【2】例の少年、戦う。

013 例の少年とクエスト。p01

 

【2】例の少年、戦う。






「どうだ、調査の結果を報告してくれ」


「はい、まず例の少年は試験を謎の女と共に試験を通過したようです。我が部下が正体を見破られそうになった後、撤退しましたが、その後、ソルジャー協会の管理所に別の者を潜り込ませました」


「それで、その少年は何か良からぬことを動機として挙げていたのか」


「はっ、魔王を……討伐すると」


「やはりか! 行動を監視し、謎の女の身元を割り出せ!」



 人族の会議から1人抜けた大臣が、廊下の電話で報告を受けている。


 もし国の役人が「腕輪を貰いに行くので」という言葉をしっかり聞き取り、伝えていたとしたら……この勘違い旅は比較的早い段階で終わったのかもしれない。






 * * * * * * * * *





 ガイア国ダイナ市。


 広い草原の南端に造られた国の中で一番大きな都市であり、港もある。北半球に位置し、北緯40度付近ともなれば流石に冬は寒いのだが、暖流のおかげで気候は穏やか。


 世界の中でも特に住みやすいと評判なためか、様々な人が集まってくる。


 ダイナ市から今年誕生したソルジャーは21人。近年の合格者推移は国内で年間100人前後となっているが、これはソルジャー協会が決めたのではなく、国の指示によるものだ。


 表向きは、国家資格でもないのに武器を振り回すのであれば、それなりに優秀で限られた者であるべきという考え。


 本心としては、「国には軍隊もあるのだから、もうソルジャーは要らないでしょ」という意味でもある。


 軍隊は国が指揮を執れるが、ソルジャーは個人で勝手に動く。


 つまり魔族討伐に燃える者を国が止める事はできないため、ソルジャー制度を廃止して指示通りに動く軍に組み入れたいのだ。


 その為ソルジャー自体を減らし、反乱などを起こさないようにしたいという思惑が窺える。



「ダイナ市の合格者が21人って、年々少なくなってるんだってさ」


「ソルジャーも昔は強ければ誰でもなれた時代があったらしいし、それが盗賊とか悪人を生んでしまって、適性がないと駄目ってことになったそうよ。見る目も厳しくなってるみたいだし、仕方ないわね」


「さっき手引きで見たけど、元ソルジャーの盗賊もいるんだって」


「そういう奴を退治する専門のソルジャーもいるの。新人は盗賊にも目をつけられやすいから気をつけましょ。まあ……エインズは大丈夫よ」



 エインズが強さを自覚していない以上、ちょっと抵抗しただけで盗賊が深刻な怪我を負いかねない。「相手が本気を出していないだけ」と思い込んでいるため、もしもの際はエインズも全力を出してしまうだろう。


 エインズが寝込みを狙撃……いやそれでは心許ない。爆撃でもされない限り、泣くのは盗賊の方だ。



「やっぱり武器屋さんに行かなくちゃ」


「防具も必要かと思いますよ。エインズ様がお怪我でもされるようなら、わたくし立つ瀬がありませんので」


「猫背でも?」


「確かにわたくし今まで『立つ猫背』と言っておりましたが、どうやら『背伸び』の背ではないそうです」


「え? じゃあ何の『せ』なの? 何が立つの? それともどこに立つの?」


「さあ……あまり『せ』の種類に詳しくないもので。わたくしが立てられるものだったらよいのですが」


「そっか、そうだね。でもちゃっきーは立ち上がるのが上手だからきっと大丈夫だ。さあ、とりあえず防具屋さんに行かなくちゃね」



 同じ言葉を使っているというのに、この1人と1匹は一体何を喋っているのか。ニーナは穏やかなる暴走を見せる会話がどうにも理解できないらしい。



「ねえ、2人ともいつもそんな感じなの? 真面目な事って言えないの?」


「俺たち別にふざけてないよ? ソルジャーは危険な仕事なんだから、真面目にやらないと」


「そうですよニーナ様」


「……なんで私が逆に諭されてんのよ」



 ニーナは釈然としないといった表情で不満を口にする。この辺境のド田舎で育った少年は、ニーナが思っている以上にのんびり屋で、自分以外の世界がとても狭い。


 この2人には絶対に私が必要だ、近いうちに騙されるか路頭に迷うだろう。ニーナはそう強く感じた。



「盗賊か、こっそり盗まれたりしないように気をつけなくちゃ」


「わたくし、音や揺れには敏感ですからお役に立てますよエインズ様」


「いずれにしても、あまり大切なものは持ち歩かない方がいいわ。お金だって銀行に預けたらいいんだし」


「ぎんこう……」



 エインズはそういえば過去に何度か、両親が『銀行』という単語を口にしていたのを聞いたことがあった。辺境のエメンダ村には銀行というものがなく、各家庭の大金は村長の家の金庫に預けるのが当たり前だった。


 そう、エインズは銀行口座を持っていない。具体的に銀行がどんな所かも、恐らく知らないのだろう。



「ギンコウさんはどこにいるの? お金を預ける時とか、返してもらう時とか、ギンコウさんの家まで行かないといけないんだよね」


「……え? 銀行なんてどこにでもあるじゃない」


「ある? あ、ぎんこうって物なのか、人なのかと思っちゃった」


「どこにでもいらっしゃって、うっかり人違いでもしたら大変な事になりますね。ちょっと考えたら分かる事なのに、わたくしも理解が及ばずお恥ずかしい」



 この2人には絶対に私が必要だ、近いうちに騙されるか路頭に迷うだろう。ニーナはそう再度強く思った。



「現在進行形でお恥ずかしいわよ! え? 銀行を知らないってどういう事?」


「イメージとしては金庫かな? でも使った金庫じゃない金庫からお金を取ったら盗賊だよね」


「あー違う違う! まったく、銀行ってのはね……」



 大都会で育ったニーナは、電気も主要施設にしか通っていないような田舎の感覚が信じられなかったが、ハァっと1つため息を深く深くついた後、銀行とは何かをエインズに教えた。


 そして、どうして預けた場所と違う場所で受け取れるのかなど、色々質問攻めに遭いながらも、明日は口座を作りに行こうと提案した。



「とりあえず明日またここに集合でいいかしら? 午前中は必要な買い物をして、午後になったらクエストを1つやってみましょ」


「分かった。じゃあ明日から宜しくね、知り合えたのがニーナで本当に良かったよ」



 エインズはとてもニッコリと笑顔をつくって礼を言う。そのとても爽やかな表情に、あまりにも世間知らずな中身を知っていても、ニーナは心なしかドキッとしてしまう。



「よ、宜しくね! 今度は道に迷わないで!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る