらボタンを押す係だ。


 恐らく本猫的にはじっと静止しているつもりだろうが、残念ながら努力の形跡が全く窺えないほど前後左右にぐらぐらと揺れており、この映像を見る人が酔ってしまわないか心配になる。



「よし、次……あ、どうしよう。燃やせるもの、何も持ってないよね」


「魔法をまだ習得なさっておりませんからね」


「マッチとかライターとか、その辺に都合よくあったりしないかな……」


「駄目ですエインズ様! あったとしてもそんな非行少年のような携行品を許すわけにはいきません。あれは大人の使うものです、エインズ様には早過ぎます」


「ん~、それじゃあ誰かに燃やしてもらう?」



 マッチ、ライター、それらが何故非行少年に結びつくのかは分からないが、エインズが納得しているなら致し方ない……のだろうか。

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