014 例の少年とクエスト。p02

 


 2人と1匹は手を振りながら別れ、そしてニーナは自分の家へと帰っていく。エインズはホッとため息をつくと、笑顔でチャッキーと共にニーナとは反対の方向へと歩き出そうとした……が。



「あれ? 明日ってことは、今日はこれからどうすればいいの?」


「そうですね、お食事などされては如何でしょうか」


「お金……どうしよう、全然持ってきてないよ! ご飯は何とかなるけど泊まれない」


「一度お家に帰られますか? エインズ様。走ればすぐかと思いますが」



 そう、エインズは殆どお金を持っていなかった。


 馬車で丸1日……と言っても馬の休憩を考えると実質10時間程。エインズが1,2時間走ればいい程度の距離だ。帰る事も、明日またエメンダ村からダイナ市に来る事も可能である。


 しかし、もしダイナ市から今日エメンダ村まで帰るとすれば、それは走るなと言われた約束を破る事になる。そんなに早く帰る事が出来る乗り物は他にない。


 つまり、バレるのは必至。



「帰る事は出来ないよ、電話はしなくちゃいけないけど……なんとかしてお金を稼ごう」


「もう夕方ですが、出来そうなクエストを探しますか?」


「うん、見てみよう」



 エインズは協会の管理所へと戻り、数時間で達成できそうな依頼を確認しようとする。その日の生活費を考えていなかったなど、なんとも呑気な話だ。


 道ではなく路頭に迷ったのかと突っ込む者は、残念ながらいない。



「掲示板……魔物退治、魔物退治、護衛旅、魔物退治……」


「エインズ様が出来るクエストはどれなのでしょう」


「分かんないよ、ゴブリンって強いのかな?」


「さあ、わたくしも魔物をよく知りませんので。なんとなく強そうな名前にも聞こえますね」



 各クエストには対象となるモンスターの写真が掲載され、目撃地点や対象地、大きさなどが書かれている。クエスト難易度の説明を受けているものの、エインズはそもそも魔物と戦った経験がない。



「ジャンクウルフ……名前が強そう」


「キラーラビット……いかにも強そうな名前ですね」


「ドラゴンテイル!? ドラゴンだってチャッキー!」


「それはやめましょうエインズ様。ドラゴンなんて言葉の響き、恐ろしくて許す事は出来ません」



 どれも本来はとても弱く、畑に現れて悪さをする、怖いから退治して欲しいなどの類だ。


 そもそもエインズが戦えば魔物などどれも似たり寄ったり。心配など無用なのだが、チャッキーすら魔物との戦闘を知らない以上、無責任に大丈夫だと言う事が出来ない。


 ちなみにジャンクウルフは人間を襲うオオカミ、キラーラビットは肉食のウサギだ。ドラゴンテイルにいたってはただの害虫であって、大量発生して迷惑な蝶である。


 写真や大きさを見ながらも、名前の響きで決めようとする1人と1匹にその事実は響かない。



「難易度1、ペッパーボアだって」


「なんだかおかしな名前ですね。弱いのかもしれません、エインズ様なら造作もないかと」


「駄目だったら逃げよう、これを受けるよ」



 エインズは受付にクエストを剥して持っていき、「ペッパーボア2体討伐」を請け負う。


 ペッパーボアは憤怒したイノシシという意味で、初心者には厄介な相手だ。


 もっぱら銃で倒すことが多く、硬い頭蓋骨を狙わずに手足を撃って倒すのが主流である。いくら難易度が低いといっても、間違っても家庭用の小型ナイフで立ち向かう相手ではない。


 基本、ソルジャー管理所は請け負うクエストに対しとやかく言ったりはしない。請けたいものを自由に選び、その結果は自己責任となる。


 こちらから何かを聞かない限り、忠告など一切なく発行されてしまう。



「早く行って20時までに戻ってお金を貰わなくちゃ!」


「あと3時間ですね……このクエストの位置はここから真東、急ぎましょう、ああ、人にぶつからないようお気をつけ下さい。ペッパーボア討伐なのですから他人を討伐してはなりませんよ」


「うん、でも歩いたら間に合いそうにない……チャッキー、早速秘密を守ってくれる?」


「エインズ様の為ならなんなりと」



 エインズはチャッキーの言葉にニヤリと笑みを浮かべ、管理所を後にすると裏路地に入る。


 コンクリートやレンガ造りの、比較的高い建物が立ち並ぶ事を確認したエインズは、何度か屈伸をした後でチャッキーを腕に抱いた。



「行くよ、チャッキー」



 エインズがそう言ったと同時に、足をバネのように使って跳び上がる。


 急がなければ今日はどこかで野宿となってしまう。しかし街の中を走れば誰かにぶつかってしまい、怪我をさせてしまうかもしれない。


 ならば建物の上を移動しようと考えたのだ。


 建物が丈夫であれば着地の衝撃にも耐えられる。チャッキーが秘密にしてくれるなら実家に報告が行く事もない。



「高い所からなら目的地も見易いですし、名案ですよエインズ様。まいりましょう」



 エインズは建物の屋上から屋上へとピョンピョンと飛び移り、大通りの上を避けて器用に進んでいく。屋上に人が居ると丁寧に「お邪魔します」と言って頭を下げ、そして同時に「お邪魔しました」と言って通り過ぎていく。


 何が起こっているのか訳の分からない住民に説明する事もなく、街の外壁へと到達し、エインズは勢いを付けて建物の屋根から外壁の上へと飛び乗ると、壁の外側へと降り立った。



「ふう、3分で着いたね。さあペッパーボアを探そう」


「エインズ様の輝かしい魔物退治の初戦、わたくしはとても感慨深いです。帰りましたらご両親に報告いたしましょう」


「町の中で走った事は内緒にしてね」


「ええ、勿論でございます」



 息を切らす事もなく、エインズはクエスト地点を確かめつつ再び走り出す。周囲にゴブリンなどもいたはずなのだが、高速で移動するエインズには目的地しか見えていない。



 ペッパーボアの生息地に到着したのはまだ街を出てから5分。5キロメータ程離れた地点だった。膝程までの草が生い茂る豊かな草原は、魔物にも良い環境だ。


 周囲に何も無いため人と遭遇せずにのんびりでき、お腹が空けば人々の恐怖の感情が漂う街の周辺や街道に現れたらいい。


 お腹が空いていなくても口寂しければ人間や動物を襲い、恐怖と共に肉を堪能する。際限なく増える魔物にとって狩りは所詮遊びなのだ。


 エインズが来るという誤算を除けば、この世界の大部分は魔物や魔族にとって大変住みよい環境にある。



「エインズ様、あちらに大きな牙を持った生き物が……ペッパーボアではないでしょうか」


「ほんとだ、写真と一緒……よし、チャッキーはそこにいて! 怖いけど頑張って倒すから」

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